〈独自〉19歳少女が壮絶いじめを顔出し告白「メダカとからかわれ、筆箱を取られ、道路に突き飛ばされ…」150年の伝統校で起きた重大事態「まだ過去が足かせになっている」
〈独自〉19歳少女が壮絶いじめを顔出し告白「メダカとからかわれ、筆箱を取られ、道路に突き飛ばされ…」150年の伝統校で起きた重大事態「まだ過去が足かせになっている」

関東在住のナナミさん(仮名・19歳)は小学校5年生のときに同級生複数人からいじめに遭い、後にPTSDと強迫性障害を患い今も苦しんでいる。昨今、大阪府寝屋川市や東京都立川市の「いじめ監察課」が話題を呼んでいるが、学校だけでは対応がままならない現実がある。

ナナミさんのケースは、学校の対応が遅れ、市がいじめ防止対策推進法の「重大事態」となり、再発防止の観点から第三者委員会も設置された。ナナミさんのケースを通し、改めて「いじめ」と「その後」について深掘りする。

「命の危険を感じた事もありました」

「9年前に受けたいじめが原因で私の人生は大きく変わりました」と、ナナミさんは静かな口調で切り出した。

取材にあたり、顔出しで記事を掲載するリスクをナナミさんに伝えると、彼女は「顔を出して話すことで『いじめ』に対して真剣に考えてくれる人が増えると思うんです。それに私にとっては堂々と話せることです』と強い覚悟をみせた。

ナナミさんの通っていた関東のある小学校は150年以上の歴史を誇る伝統校で、ここに子どもを通わせるために学区内に引っ越してくる人も多いと言われるほどの人気校だ。

当時、ナナミさんは学校に行くのを毎日楽しみにしていた。友だちと一緒に下校し、放課後は公園で遊ぶ、どこにでもいる活発な子どもだったという。

しかし、小学校5年生の5月から何の前触れもなく「いじめ」は始まった。ナナミさんが振り返る。

「理科の授業の一環でメダカを育てることになり、私のクラスに水槽が置かれました。水槽のメダカを見ながら1人の女子児童が『ナナミに顔が似てる』と言い出し、私のことを『メダカ』と呼ぶようになりました。

なんとなく恥ずかしいあだ名だと思い、それは『嫌だ』と伝えましたがやめてくれず、次第にみんなが『メダカ』と呼ぶようになったのが、いじめのきっかけでした」

いじめに加担していたのは複数人の女子児童で、そこからいじめはエスカレートしていく。

ナナミさんの筆箱を取り上げて仲間内で回したり、床に叩きつけるなどの行為が毎日、休み時間ごとに行なわれた。

「他にも髪の毛を引っ張られたり、脇の下から手を差し込まれて羽交い絞めのような形で首を絞められたりしました。ランドセルを引っ張られ体を振り回され、階段から転がり落ちそうになったり、下校中に突き飛ばされ、車道に転んでしまい命の危険を感じたこともありました。

メダカ以外にもイワナと言われる事もあり、目にげんこつを押し当てられて『イワナは眼から棒を突き刺して焼くんだぞ』と脅されたりもしました。また『私は猫、お前はネズミ、お前は獲物だから逃がさない』とも言われました。いじめられるようになって2か月が経っていましたが、この時身の危険を感じるようになり母に打ち明けました」

直接的な暴力が減った代わりに始まった無言の監視

ナナミさんの母親は担任と学年主任と面談し、いじめへの対応を求めた。その後、加害児童らは学校から指導を受け当初のようないじめ行為は少なくなっていったという。

「直接的な行為は減ったのですが、今度は私を監視、威圧するように目の前に立って無言でジーっと見つめてきたり、私が友だちと話しているとそこに割って入って、その友だちだけに話をするようになりました。その時も私に対しては何も言わず威圧するように見つめてきていました」

さらに学校側の対応も満足なものではなかったという。

当時の担任は、目の前で“筆箱回し“が行なわれていたときも、ナナミさんが威圧されるなどの嫌がらせを受けていたときも注意はせず、「見て見ぬふりをしていた」とナナミさんは話す。

このときの気持ちについて「自分の味方はひとりもいないんだって絶望でした」と語る。結果的にナナミさんは7月の途中から学校に行けなくなり、そのまま夏休みとなった。

「私としては加害児童たちが近寄ってこなければ、それで良かったという思いでした。

学校にはずっと行きたいと思っていて、行きたいのに行けないというのがツラかったです。学校側からは『環境を整えるから待ってほしい』と言われていて、夏休み明けに学校側の準備も整ったと言われ登校することになりました」

しかし、登校した初日から加害児童らの態度は変わらず、ナナミさんは大きく絶望した。

母親は「娘が学校に行けるように、教室へ入れるようにどんな体制をとってくれるのか」と校長に訴え続けた。具体的に、加害児童の別室指導をお願いし続けたが、校長からは「前例がない。第2の被害児童が出たら困る」等と言われ、教室に娘の居場所をつくれなかった。

その後、加害児童らは一部のいじめを認め、保護者とともにナナミさんとナナミさんの両親に謝罪を行なったが、その溝は埋まらなかった。

卒業文集につづった“本当の苦しみ”

6年生になり担任と加害児童とクラスは変わっても、加害児童が教室の前に現れた。ナナミさんは彼女らの視線に怯えた。

「新しい担任に訴えても、『私は加害児童の顔がわからない。加害児童が教室に来ても、ナナミさんに近寄っても、名札をジロジロ見て確認することはできない。相手に失礼だから』と言われてしまいました。私もみんなと一緒に普通に過ごしたいという思いをずっと持っていました。

しかし、学校に行くと加害者の子たちが怖かった。

それでも、後悔をするのは嫌で無理してでも運動会や修学旅行などの行事には行っていたんです。その行事中にも威圧はされていたのですが……。結局6年生の時の担任も、その場面に遭遇しても止めてくれたりはしませんでした。いじめを受けることももちろんですが、一番ショックだったのは先生が何もしてくれないことでした」

ナナミさんはその後不登校となり、そのまま卒業式を迎える

学校に通いたいと思う子が学校に通えない。なぜ誰も手を差し伸べられなかったのだろうか。“第三者の目”からはどう映ったか。今回のいじめ問題に尽力した市議が語る。

「この件はいじめ防止対策推進法の『重大事態』に当たるとされ、市教育委員会が第三者委員会を設置しています。いじめに関することは学校側も認めていたので、当時の対応の検証と再発防止という観点でした。

私自身も当時、被害者側や学校側と話をしていましたが、学校側は当初このいじめを軽視しているフシがありました。まったく何も対応をしていなかったわけではありませんが、被害者側と加害者側の気持ちを配慮しようとして、結果的に後手、後手に回っている印象でした。

そもそも学校の校長先生の多くがこうしたいじめ問題が起こった際の対応に関して知見がないというのも問題だと思います。対応ひとつで被害者のその後の人生は大きく変わることだってあるんですから」

インタビュー中、ナナミさんは「いじめを受けてからずいぶん月日が経ったのですが、私はまだ過去の事が足かせになって生きている」と語る。

中編ではナナミさんも味わった、校長がおこなった「卒業文集改ざん問題」について詳報する。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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