中学2年生で不登校になった男性(42)は大のお笑い好き。22歳でひきこもりを脱して、禅寺で1年間修行。
エネルギーが枯渇して、またひきこもる
修行中にM-1グランプリに出たことを和尚さんに叱責され、京都の禅寺から逃げ出した八代目指圧太郎さん(仮名、42)。
実家でしばらく心と体を休めて体力が回復すると、散らかった家の中が気になった。お寺での習慣で片付けを始め、2か月ほどかけて徹底的に断捨離して綺麗になると、少し前向きな気持ちになれたという。
近所を散歩していて禅寺を見つけ、しばらく通ってみたが、京都の和尚さんに申し訳ない気持ちがして、やめてしまった。「宙ぶらりんのままじゃダメだ。何か始めないといけない」と思い、介護の仕事に応募した。
「平均より時給が良かったんだけど、連れて行かれた施設は、入れ墨が入っている利用者さんとか、クレームばっかり言う人とか、対応が難しい利用者も多く。『明日からここに1人で来てもらう』と言われて、『いや、無理です!』と。断るのも、ものすごいエネルギーがいりました」
次にやったのは大きな病院の清掃の仕事。
「ホントに地獄みたいなところで、もうやってらんないよって。そこでエネルギーが枯渇しちゃったんですね」
太郎さんはまた、ひきこもってしまった。禅寺で学んだ野菜中心の料理を両親の分も作り、夜になるとジョギングに出る。テレビを見る気にはなれず、本を読んだり音楽を聴いて寝る。そんな生活が6、7年続いた。
「体は元気なのに、何年間も何もしていないというのも、すごく心身に負荷がかかるんですね。しんどい。親がこのまま年取っていなくなっちゃって、自分も仕事できなくて……と思うと、どうしても不安で」
お坊さんもお笑いも、手放したら楽になった
32歳のころ、親戚から紹介されたのが、九州のお寺だ。基礎はあるのだから、そこで推薦書を書いてもらい、専門僧堂に行って住職の資格を取ればいいと勧められたのだ。
「そのお坊さんは元警察官で、柔道の猛者。なんでそんな極端な(笑)。嫌な予感はしたんですけど、そこしかなくて」
到着すると早々、住職にこう言われた。
「君はお経も座禅も完璧にできているけど、足りないのは根性と体力だ」
そして毎日腕立て400回、うさぎ跳びなどの筋トレ、受け身の練習などを課された。どんなにきつくても3か月頑張れば、次の専門僧堂に進めると思って耐えていたが、ある日、「君は柔道がレベルに達していないから、黒帯を取るまで私が鍛える」と言われ、太郎さんは「プッツンと切れて」しまう。
その日の夜、荷物をまとめて逃げ出した。
実家に帰る途中、京都で下車。禅寺に行き、和尚さんに逃げたことを謝って、こう決意を告げた。
「お坊さんも、お笑いも、あきらめます」
それが、人生のターニングポイントになった。
「お坊さんも、お笑いも、自分の心の支えだったから手放せなかったけど、同時に重荷でもあった。だんだん、だんだん、重さの方が勝ってきて、九州のお寺の顛末もあって、なんでこんな目に遭うんだろうと感じた。
2つともやらないと言えたことで、心が軽くなったんです。楽になったというか。自分には何もなくなったけど、もう1回ゼロから新しいことを始められそうだなと思えたんです」
結婚したいから稼げる仕事を探して指圧師に
実家に戻ると仕事を探した。運送会社で早朝だけの仕分けの仕事を見つけ、昼間は職業訓練校に半年通った。訓練校は学費もかからず仕事に直結する技術を学べ、太郎さんは介護の資格を取得。
訪問ヘルパーの仕事をしながら、夜はあん摩マッサージ指圧師の国家資格を取る学校に3年間通うことにした。
「訓練校に通っているとき、同級生に一目ぼれしたんです。結婚するには、やっぱり稼ぎがいる。多く稼げる仕事はないかなと思って、ハローワークに行って検索したら、指圧師が割とよかったんで。
その人には告白してふられちゃったけど、指圧ってやりがいもあるし、おもしろそうだなと。訪問ヘルパーはオムツ替えとかあって大変なんで、正直、指圧の方がちょっと楽かなという気持ちもありました」
ところが、太郎さんが資格を取得した直後にコロナ禍になり、仕事ができない不安な日々が半年以上、続く。指圧師の学校の同級生に相談すると、デイサービスの仕事を紹介してくれた。訪問マッサージも開始。運送会社の仕事も続けており、収入が安定したので、実家の近くで1人暮らしを始めた。
ひきこもりは甘えではなく体の自然な反応
太郎さんによると、指圧は自律神経にアプローチしやすいと言われているそうだ。体の仕組みや自律神経の勉強をしていて、気がついたことがあるという。
「自律神経には、よく知られている緊張と緩和の2種類だけじゃなく、遮断の神経もあるんです。ものすごく強いストレスがかかると、遮断の神経のスイッチが入ってしまい、それ以上、心が傷ついたり、ストレスがかからないように、何も受け付けないで体を防御する。
ひきこもりは甘えだとかよく言われますが、ひきこもりは体の自然な反応のひとつなんだと思います」
太郎さんの場合、不登校になったころは、「緊張しやすくて、人前に出るとガチガチで言葉が出てこない」状態だった。おそらく自律神経が乱れて心も体も硬くなっていたのだと推察される。当時の太郎さんには、遮断してひきこもることしか、できなかったのだろう。その後、「お坊さんとお笑い」を手放して、気持ちが緩和されたことで、ひきこもりからも脱することができた。
「緊張と緩和と遮断。どれも必要だけど、どれにも偏らないようバランスが大事。どうしても緊張に偏りがち、遮断に偏りがちなときがあるけど、少し俯瞰で見て、ちょっと休もうとか、少しずつ自分でコントロールできるようになりました。
今は指圧しているときが一番リラックスできるんです。精神状態としては座禅を組んでいるときに似ているかもしれない。指圧はたまたま見つけた仕事だけど、いい仕事に出会えたなと思います」
動画を編集しながら大笑い「自分の中では松本人志を超えています」
最近、取り組んでいるのはYouTubeの動画制作だ。
「お笑い芸人とは違うけど、もう1度、モノを作りたいという思いが、ぶわっと出てきたんですよ。やっぱり、仕事だけだと溜まってくるので、なんか出したいというか、ちょっと排泄に近いというか。いろんな指圧太郎を撮って、動画に出していこうと思っている。
動画はまったくお金にはならないけど(笑)、いつも編集しながら、大笑いしています。もう、自分の中では松本人志を超えています。これ、書いてください」
ちなみに、フーテンカンという言葉は、京都の禅寺の和尚さんの口癖だ。太郎さんが何かやらかす度に、「このフーテン漢が!」と怒鳴られたのだという。太郎さんは何度も寺から逃げ出したが、厳しい指導は愛の鞭だということはわかっていたのだろう。京都の禅寺だけでなく、九州の寺にも行って、きちんと謝罪をしたそうだ。
「母親からよく言われるんですが、『あんたは人に恵まれている』と。中学の友だち、お寺にいた人たち、今、私の周りにいる仕事仲間など、いい人たちに出会えたのは、恵まれていると思うし、ありがたいですね。
だから、今まで出会った人たちに感謝しつつ、これから新たに出会う人たちにも感謝して、生きていきたいです」
〈前編はこちら『ダウンタウンに救われた元ひきこもり男性、禅寺修行時、M-1突破も和尚の一喝で…42歳指圧師の波乱半生』〉
取材・文/萩原絹代

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