「オウム真理教は無実だと思っていた」元“宗教2世”の中学時代…母の一言で信仰が崩壊した瞬間
「オウム真理教は無実だと思っていた」元“宗教2世”の中学時代…母の一言で信仰が崩壊した瞬間

「オウムはやっていないと思っていた」幼い頃から教団の施設で育った加奈さん(仮名)にとって、麻原彰晃は疑うことのない“絶対的な存在”だった。だが中学生のある日、テレビで流れたサリン事件のニュースを見ながら、母親が放った一言によって、その世界は音を立てて崩れ始める。

そして初めて気づいた教団の矛盾とは…

「オウム真理教の子どもたち 知られざる30年」より一部を抜粋、編集してお届けする。

教義に反して荒れた中学時代

衝突はあったものの、ようやくなじんだ地元での学校生活。このまま友達と同じ中学校に通うこともできたはずだが、そうはならなかった。

小学校を卒業すると、加奈さんは地元を離れ、母親の春代さんに引き取られる。母とともに別の地方都市に引っ越し、アパートで親子2人の新たな生活が始まったのだ。母と娘にとって、それは教団に入って以来、6年ぶりのことだった。

思春期を迎えた加奈さんの中学生活は荒れた。

一時保護から1年以上がたってもなお、教団と現世の暮らし、どちらが正しいのか、揺れ動いていたからだ。サティアンでの出家生活に戻ることはできないと理解しつつも、本当の居場所はここではない、という思いは、どうしても消えなかった。

加奈さんはその頃の自分を「ふわっと分離しているような感じだった」と振り返る。

「教義というか体系というか世界観みたいなものがなくなるとは思っていませんでしたね。自分がいた上九一色村のサティアンがなくなって、違うところで生きていくことになっても、オウムという宗教自体はそのまま、ふわっと残り続けるんじゃないかと思っていました。

それこそ洗脳に近いんでしょうね。

幼い頃からずっとそこで生活していたから、刷り込みとして残っているという感じですね」

加奈さんの記憶では、親子2人が暮らすアパートには麻原の写真が飾られていた。手を合わせたり、食事を供えたりするようなことはなかったが、親子の中でオウムが完全に消えたわけではなかった。日常に浸透したオウムの教えは、加奈さんの胸のうちに葛藤を生んだ。

現世で生き続けていくためには、周囲の「普通の子」たちが持っている常識や遊びを身につける必要があった。ところが加奈さんには、社会と隔絶された6年もの出家期間がある。その間に流行ったアニメや漫画、歌の話についていけないと、仲間外れにされてしまうかもしれない─。

そこで加奈さんは、大量の漫画を読みふけり、アニメをひたすら観続けた。それは、「現世の情報に触れてはいけない」という、オウムの教義に反することだった。

「一生懸命、一般人になろうとしていく。でも、それは教義に反することですよね。その葛藤で、中学時代は荒れたのだと思います」

全財産を教団に寄付し、出家してしまった母親

加奈さんは、派手に遊ぶことで、教義と現実の生活との葛藤を忘れようとした。友達と週5日、カラオケに通った。買い物に行けば、友達が持っているものは全部欲しくなった。

遊べば遊ぶほど、現世の生活を楽しんでいるという罪悪感は募っていくが、やめられない。金遣いは荒くなり、手持ちの金はすぐになくなった。

母の春代さんは仕事で日中忙しく、家を空けることが多かった。加奈さんは遊びに行く金がなくなると、春代さんの目を盗んで、金庫からお金を持ち出した。見つかれば当然怒られたが、気にしなかった。オウムにいた頃から、「お布施」といって、まとまった金額が動く現場を目の当たりにしていたからだ。

道場に行けば、イニシエーションを受けるたびに、在家の信者たちが教団にお金を払っていた。加奈さんの母親もそうだった。

「自分だってオウムにお金を使ってきたんだから、いいじゃん」

教団にお金をつぎ込み、最終的には全財産を寄付して出家してしまった母親の姿を見ていた加奈さんは、自分の行為をそう言って正当化した。

反抗期を迎えた加奈さんと母親の関係はこの頃、どこかぎこちないものだったという。

「いわゆる一般的な親子の信頼関係のようなものはすぐできるわけではなくて、ちょっと違う関係の親子だったと思います。どちらかというと、お世話係の大人と子どもの関係に近い感じです。

今さら、『お母さん』と呼ぶのも恥ずかしいので、『春代』と名前で呼んでいました」

今までほとんど一緒に暮らしたことのない母親は、本当に自分に愛情を注いでくれるのだろうか。見捨てることなく、子どもとしてってくれるのだろうか。

あえて反抗的な態度をとって、母親の反応を試すようなこともあった。加奈さんの心は「試し行動と反抗期が重なって、すごくグチャグチャだった」という。それでも母親が見放すことはなかった。一緒に暮らし始めた中学生の頃の3年間で、少しずつ「他人感」は薄れていった。

