「世界情勢をめぐるXの議論はなぜ噛み合わないのか」人気予備校講師が語る”歴史を知らない危うさ”
「世界情勢をめぐるXの議論はなぜ噛み合わないのか」人気予備校講師が語る”歴史を知らない危うさ”

世界史をわかりやすく解説する予備校講師として知られ、YouTubeやSNSでも人気を集める土井昭。近著『新装版 教科書から消えた世界史』(扶桑社)では、教科書では十分に扱われない近現代史や国際政治の背景を、歴史の視点から読み解いている。



ニュースや国際情勢を理解するうえで、世界史の知識はどのように役立つのか。そして、歴史を知ることは私たちの考え方にどんな「軸」を与えてくれるのか——。高校教師から予備校講師へと転じた経緯とともに、歴史を学ぶ意味について聞いた。(前後編の前編)

高校教師から人気予備校講師へ転身

––––––現在は世界史の予備校講師としてご活躍されていますが、もともと高校の教員だったんですよね?

土井昭(以下、同) はい。慶應義塾大学文学部に在学中、交換留学でオランダに行き、教育学と歴史学を学んだうえで、帰国後は私立高校で社会科の教員になりました。慶應から教師になる人は多くありませんが、もともと先生になりたい気持ちがあったんです。

––––––高校では世界史を担当されていたのでしょうか。

教員免許は「地理歴史」と「公民」がありますが、社会科の教員はだいたい両方取ります。私も資格は両方持っていますが、実際に担当していた授業の9割以上は世界史でした。

––––––そこから予備校講師に転じた理由は?

私が勤めていた学校では、教科指導のウェイトがあまり高くなかったんです。ベテランの先生方は「授業ができるのは当たり前。そのうえで学校にどう貢献するかが大事だ」とよく言っていました。

新人だった私は、さまざまな先生の授業を見に行くよう言われましたが、「これはどうなんだろう」と感じる場面も多かった。

職員室で生徒の愚痴を言う方もいて……授業に集中できる環境ではないと感じ、2年で辞めて予備校に移りました。

––––––受験生に世界史を教えるうえで、土井さんは何を大切にしているのでしょう?

一番は志望校に合格すること。そのために「わかりやすさ」と「面白さ」を重視しています。興味がない状態で難しい話をしても、生徒は聞いてくれませんから。まず話を聞いてもらうことが大事なんです。

もう一つは「すべてのことには理由がある」ということ。歴史の出来事には必ず背景があります。それは必ず伝えるようにしています。

歴史を学んで「自分の軸」をつくる

––––––そもそもですが、土井さんは歴史を学ぶ目的をどのように考えていますか。

「過去を知り、それを未来にどう活かすのか」ということだと思います。それと、世の中にはさまざまな人がいて、いろいろな出来事があります。そうしたものから学び、自分の価値観や軸を身につけることも大事だと思います。

結局、歴史に唯一の正解はありません。

例えばイスラエルとイランの問題でも、どちらか一方だけが完全に正しいという話ではないですよね。その中で「自分はこういう軸があるから、こう考える」というものを持てるようになることが大切だと思います。

––––––自分の考えをしっかり持つためにも、歴史は有効だと。

例えば現在のイランとイスラエルの問題でも、Xを見ていると「アメリカが悪い」「イランがかわいそう」「民衆がいつも犠牲になっている」など、さまざまな声が上がっています。どれも一面では正しい。ただ、その中でどこに重きを置くのか、自分はどう考えるのかという軸がないと、情報に振り回されてしまいます。

日本の場合、ホルムズ海峡の封鎖で石油がどうなるか、という話にはなると思います。ただ、日本人の命に直接関わるかというと、現時点ではそこまでではない部分もあります。

ただ、もし台湾有事のような状況になれば、日本にも直接関わってくる可能性があります。そうなったときに、自分がどう考えるのかという軸を持っていることで、行動にも影響が出ると思うんです。

––––––受験では正解が求められる一方で、社会では見方が分かれることもあります。歴史学のこの“ズレ”は、生徒にどのように教えていますか。



授業では時間も限られていますし、深い議論をしても直接点数にはつながらないので、基本的には入試で正解になる見方を説明します。

ただ、時間があれば「そうとも言い切れない部分はあるけれど」と少し触れることもありますし、授業後に質問に来る生徒にはもう少し踏み込んだ話をします。

例えばウクライナとロシアの問題であれば、まず教科書的な説明をします。そのうえで「ロシア側はどう考えていると思う?」と問いかけて、別の見方も説明することがあります。

––––––最近は国際情勢も不安定ですが、歴史を知っているかどうかでニュースの見え方も変わりますよね。

当然変わると思います。例えばイランの問題でも、今のニュースだけを見ると「アメリカがひどい」という見方が強い印象があります。

ただ、その前の歴史を見ると、イランもかなり強硬なことをしてきました。1979年のイラン革命では、アメリカ企業の接収や大使館人質事件が起きています。

その一方で、革命前の王政も理想的とは言えません。経済成長はしていましたが、富は王と周囲に集中し、庶民は貧しい状態でした。そうした背景があったから革命が起きたわけです。


