〈WBC〉山本由伸を世界一の投手へと導く最重要人物…中0日リリーフの裏にいた“伝説の3イニング”を支えた男
〈WBC〉山本由伸を世界一の投手へと導く最重要人物…中0日リリーフの裏にいた“伝説の3イニング”を支えた男

いまや世界一のピッチャーへと進化した山本由伸。その肉体と精神を陰で支えてきたのが、大阪の接骨院を拠点に活動するトレーナー・矢田修だ。

ドジャースのクラブハウスを自由に行きできる“水戸黄門”が見届けたのは、ワールドシリーズ第7戦で生まれた伝説の3イニングだった。

新刊『証言 山本由伸』より一部抜粋・再構成してお届けする。

ドジャースの水戸黄門

世界一のピッチャーへと進化した山本由伸。その肉体、精神力をつくり上げた陰の男がいる。大阪で接骨院を開業する矢田修だ。柔道整復師の資格を持つ矢田は、トレーナーとしてアスリートたちをサポートする。2016年ドラフト4位でオリックスに指名された山本は、入団1年目の春から矢田の指導を仰ぐようになった。

矢田との出会いから8年。25年11月2日、ブルージェイズとのワールドシリーズ第7戦のマウンドに山本は立っていた。3勝3敗で迎えた第7戦、ドジャースが9回表に同点に追いつくと、前日の第6戦に先発し、6回96球を投げていたにもかかわらず、山本は9回裏1死一、二塁という場面に中0日でリリーフ登場。ピンチを無失点で抑えた。

11回表にW・スミスがソロホームランを放ってドジャースが1点リードすると、マウンドには3イニング目となった山本が上った。1死一塁、三塁のピンチを招いたが、最後はA・カークを遊撃ゴロで併殺に打ち取って胴上げ投手となった。

伝説的リリーフでワールドシリーズMVPにも選ばれた。

この時、矢田はドジャースのクラブハウスにいた。「僕ね、水戸黄門みたいなんですよ。印籠は持ってませんけど(笑)」と矢田は冗談めかして言うが、ドジャースのチーム内を自由に動き回ることが許されている。山本にとって矢田はそれぐらい不可欠で、球団も認める人物であるという証しだ。

ドジャース入団後、矢田はスプリングトレーニングとポストシーズン中は常に山本に同行し、レギュラーシーズン中もホームゲーム時は渡米して心身のケアに努めている。山本がワールドシリーズ第6戦を投げ終わったあと、矢田は「明日、ブルペンで投げられるぐらいやってみいへんか」と声をかけた。

「山本くんは僕が言っている意味がわからなかったみたいでしたが、『明日、ブルペンに行く姿を見せるだけでも(試合の)流れは変わるで』と言うと、山本くんは軽く頷いて『じゃあ、これから治療していただけますか』と顔つきが変わった」

延長11回裏の〝副交感神経の集中〟

ホテルに戻って矢田が施術し、第7戦当日の朝を迎えた。

「LINEが朝5時に入ってきた。山本くんは、ほとんど寝ていなかったと思いますが、試合前に軽く投げていたボールを見て、大丈夫だと確信しましたね。緊張、集中を切らさなかった。今日、勝ちたい、勝つためには自分ができることをしなければいけないという意識が固まっていた。病は気からのまったく逆で、気があるからこれだけのことができたと思います」

9回裏のマウンドに向かおうとした山本に対し、矢田は「山本くんちょっと待って。

今日はいつも言っていることを撤回するわ」と話しかけた。

「だんだんブルペンで調子が上がってきたから、いつでも行けるなって状態になった。ところが、試合展開が何度も変わって、落ち着いて見ている場合ではなくなった。山本くんも人間ですからピリピリピリピリってなってきちゃった。これはちょっと緊張しすぎたなと思って、『撤回するわ』と言ったんです」

矢田は山本の親友で、スタジアムにもよく応援に来るロックバンド「ONEOKROCK」のボーカル・Takaのことを持ち出した。

「今日は試合、背負わんでいい。山本くんはここまでよう頑張った。もう背負わんでいいから、〝俺が山本由伸や〟だけ見せたれ。Takaは歌うだけで全員を感動させんねんで。背負わんでええから、投球で、ここにいてるヤツみんな感動させたれ。勝ち負けなんかどうでもええねん。感動させる投球やって、俺が山本由伸やというのを見せてこい」

といって送り出した。

山本は黙って頷いてマウンドに向かった。そして、3イニングを無失点に抑えてドジャースを球団史上初のワールドシリーズ連覇に導いた。

「あの最後の場面、山本くんは究極の集中ができた。みんな間違うのは体の活動を活発化させる交感神経で集中すると思っている。それは力んでいるだけ。

本当に集中したら心拍数が下がって脈拍が落ち着く。血圧が下がることがゾーンであったり、フロー状態なんですよね。これって夜間やリラックスしているときに働く副交感神経なんですが、この副交感神経の集中っていうのは簡単にできることじゃない。

