今年5月、東京ドームでの“モンスター”井上尚弥とのメガファイトを控える、ボクシング世界3階級制覇王者・中谷潤人。世界チャンピオンになるため15歳で単身渡米した異色の経歴は広く知られるが、実はそのアメリカ生活中に一度だけ、泣きながら父に国際電話をかけたことがある――。
ノンフィクション作家の林壮一氏が上梓した話題の書籍『超える 中谷潤人ドキュメント』より一部を抜粋、編集してお届けする。
「潤人は泣きながら国際電話をかけてきました」
プロデビューを目前に控えた16歳の中谷潤人は、アメリカで挑んだアマチュアの大会で判定負けを喫した。その日を、父・澄人は鮮明に覚えている。
「大泣きというほどでもないのですが、潤人は泣きながら国際電話をかけてきました。あんな弱い潤人は初めて、というものでした。そこで私は『この会話の目的はなんだ? 自分がアメリカ行きを望んで、やっているんやろ』と応じたんです。
キツい言葉だったかと思います。ただ、涙が出るということは、まだやりきっていないと感じました。努力して失敗するのはいいと思うんです。でも、悔いだけは残してほしくない。
本当に死に物狂いでやりきって向こうが一枚上手だったなら、負けても涙は出ないだろうと。そういう人生を送れと。あえて嫌われ役になろうと思いました」
電話を切る前、中谷は父に「プロでは絶対に負けない」と誓った。
アメリカで闘ったアマチュア戦は4試合。そのラストマッチとなった16歳9カ月のファイトで敗れた。日頃からスパーリングを重ねていた、全米ランキング上位の選手が相手だった。
中谷は自信を持っていたが、序盤の2ラウンドでポイントを失い、最終ラウンドを取り返すも勝利には届かなかった。中谷自身はこう振り返る。
「当時、両親はお好み焼き店を営んでいて、(店内に)試合のポスターを張って、お客さんたちから応援して頂いていたんです。だから、真っ先に報告しなければと思って電話しました。
父からは厳しい言葉をかけられましたが、それ以上に優しさを感じました。結果だけを見るのではなく、家族として自分が努力できるように支えてくれているんだな、と思えたんです。だから、絶対に家族を失望させてしまうのは嫌だな、絶対に避けたいな、という気持ちになりました」
――この挫折が、後の“負けないプロボクサー”中谷潤人を形づくる礎となった。
超える 中谷潤人ドキュメント
林 壮一
ボクシング世界三階級制覇王者・中谷潤人――。
本人はじめ家族、日米の多数関係者に取材を重ね、
その強さの源泉に迫る渾身ノンフィクション!
全米最悪の犯罪多発地域で名トレーナーに師事、拳ひとつで道なき道を歩んできた孤高の逆輸入ボクサーのリングに懸ける想い、家族との絆、かつての名王者との交流、そして運命の頂上決戦へ――。
【内容】
序章
第1章 ロスアンジェルス
不法移民からトップトレーナーへ/両親の涙/ルディ/チカニート
第2章 モンスター
井上尚弥/田口良一/田口の予想
第3章 脅威(Menace)の街、サウスセントラル
ある少女の死/BLAXICAN/哀切を極めた名チャンプ
第4章 頂上決戦へ
モンスターの呼びかけ/異常が日常に/ノート
第5章 フィラデルフィアでアーティスト宣言
世界ヘビー級チャンピオンとの出逢い/ロッキー・ステップス/チャンプ同士の絆/ジョー・フレージャー像/美術館/最終日/親子
第6章 カウントダウン
井上尚弥の前座で/ティムの目/師の見解
終章
モンスターからダウンを奪った男/オーソドックス/自己との対話/リヤドでの前哨戦を終えて

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