鈴木涼美「こんなふうに“男”でしかない自分を必死に生きている男たちと、女は恋愛して駆け引きしてなんとか殺し合わずに共存しなきゃいけないんだよな」
鈴木涼美「こんなふうに“男”でしかない自分を必死に生きている男たちと、女は恋愛して駆け引きしてなんとか殺し合わずに共存しなきゃいけないんだよな」

独自の視点と文体で世相や男女関係を映し出す作家の鈴木涼美氏が、話題の婚活コミックエッセイを鋭く分析。自らも2024年に新宿歌舞伎町のホストで寿司店の大将でもある男性と結婚、女児を出産した涼美氏は、48歳・年収200万円漫画家の婚活をどう読み解くのか?

 

エクセルにデータ入力するデートにときめきとかあるかな

随分前にマッチングアプリを利用した婚活に成功した四十八歳の大変出世している知人は、マッチして実際に会うことになった男性十七人それぞれのデータをエクセルに落とし込んで吟味し、最終的に二人に絞り込んでから四か月デートを重ねたらしい。そしてそのうちの一人、自営業の五十代バツイチ男と結婚した。

と、ぱっと聞いたときはさすが仕事のできる女~と思ったのだけど、具体的に想像してみると、そのエクセルって一体何のデータが取りまとめられているのか、と考えてしまってちょっと怖い。男と一回食事に行って、エクセルに入力するほどのデータってとれるっけ。そして服装が不潔ではないけれどもいまいちちぐはぐなセンスだなぁとか思った場合、それは後に他と比較するための何かしらの数値化をして記録するものだろうか。あるいはもっと金融資産とか身長とか尿酸値とか、もともと数値で表しやすいものを入力していくんだろうか。そうするとデートはデータをとるための聴取みたいにならないかしら。ときめきとかあるかな。

と案じてしまう私は、彼女が長年夢中になっていた趣味をあるきっかけで中断し、不倫をやめ、婚活しようと思い立って、エクセル活用アプリデートを繰り返し、ついに納得のいくパートナーと法律婚をしている間、ずっと独身でちょこっとラブを繰り返し、好きな時に好きなだけ遊べる今の生活も悪くないなと思いながら、十年前と特に変わらない日々を過ごして四十歳になろうとしていた。別に結婚を否定しているわけじゃなかったけれど、なんかすっごく合う人がいたら考えようとか、三十九歳になったら考えようとか、大恋愛した相手の条件が悪くなければしてもいいかもとかぶつぶつ言いながら、具体的に結婚に繋がっていくような行動をとったことはない。そんな体たらくな私と目的完遂の彼女との差について、本作を読んで少しわかった気がした。

48歳で年収200万円、「限りなく童貞に近い初老」、
と条件は極めて悪いけど

コロナ禍の生活が普段とそんなに変わらず、「人に会えないの全然つらくないけどなー」とつぶやいてしまう独身男の姿でこの婚活エッセイ漫画は幕を開ける。要は「独りで死ぬのはイヤだ」が、一人で生きるのはそんなに嫌じゃない。そんな彼が緊急事態宣言下のコロナ感染で孤独に闘病し、病が回復した後はしばらく勃起しなくなるという別の緊急事態にも遭遇したことで、それまであまり疑問に思ってこなかった独り身生活を不安に感じることになる。そんな折、知り合いの漫画家女性にふわっと恋してさらっとフラれる経験などを経て、さらにはっきりと「他者ともっとかかわりたい」というある程度明確な気持ちが芽生えて積極的な婚活を始めるのである。

著者はマッチングアプリ、婚活パーティー、泌尿器科受診、そしてお見合い、と、具体的な活動内容を微に入り細にわたり記し、その時の心情や心の動きも含めて赤裸々すぎる筆致で描いていく。四十八歳で年収200万円、自分のことを赤裸々に漫画にする仕事、大事なイチモツに自信がなく「限りなく童貞に近い初老」、と条件は極めて悪い。

でも巻末に収められたインタビューの写真を見ると、顔やスタイルはちょっと素敵、お笑いや映画に詳しく話は面白そう。恋愛はともかく少なくとも婚活には不利っぽい彼が、アプリでマッチした女性とせっかくそこそこ意気投合したにもかかわらず、一度会っただけで連絡をやめてしまったり、婚活パーティーで一緒になった年上男性に号泣させられたりする姿は、突っ込んだり苛立ったり笑ったりしながら楽しんだ。

一貫してヘテロ男性、男でしかない自分を必死に生きている

魅力のひとつは著者が一貫してヘテロ男性でしかないことだ。LGBTQ的な視点とか男女不均衡がどうとか女性だったらどうかとか、そういう気をまわさず、男でしかない自分を必死に生きている。女のこちらからすれば、四十八歳でこのまま子どもを授かる「可能性ゼロはやだな」と思える男は随分と悠長だなオイとも思うし、女性との文面のやり取りで「文章上手くなってきた気がする‼」とか言われると、四十過ぎて恋愛相手を練習台に使わないでいただきたいと思うし、女性の見た目を重視した本音などはカオと交換できるカネを用意してから言えとも思う。

