「政治家続けますか?」議員33年目で落選した枝野幸男氏に聞いた敗因、高市旋風、そして進退「天命がなければ…」〈中道落選者のいま〉
「政治家続けますか?」議員33年目で落選した枝野幸男氏に聞いた敗因、高市旋風、そして進退「天命がなければ…」〈中道落選者のいま〉

中道改革連合が惨敗した衆議院選挙で注目を集めたのは立憲民主党を立ち上げた枝野幸男氏まで議席を失ったことだ。議員になって33年目で初の落選。

中道の敗因分析は口にしないが、「立民」として活動を続ける仲間に「今度こそ草の根の意見を聴いてどうするか決めてほしい。単純に上が決めたから合流するなんて無責任なことをやったら誰もついていかない」とハッパをかける。自身の今後について明言は避けるが「明日はどこにある? ヨロヨロと立ち上がれ」と鼓舞するあの歌を聞きたいという。

「最初から気持ち悪さは感じてました」

——議員会館を初めて出てどんな感じですか?

枝野幸男氏(以下同)
 いや実は、そろそろこういう時に備えて荷物を減らしてかなきゃいけないなと思い始めていたところでした。あと何十年も(議員を)やるって年齢でもないからそろそろ断捨離をしないとと。

1、2年前から思ってたんですが、やっぱり大変です。計画的でない引っ越しは。

——11回連続当選されて12回目に落選されました。何が違いましたか?

選挙期間中の厳しさということでは(第二次安倍政権下で自民党が大勝した)2014年とか(05年の)郵政選挙のほうが街頭では感じましたね。

今回、街の反応は決して悪くなかった。ただなかなか言葉で表現できないんですけど、最初から気持ち悪さは感じてました。

——それは、SNSやネットの影響力によるものですか?

ネットが玄人の見立てを覆して想定外の結果をもたらした最初の選挙は2017年(立憲民主党が創設直後に野党第1党の55議席を取った衆院選挙)が初めてなんですよ。あの時はネットの追い風で助けてもらった経験があるので影響力はわかっています。

今回はその気持ち悪さではないですね。それが何かは私が政治家を辞めて評論家になるんだったらしゃべりますけど、まだ政治家ですから自分の頭の中にあればいいんです。

——高市首相の人気の高さをどう思いましたか?

ネット社会であるがゆえに、ブームが長続きしない傾向は強くなってるんですよ。逆に言えば選挙では瞬間風速が問われるのは自分なりにわかっていて、(高市人気は)瞬間風速を生みかねないとは感じてました。客観的に支持率が高かったですから。

ただ、高市さんへの支持は政策へのものではない。だから高市さんがこれから推し進めるものを「おー、そんなつもりじゃなかった」っていう人がたくさん出てくる可能性はあります。

「女性初の総理だから頑張ってほしい」みたいな期待はあっても、高市さんはそれだけじゃなくて、歯切れの良さとか開き直り方の強さとか、それなりにうまい。弱点にもなりかねないけどそこをうまく活かしたと思いますよ。

——郵政選挙での小泉純一郎首相(当時)のような勢いですか?

いや、小泉さんは郵政民営化で真っ二つに世の中を割って敵も作りましたけど、高市さんは実はそんなに世論を二分する話で支持を受けたんじゃなくて、ふわっと、みんなが「とりあえずやらせてみたら」と思う感じをうまく作りました。「弱いけど大きい支持」というか。

大したもんだと思います。

だからこちらに対する反発はなかったわけです。

「野党側が下手くそだった」

——結果、自民党の議席は大きなものになりました。

ただ、結果全体では自民党だって岸田(文雄)政権の時の選挙と大して変わらない票しか取っていなくて、いろんなものが重なった結果だと思います。

みんなが閉塞状況の中でイラ立っている社会状況があり、ネットによってそれが増幅されたこと。それから高市さんの持つ弱点でもあるけど長所であるキャラクターがうまくハマった。

そこに小選挙区制度の機能で、野党側が下手くそだったこともあって(自民が)たくさんの議席を得たので、今回爆発的なブームだったとは思ってないです。

——この政治状況で枝野さんが追求した政治を取り戻せますか?