あの場面で最高の1球を無意識に投げられたってことなんですよね。これはいつも取り組んでいるものが無意識に出たということ。無意識になるほど山本くんはやり込んでいる。これは頭で考えてできることじゃない」

矢田が「あの最後の場面」と言うのは、延長11回裏、1死一塁、三塁のピンチで6番A・カークに投じた最後の1球のことだ。
山本が投げたスプリットがA・カークのバットをへし折り、ショートゴロの併殺打に打ち取った。

「あの場面でドジャースが勝利するにはダブルプレーしかなかった。山本くんもバットを折ろうとは思っていなかっただろうけど、バットが折れたのは奇跡や偶然ではなく、必然です。〝相手のバットを折るような球はどうしたら投げられるか〟という取り組みを毎日してきたからこそ、あの1球を無意識で投げることができた。

山本くんは夢、目的、目標が明確な人です。これってつながっているけど全部別のものなんです。目的と目標を混同している人がほとんどですよね。夢って言いながら頭で考えてしゃべっているだけ。山本くんは目的、目標、夢が明確にあって、それが自分の志になっている。それがどんどんレベルアップしているのが山本くんです」

〝どこに打たせるか〟まで背負うのが先発ピッチャー

山本が初めて矢田のもとを訪れたのは、オリックスに入団して1年目の春だった。山本は矢田の話を聞くと、数週間に1回のペースで矢田のもとに通うようになった。「野球が好きな少年がそのまま大きくなったような純粋で素直な青年」が山本の第一印象だったという。

矢田が考案した「BCエクササイズ」に取り組む一方で、山本は矢田に自身の現状や理想を語っている。



オリックス入団3年目の2019年、山本は先発に転向したが勝ち星が伸びなかった。リーグトップの防御率をマークしながらも、打線の援護に恵まれなかった。8回1死までノーヒットピッチングをしながら、勝敗がつかなかったこともあった。

山本は「なんで僕が投げたら、みんな打ってくれないんですかね。エラーもするし……」と矢田にボヤいたことがある。

それを聞いた矢田は山本にこんな話をした。

「たしかにせやな。せやけど、先発ピッチャーって何か知ってるか。ケンカでいうたらリーダーやで。リーダーがその日の試合を決めるんやんか。エラーが多いのは君のせい、打ってくれないのは君のせいや。自分がこのボールを投げて、ここに打たせたら仲間が処理してファーストでアウトにする。
そこまで背負えなかったら先発ピッチャーと違うよ」

山本は「そういうことですか。わかりました」と、その後はいっさいボヤかなくなった。「その時は山本くんも若いし、物事をあまんり理解してなかったからね。でもあの子は素直やからスッと聞くんです。そこから山本くんが先発する試合は、チームが打ってくれるし、守ってくれるようになったんです。そういうふうな理解能力がものすごく高いんです」

ワールドシリーズで最後のバッターのバットを折って併殺にしたプレーを、「これまで取り組んできたものが無意識のうちに出た。無意識になるほど山本くんはやり込んできた」と矢田は表現したが、やり込んできたのは矢田が考案したエクササイズのことだ。

シーズン中、矢田はこのエクササイズをしている山本を遠くから黙って見守ることが多いという。そこでちょっとした修正のアドバイスを送る。また毎日の施術のなかで、体の異変を修正していく。

「独特の検査方法があって、それを検査すれば山本くんの状態がわかる。投げる前にわかれば先に治療して軌道修正する。投げていくなかで、できるだけニュートラルな状態に持っていくのが目的です。100%でない状態でもローテーションを守らないといけない。そうすることで80%の状態でもきちんとまとめることができるし、登板間隔が短くても問題なく投げることができる」

取材・文/鵜飼克郎

『証言 山本由伸』(宝島社)

牧秀悟、工藤公康、 井口資仁、 五十嵐亮太、金子千尋、西村徳文、高山郁夫、入来祐作、星野伸之、能見篤史、増井浩俊、矢田修ほか
〈WBC〉山本由伸を世界一の投手へと導く最重要人物…中0日リリーフの裏にいた“伝説の3イニング”を支えた男
『証言 山本由伸』(宝島社)
2026年3月16日1,650円(税込)224ページISBN: 978-4299075895ロサンゼルス・ドジャース世界一の立役者、日本人プレーヤーで史上2人目、投手としては初のワールドシリーズMVPを受賞し、世界の頂点に立った山本由伸選手。その偉業達成までの歩み、才能の真実を、かつてのチームメートやMLB経験者、専属トレーナーなど、さまざまな関係者のインタビュー取材で浮かび上がらせる証言集です。関係者の証言であらわになる山本由伸の「異次元の凄さ」とは。
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