アキレス腱断裂でも手術なしで復帰…介護、育児、コンビニ夜勤、36歳ボクサーが3人の子どもたちの猛反対を押し切ってもリングに上がる理由
アキレス腱断裂でも手術なしで復帰…介護、育児、コンビニ夜勤、36歳ボクサーが3人の子どもたちの猛反対を押し切ってもリングに上がる理由

前所属ジムとの裁判を経て、7年間のブランクから復帰したプロボクサー・斉藤司。しかし復帰後の大一番は敗戦、その後もアキレス腱断裂など受難が続く。

今年36歳になり、このまま引退するかと思われていたところ、3月に引退試合が決まった。最後のリングまでの経緯を聞いた。

敗戦後、子どもたちが対戦相手のもとへ

「まだちょっと、時間が足りなかったか……」

目の前にいる日本ランカーの中井龍選手と戦いながら、そんな考えが斉藤の頭をよぎった。勝てばタイトル戦に近づく大一番。しかし7年のブランクを経た復帰戦から7ヵ月しか経っておらず、勘が戻ってこない。被弾も増え、焦りがつのった。

「彼(斉藤)の中には俺と戦う理由がたくさんあると思う。でも俺にそんなもんはない、そんなものは関係ない」

相手の中井選手は試合前にこう言った。斉藤がパンチを浴びるたびに真剣勝負の厳しさが応援席に漂った。結局形勢は変わらず、4ラウンド終了時に斉藤のトレーナーが棄権を申し出た。

「まだやれるって!」

叫びながら椅子から起ち上がろうとする斉藤を、トレーナーが抱きしめて制御した。その姿を車椅子で観戦に来ていた妻と、子どもたち3人が心配そうに眺めていた。

試合後、病院に直行した斉藤と別の帰路となった妻と子どもたちが、会場の出入り口付近で偶然中井選手を見かけた。

すると小2の息子が「挨拶をしたい」と言って、足を止めた。

「今日はお父さんと試合をしてくれて、ありがとうございました」

中井選手を前にした息子は泣きそうになるのを我慢しながら、震える声で言った。中井選手は膝をつき、真っ直ぐ目線を合わせたまま、「こちらこそありがとうございました」と言った。

アキレス腱断裂でも手術はせず、復帰絶望

中井戦後、練習に復帰してからも調子は戻らなかった。70代の母親の介護、子ども3人の育児や家事、もちろん仕事もある。練習後、日によってはコンビニの夜勤もこなす。妻は下半身に生まれつきの障害があり、ときには支援が必要なときもある。

ただ、いずれもこれまで通りの生活習慣であって、肉体のパフォーマンスとは関係がないと斉藤は言う。35歳になって、単に練習の疲れが取れなくなった。

2023年12月に、再度日本ランカーとの試合に挑んだ。だが、試合中の負傷により引き分けとなった。

「パンチをガードしたときに、自分の手が額に当たっておでこが切れました。今まではそんな負傷したことはなかったので、肉体的な疲れが全身に溜まっていたのだと思います」

決定的なことが起きたのはその試合の3カ月後。

トレーナーとして勤務先のジムで体を動かしていたところ、ブチッという衝撃音とともに左足に激痛が走った。

「アキレス腱が切れていました。医師から手術のため1週間ほど入院が必要だと言われたのですが、認知症の母の介護もあり、長期間休むわけにはいきません。調べたら海外ではギブスで固定して手術せずに回復を待つ方法もあると知り、シーネという取り外しできるタイプのギブスを使って、松葉杖の生活が半年くらい続きました」

手術を選ばなかったぶん治りは遅かった。ボクシングから離れてまた1年半近くが経った。もう復帰は難しいのか、自分の体の状態を確かめようと久しぶりに練習を再開したのは2025年12月。預かっていた鍵でシャッターを開け、誰もいない夜のジムで黙々とトレーニングするようになった。

クリスマスも一人で練習をしていると、会長がジムの扉を開いた。「ウチじゃ食べ切れないから」と、ケーキの入った箱を手渡された。封が開いていなかったので、恐らく子どものいる斉藤のために用意していたものだろう。

「再開のため鍵を預かってから、毎日来て練習しているのを知っていたのだと思います。クリスマスの日はそれを確かめに来られたんじゃないかと思います」

それからしばらくしてトレーナーを通じて、3月に引退試合を組むとの連絡があった。

深夜のジムで2人きりの練習

2月某日の夜10時前、営業時間後の所属ジムを訪れると、担当の近藤明広トレーナーが斉藤を待っていた。週2回ほどこの時間にしか来られない斉藤のためにジムに残り、ミットやマスの相手を務めているという。単刀直入に、今の斉藤の実力の水準を尋ねた。

「現在の日本ランカークラスと比べるとちょっと厳しい。ただ、パンチ力は本当に凄い」

斉藤が到着後、シャドーやミットなど、2人きりの練習が1時間ほどテンポよく行われた。緊張感よりも、どこか今この時間ボクシングをしていることを楽しんでいる雰囲気が伝わってくる。

だが斉藤はもう36歳だ。別の日に取材したやり取りが思い起こされる。

ーーボクシングはリスクがある。ご家族や周囲は反対しないのですか?

斉藤(以下同) 「子ども達は眉を八の字にして、お父さん止めようよって反対してます。妻は何も言いませんね。好きにすればいいって。

妻は強いです」

ーー最後は公開スパーリングでもよかったのでは?

「直近の試合が負傷判定でしたが、このままではあとの人生で後悔すると思ったんです。あと最後にお世話になった方々にリングで精一杯戦う姿を見せたいという気持ちが強くありました」

ーー引退後は何を?

「今、平日は小学校の特別支援学級で区の職員として仕事しています。令和の時代でも、給食がない土日はお腹が空くから布団のなかでじっとしている子もいるんです。僕は小学生の頃、ボクシングを通じて人間不信を直すことができたので、将来はボクシング教室を開いて、感謝や人との向き合い方を伝えていきたいです」

小学生の頃入ったボクシングジムで、大嫌いなはずの大人たちから初めて優しくされて、丁寧に教えてくれたジャブ。5人兄弟の母子家庭で貧しかったが、母親が毎月払ってくれたジムの月謝袋。前ジムの会長と一緒に銭湯で笑い合ったときの声。前ジムからの移籍を求めて起こした裁判でその会長の顔を見られず、悲しさと恐怖で足が震えたこと。

移籍した現ジムで気合いを入れて練習していたら、あまりの声の大きさに薬物中毒者が奇声を上げていると近隣が勘違いし、通報を受けてやってきた警察官の呆れ顔。

ボクシングに興味がなく普段は冷静な妻が7年ぶりの試合は会場でビデオ撮影してくれて、映像をみるとKO勝ちの瞬間に声をあげて喜んでくれていたこと。お金がなくてファミレスで子どもたちの分だけ食べさせて、自分は飲み物だけ頼んで飲んだアイスコーヒーの味。復帰後の中井戦の前、夜のロードワーク中にふと見つけた月が綺麗で、風が気持ちよかったこと。

もう一度何かやれるような気がしたこと。

「今日は取材ありがとうございました。試合楽しみにしていてくださいね!」

練習後、斉藤はそう言ってシャッターを閉めると、自転車で颯爽と帰って行った。

斉藤司ホームページ
https://tsukasap4p.boxing-ticket.com/

 

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