正直わかりません。基本的には僕は保守の政治家だと一貫して自負していて、政治は永遠の微調整だと思っています。自分の思う方向とは違う方向に大きく傾く時もある。

それが本来の保守だし、本来の民主主義のあり方だと僕は思ってるから、自分と違う方向に傾くこと自体は別に当たり前のことだと思っている。

ただ日本だけじゃなくてトランプさんのアメリカなど世界の状況も今、一番悪い方に増幅している局面と重なって、“限界値”を超えている可能性があることは否定しない。でもわからない。わからない以上は微調整の中にあるんだと思って頑張るしかない。

——野党のミスはなんでしょう。

それは言いません。(中道の)執行部に聞いてくださいとしか言いません。

——立民の結党精神は中道に引き継がれたと思われますか?

私は(立民の)両院総会で(中道への合流の)一任に賛成しているのでそれを評論する、できる立場じゃない。あの時に意見を聞かなかった地方議員や党員にお詫びをするだけの立場です。

草の根の民主主義と言ってきたので、あそこで「党大会を開け」「各地方組織から全部意見聞いてから決めろ。選挙間に合わなくても仕方がない」と言うべきだったんです。

今回生き残った中道の仲間には頑張ってほしい。一方で、立憲の創設メンバーとしては残った立憲(のメンバー)は、今度こそ草の根の意見を聴いてどうするか決めてほしい。

単純に上が決めたから合流するだなんて無責任なことをやったら、党員も議員も誰もついていかないと思うので、きちっと草の根の声に基づいて行動してほしい。これは矛盾してるかもしれないですが。

「天命がなさそうならそれは受け止めなきゃって感じです」

——政治を続ける意志はお持ちですか?

「続けます」とカッコよく言うのが1番いいのかもしれないけど、現実的なことを考えると、来年の統一地方選と2年後の参院選で、政治家という立場でしっかりと仲間をサポートしなきゃいけない。

(自分の今後は)そういった活動を続けていく中で最終的に判断しようと思ってます。

中央の政局にコミットするのはやりがいのある立場ではあるけれども、それだけが政治じゃない。むしろ草の根からやらなきゃいけないタイミングなのかもしれないと思っています。

私の作りたい社会をどう作っていけるのか、むしろ地域から、草の根から考えていきたいという気分です。(国会を舞台に)仲間や後輩には頑張ってほしいけど、口を出したいとかコミットしたいとか、そんな感じはないです。

――2年後の参院選後のことはある程度見通していらっしゃいますか?

先行きの見えない政治ですからね。無責任なことは言わないようにはしてますけど、人事を尽くして天命を待つ、ですかね。天命がなさそうならそれは受け止めなきゃって感じです。

今回は野党側の焼け野原具合が従来とは違いますけど、でも昭和20年の日本も焼け野原から立ち上がったので、それと比べれば大したことはない。

私はね、鈴木貫太郎(元海軍大将、1936年の二・二六事件で襲撃され重傷を負うも生還。アジア太平洋戦争末期に首相としてポツダム宣言の受け入れ調整に奔走した)が大好きなんです。雪の2月といえば二・二六事件でね。

鈴木貫太郎は本当に命まで失いかけた。こっちは政治生命はちょっと重傷だけど、命まで取られようとしてるわけじゃないから。鈴木さんはあの時68歳。私はまだ61歳。前向きに考えてます。

——AKBソングがお好きですよね。落選直後の週刊新潮の取材にはその時の気持ちをAKB48の「チャンスの順番」に例えておられましたが、今はいかがですか?

乃木坂46の「夜明けまで強がらなくていい」ですかね。(AKBソングは)いつも移動の時にスマホで聴いてますから。ただ移動が減ってしまって。

だから講演依頼があると嬉しいんですよ。オファーが来ると地方行けるから。

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枝野氏が今の気持ちを重ねているという「夜明けまで強がらなくていい」のサビでは、メンバーたちがこう歌い上げる。

「明日はどこにある? ヨロヨロと立ち上がれ」と。

枝野幸男/えだのゆきお 
1964年5月31日生まれ。日本新党の候補者募集で旧埼玉5区の候補者となり、同年の衆議院選挙で初当選。以来2024年の衆院選まで比例復活も含め11回連続当選。11年1月、民主党の菅直人内閣で内閣官房長官に就任し、同年3月の東日本大震災で起きた東京電力福島第1原発事故に対応した時は不眠不休ぶりから「枝野寝ろ」との流行フレーズも生まれた。17年には立憲民主党を立ち上げ、初代代表に就任。24年の立憲民主党代表選にも出馬したが敗れた。今年2月の衆院選で小選挙区で落選し、比例復活もならなかった。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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