「ポア」を疑い、尊師に失望

葛藤を抱えながらも現世の生活に次第に慣れていった加奈さん。春代さんとの関係も少しずつ築いていった中学時代、忘れられない出来事を経験する。それは、春代さんと2人でテレビを観ていたときのことだった。オウム関連の裁判のニュースが流れていたと記憶している。

松本サリン事件、地下鉄サリン事件など一連の凶悪犯罪は、麻原彰晃以下教団幹部が共謀し、実行したと報じられていた。

「本当はオウムはやっていないのにね」

ニュースを見ていた加奈さんは当時、オウムが事件を起こしたとは考えていなかった。教団内では「デマ」「国家権力の陰謀」ということを散々聞かされていたからだ。

中学生になってからも、「オウムが犯罪を起こした」という事実を受け入れていなかった。

しかし、春代さんは思わぬ返答をする。

「いや、オウムがやったと思うよ」

思わず「え?」と聞き返した。しかし、春代さんは「サリン事件は本当にオウムがやったことだと思う」と、淡々と繰り返した。この瞬間、加奈さんの信じていた世界は大きく崩壊した。現世で生活を続けるなかで、「もしかしたら悪いことをしていたのかもしれない」と頭によぎることもあったが、「そんなはずはない」と否定してきたのだ。見ないようにしてきた事実を突きつけられたような気がした。

「そうなんだ。じゃあ、悪いことをしていたんじゃん。それは、結構衝撃でしたね。母親が言うなら、事実として受け止めましたね」

それからは、信じてきた世界が音を立てて崩れていった。教団で教えられてきたあらゆることに、疑念が生じていった。
例えば、「ポア」についてもそうだ。

「殺すとは教えられてなかったんです。魂を上の世界に送ることだと聞いていて……。でも、殺すことは悪いことだと教わってるじゃないですか。殺生はいけないよって教わって、ゴキブリさえも殺さなかったのに、人を殺して『ポア』するのはどうなんだろうと思いましたね。教義と現実の矛盾は、ニュースを見てから初めて感じたと思います」

矛盾を知った加奈さんは、教祖である麻原彰晃にも疑いの目を向ける。

中学生活を送る間も、麻原は神聖な存在、絶対的な権力者だった。逮捕されたときには、自らの潔白を証明するために堂々と警察の前に出ていったはずだと信じていた。

ところが、事実は、第6サティアンの小部屋に潜んでいるところを発見され、連れ出されていた。ニュースを見れば見るほど、失望した。「尊師はズルいことはしない」と信じ、冤罪だと思っていた事件が、次々と教団の犯行だと明るみに出る。加奈さんの心は次第にオウムから離れていった。


取材・文/NHK「クローズアップ現代」取材班

オウム真理教の子どもたち 知られざる30年

NHK「クローズアップ現代」取材班
「オウム真理教は無実だと思っていた」元“宗教2世”の中学時代…母の一言で信仰が崩壊した瞬間
オウム真理教の子どもたち 知られざる30年
2026年3月5日発売1,980円(税込)四六判/256ページISBN: 978-4-7976-7475-0

オウム真理教による地下鉄サリン事件から30年。「オウムの子」はどこでどう大人になったのか? カルトの影響から抜け出すことはできたのか? 安倍晋三元総理大臣の銃撃事件で注目された、旧・統一教会をはじめとする「宗教2世」問題の原点。

1995年3月20日にオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件の後、山梨県の旧・上九一色村にあった教団施設から、信者の子どもたち53人が保護された。
親から引き離され、悪臭が漂う第10サティアンで集団生活をしていた子どもたちは、あれからどのような人生を歩んだのか。現在の日常生活にも、カルトの教義や修行の記憶が影を落としているのか――。
子どもが一時保護された山梨県の児童相談所の記録約2800点を入手し、そして大人になった当事者たちに会いに行くと、知られざる「オウムの子」の苦難の30年が浮かび上がってきた。
大きな反響を呼んだNHKクローズアップ現代の番組「オウム真理教の子どもたち 知られざる30年」を、放送しきれなかった当事者たちのエピソードや、膨大な資料から明らかになった新事実を加えて書籍化。
江川紹子氏&鈴木エイト氏、推薦!

●これまで表に出ることのなかった「オウムの子」の人生に初めて迫る(※すべて仮名)
「親が困るんじゃないかと思って、腕を切っていました。オウムにいたせいで普通じゃなかったということを、親にわかってほしかった」(加奈さん)
「家族にもウソの幼少期しか話してない。いつほころびが出るかなという恐怖を抱きながら、生きている」(健一さん)
「今もオウム真理教の教義の中で、信じられるものを信じています」(歩さん)
「現世に戻ったのであれば、そこでちゃんと結婚して、人間として真っ当な道を進むべきなんでしょうけど、そういう夢もないし、正直わからないです。家庭のイメージが……」(太郎さん)

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