––––––深く知るほど、単純な善悪では説明できなくなります。

そうなんです。さらに言えば、中東は民族の構造も複雑です。アラブ人、ペルシア人(イラン人)、トルコ系、ユダヤ人、クルド人など、多様な民族・宗教集団がいて、それぞれ関係が簡単ではありません。

政府の立場と国民感情が一致しないこともあります。例えばサウジアラビアなどはアメリカと協力関係にありますが、国民感情としてはイスラエルに反発を持つ人も多い。

こうした背景も、歴史を知ると見え方が変わってくると思います。

教科書はなぜ「一つの見方」しか書けないのか

––––––新装版として発売された『教科書から消えた世界史』について伺います。「教科書から消えた」という言葉には、どのような問題意識が込められているのでしょうか。

教科書はページ数や授業時間の制約もあって、どうしても「一つの見方」しか示せません。そこで「こういう見方もある」ということを提示したいという思いから、このタイトルにしました。

––––––受験の共通の土台として重要な一方で、どの部分が簡略化されがちだと感じていますか。

やはり近現代ですね。

他国の教科書を見ると、かなり近現代に重点を置いているものが多い。例えば韓国の教科書は、近現代の比重がとても大きい印象があります。一方で日本の教科書は、そこが比較的あっさりしています。

それから表現の面では、アメリカを強く批判する記述は基本的に出てきませんし、韓国、中国、北朝鮮、台湾といった近隣諸国で問題にならない表現にする必要もあります。そうした配慮が感じられる部分はありますね。

––––––ウクライナ戦争が将来教科書に載るとして、十分に扱われない可能性がある部分はどこだと思いますか。

それで言うと、9・11以降の出来事はかなりあっさり書かれているんです。なのでウクライナ戦争も、おそらく「ロシアがウクライナに侵攻した」という事実と、その結果がどうなったかという程度の記述になる可能性が高いと思います。

––––––太字で「ロシアのウクライナ侵攻」と書かれて、細部はあまり触れられないかもしれないと。

そうですね。しかも近年は扱う出来事自体が増えています。教科書にはトランプ、バイデン、習近平、反グローバリズムといった言葉も出てきます。



ただ、新しい出来事が増えている一方で、古い時代の内容が減っているわけではありません。結果として、近現代史はどうしても最後に少し付け足されるような形になりがちなんです。

––––––現代の国際情勢を理解するうえでは、近現代史の重要性は高いと感じます。

土井 私もそう思います。ただ学校現場では、現代の問題はどうしても揉めやすいんです。先生方は忙しいですし、保護者からのクレームなども気にしなければならない。

実際に働いて感じたのは、「いかに揉めないか」がかなり重視されているということです。担任や学年主任など役職が増えると、教材研究の時間もほとんど取れなくなります。

その結果、比較的無難な昔の時代を中心に教えておこう、という判断になる先生も多いのではないかと思います。

取材・文/毛内達大

『新装版 教科書から消えた世界史』(扶桑社)

土井昭
「世界情勢をめぐるXの議論はなぜ噛み合わないのか」人気予備校講師が語る”歴史を知らない危うさ”
『新装版 教科書から消えた世界史』(扶桑社)
2026年2月28日1,320円(税込)384ページISBN: 978-4594102227

■「学校で学んだ世界史」は、本当に“真実”だったのか?
教科書に載らなかった事実、意図的に省かれた視点、勝者によって書き換えられた歴史──

本書は、私たちが“当たり前”として信じてきた世界史を根底から問い直す一冊です。
歴史は単なる過去の記録ではありません。それは政治・経済・宗教・権力と密接に結びつき、「誰が、どの立場で語るか」によって姿を変えます。

本書では、
・なぜ宗教対立は今も終わらないのか
・なぜ日本は植民地化を免れたのか
・なぜ戦争は「正義」の名のもとに繰り返されるのか
・なぜ独裁者は支持され続けるのか
といった現代ニュースの核心につながる問いを、「教科書では語られない背景」から丁寧に解き明かしていきます。

■ ビジネス書以上に“実生活で役立つ”世界史
経済危機、戦争、民族対立、情報操作──歴史を知ることは、情報を疑い、構造を見抜く力を養うことです。
SNSやニュースが溢れる今だからこそ、本書はフェイクニュースや偏った報道に振り回されないための「思考の武器」を与えてくれます。

■ 世界およそ70か国を訪れた著者による「生きた歴史」
著者は元高校教員・現役予備校講師として世界史を教え、さらにおよそ70か国を実際に訪問。YouTubeチャンネル「世界史解体新書」は累計2000万回再生を突破。
机上の理論ではなく、現地で見て・聞いて・感じたリアルな視点だからこそ、歴史が「知識」ではなく「実感」として腑に落ちます。

■ こんな方におすすめ
・世界史が苦手だったが、もう一度学び直したい方
・ニュースの裏側を理解したい方
・国際情勢・政治・経済を構造的に知りたい方
・思考力・判断力を鍛えたいビジネスパーソン
・教養として“深い世界史”を身につけたい方

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