でもここにあるのが男の本音で、そういう本音を持った男たちと、私は恋愛して駆け引きして仕事してセックスしてなんとか殺し合わずに共存しなきゃいけないんだよな、とも思う。作中には著者のほかに、著者の中の「おせっかいおばさん」なるペルソナも登場する。ヒゲの生えたこの自虐ツッコミおばさんがいることによって、著者の「ときめきたい」「夜のプロレスが怖い」といった、社会で円滑に生きていくためには包み隠しておいたほうがいいような本音すらも、包み隠さず描かれるのだ。

 「独り身不安だ」は街でのちょこっとラブにはいい動機だが

さて婚活の体験記である本作だが、別に成功の記録ではない。言ってみれば失敗談のようなもので、結婚式の控室でタキシードを着るようなエンディングには辿り着かずに終わる。本当に結婚がしたかったと仮定してあえて敗因と呼ぶなら、その敗因は何か。

「独り身不安だ」「可能性ゼロはやだな」「他者ともっとかかわりたい」というのは街へ出てちょこっとラブに身を投じるにはいい動機だが、生き馬の目を抜く婚活市場では、そんなもわっとした願望では自分がどこに向かっているのかもよくわからないまま常に誰かにだしぬかれ、成果を掴まずに終わるということなのかもしれない。

著者がマッチしたり連絡先を交換したりする機会にそこそこ恵まれながらパートナーを作れずにいるのは、私がひとの婚活を見て、ときめきとかどうでもいいのかと横やりを入れつつその後もずっと独身だった理由と重なる。動機も目的も散漫なのだ。

具体的なビジョンが何もないからあまりにもリアル

ずっと一人と思うと心細い、ふるえるほどの恋愛してみたい、結婚で生活が安定したら仕事に打ち込めるかな、社会的信用もアップするかな、毎朝素敵な相手が横で起こしてくれたらうれしいな、かといって縛られるのは嫌だな、気をつかって疲れるのも、一人の時のきままさを失うのも嫌だな。どれも本音で、どれも大事だが、一番の優先事項という感じでもない。一番の優先事項とは何か? 自分が心地よく生きる、とかその程度の、やはりもわっとしたものなのだろうか。

可笑しさと切実さとちょっとした社会問題を内包した漫画はとても面白いが、著者はただの一度も、婚活が成就した後の理想の生活や、相手に何を求めるかではない、自分がどんなことをしてあげられて何を提供できるかについて描くことをしない。そうであればデート相手も私たちもきっと自分自身さえも、著者が本当に何をしたいのかはよくわからない。他者ともっとかかわりたい、というのは部活に入るくらいでも結構満たされてしまう気がする。

彼女出来ないとか理想の女がいないとか出会いがないと宣う男はみんな、理想の女と出会ったらどうするのか、自分は彼女に何を与え、どういうパートナーになろうと思っているのかを驚くほど考えていないというのは、そこそこ恋愛相談とかを受けてきた私が何度も実感してきた真理。そういう意味でも、具体的なビジョンが何もない本作はあまりにリアルなのだ。彼はおそらく私と同じくらいは、デートをエクセルに落とし込む作業を想像できないはずだ。だって何を目的に結婚をするのかも、どんな結婚が理想なのかもいまいちはっきりしていないのだから。

それは結婚かもしれないし結婚じゃないかもしれないけれど、著者のそこそこ満たされているけれども完璧に幸福というわけではない日常をドラマチックに補完してくれる何かを探す旅は続くのだろう。

その過程はきっとまた、私たちを惹きつけるとびきり面白い漫画となっていくはずだ。次は同性の親友づくりとかどうですか。

文/鈴木涼美

独りで死ぬのはイヤだ 年収200万円、48歳独身漫画家の婚活記

中川学
鈴木涼美「こんなふうに“男”でしかない自分を必死に生きている男たちと、女は恋愛して駆け引きしてなんとか殺し合わずに共存しなきゃいけないんだよな」
独りで死ぬのはイヤだ 年収200万円、48歳独身漫画家の婚活記
2026/2/261,568円(税込)208ページ

累計5000万PV突破! (2025年12月末まで)
「集英社オンライン」の大人気コミックエッセイ連載が単行本化!

デビュー作『僕にはまだ友だちがいない』がNHKで実写ドラマ化。自身のくも膜下出血体験を描いた壮絶実録漫画『くも漫。』が実写映画化するなど、常に話題を呼ぶ漫画家・中川学。
コロナ禍のある経験がきっかけとなり、年収200万円、48歳の独身漫画家が婚活に目覚めた! 「友人や知人」「マッチングアプリ」「婚活パーティー」「お見合い」……いろんな形で本気の婚活に挑む実録コミックエッセイ! その結末は?
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