「治らない」と本人に言わなかった時代があった…希少がん治療と緩和ケアは、この10年でどう変わったのか
「治らない」と本人に言わなかった時代があった…希少がん治療と緩和ケアは、この10年でどう変わったのか

昨年刊行されて話題を呼んだ医療ノンフィクション『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』。「原発不明がん」をはじめ、きわめて稀な「希少がん」に罹患した場合の困難とは、どのようなものがあるのか。

医師による治療方針や患者への告知は、近年でどのように変わってきたのだろうか。そして、国は希少がん研究に対してどのような支援を行っているのか。東えりか氏が、同書の医学監修・解説を務めた下山達医師(東京都立駒込病院)にインタビューを行った。〈前後編の後編〉

実は救っていたのは「ご家族」だった

 今回、この本を書くにあたって希少がんや原発不明がんについて調べましたが、腫瘍内科の先生って全体的に少ないですよね。がん治療においては、今後絶対に重要な存在だと思うんですけれども……。

下山 がんは治らないケースが多いですから、「負け続けなければいけない」というつらい現実に直面せざるを得ません。医者になる人間というのは、自分は何人を治したとか、この人の運命を変えたんだ、人生を変えたんだ、というのが頑張れる糧となることが多いと思います。

がんの専門に進むということは、勝てないフィールドに勝負しにいくことを意味しますので、そもそもあまり好まれないのかもしれません。

 「治らない」という現実を理解するのは、患者としてもなかなか大変です。夫の保雄の場合も「これは治らないがんです」と言われましたが、頭が理解するのを拒むというか、じゃあどういうことになるのか具体的にイメージできませんでした。

下山 それも当然のことだと思います。少し前の時代はどうだったかというと、治らない、治療を諦めるということはイコール患者さんを見捨てることである。患者さんを絶望の淵に追い込むことだ。

だから1%でも可能性があるならば、亡くなる直前まで抗がん剤治療をやるべきだ、それが医者としての正義だ、という価値観がありました。

しかし、それによって治る方は当時も1人もおられませんでした。それでも医者が諦めないことによって患者さんは救われるんだ、と先生たちは確信していたんです。ところが、実は救っていたのは「ご家族」だったんですね。患者さん当人は置いてきぼりだったんです。本当の現実をあえて伝えないわけですから。私は研修医のころ、緩和ケアに移行せず抗がん剤をやり続ける姿勢に疑問を持っていました。

実際には、余命2~3ヶ月かもしれない。本来であれば、その2~3ヶ月は大事なご家族に何を残すかとか、会社を経営されていたら従業員の方々をどうするかとか、大切なことを色々と決めなければいけない貴重な時間です。しかしそこで「治療を頑張りましょう、治るかもしれません」と言えば、その現実から目を背けさせることになってしまいます。

本当のことを言ったら、患者さんが悲嘆して自殺してしまうかもしれない。それを恐れて本当のことは家族にしか伝えず、患者さんを置いてけぼりにして治療方針を決めていたのが、私の研修医時代でした。
研修医なりに、それはおかしいと感じていました。

 昔はがんの場合でも、患者本人には言わなかったですよね。

下山 でも今は、嘘はすぐにバレます。薬をネットで調べれば何に使うものなのか、すぐにわかってしまいますから。やっぱり患者さんと真に向き合おうと思ったら、本当のことを言うしかありません。

私も経験したことがありますが、嘘がバレた瞬間に患者さんはとてつもない絶望に襲われます。誰も信じられず、頼れなくなってしまうわけです。目の前の医者は嘘を言っている、と。そういう患者さんの姿を見てきたので、医者は本当のことを言って信頼を得るしかないと思っています。

ただし、余命1~2か月の時点でそれを本人にお伝えしても、受け止められない患者さんもおられます。なので、ただ単に本当のことを言えば良いというものではありません。病状やお伝えするタイミング、そして患者さんご本人、さらにはご家族の考え方が大事になってきます。
そういう意味では、最初から当科で治療を進めていれば、もっと良いタイミングでご説明ができただろうと思うことも多いです。

昨今では緩和ケアが発達しています。患者さんのメンタルの部分についても、過去の医療経験を基に「逃げる必要はない」ということがわかってきましたので、伝えにくいつらいニュースについても、できるだけ最初にお伝えするようにしています。そのほうが実は信頼関係を構築できるのだと、自分の経験からもわかってきました。なので、患者さんが知りたいという立場であれば、「この病気は治らない」ということでも隠さずにお伝えするようにしています。

緩和ケアを行う本当の意味

 夫の保雄は最初に入院した病院でがんが見つからず、見つかった後も信頼できないと感じる出来事が続いたので、もともと駒込病院の職員だったことから転院を考え、上司の方を頼って下山先生のところにセカンドオピニオンを受けに伺いました。その時に「非常に難しいがんである」というお話と、抗がん剤治療がもしダメだった時の対処法、緩和ケアの進め方というのを教えていただきましたね。

緩和ケアと言えば、一般にはホスピスなどの「もう手の施しようのない状態」というイメージがまだ強いかと思います。私自身、保雄の病気に直面して、初めて治療と同時に緩和ケアが行われるのだということを知りました。そもそもがんにおける緩和ケアとはどういうものなのか、簡単に教えていただけますか?

下山 患者さんががんと付き合っていくために、一番守らなければいけないのは体力です。体力が無くなったら、がんに負けてしまいます。いかに体力を落とさないようにするかが大事です。そのためには、ふたつ手段があります。



ひとつは抗がん剤によってがんを小さくする、あるいは大きくさせないという方法です。がんは大きくなることで症状を出します。臓器を圧迫して痛みを生じさせたり、ご飯が食べられなくなったりしますので、それを食い止めるという治療です。

ただ、よく知られているように抗がん剤には副作用があり、むしろ体力を落としてしまう場合があります。メリットと同時にデメリットもあるわけです。メリットが上回った場合は「薬」になりますが、デメリットが上回ったら、むしろ体力を失う「毒」になってしまいます。

一方で緩和ケアというのは、がんの症状を抑え込む治療だと思ってください。痛かったら痛み止めを服用する。眠れなかったら睡眠薬を飲む。気持ちが悪かったら吐き気止めを使います。

がんを治していないじゃないか、根本的な治療ではないのだから無意味じゃないかと思われるかもしれませんが、痛みを放っておくと体力がどんどん落ちて余命が縮まります。抗がん剤は体力がない状態で使うと副作用が強く出てしまうので、まずはがんの症状を緩和ケアによって止めることを考えます。

そうすれば抗がん剤治療の副作用も少なくでき、結果、抗がん剤治療が続けやすくなります。なかなか理想通りにはできませんけれども、可能な限り試みるわけです。

保雄さんの主治医だった奥屋俊宏先生は、もともと緩和ケア医が志望でした。腫瘍内科に緩和ケアの知識を融合させることで、抗がん剤治療も進めやすくなりました。その知識があるからこそ、抗がん剤治療がうまくいくんです。緩和ケアというのは、決して「敗北(=死を認めること)」ではありません。がんの症状を取るために必要不可欠な治療なんです。

これから治りたいと思っている患者さんやご家族に、いきなり緩和ケアの話をするというのは酷いことなんですが、抗がん剤が効くか効かないかは事前にはわかりません。でも緩和ケアで症状を取ることが出来れば、確実に命は延びます。緩和ケアをまず行って体力を守りながら、抗がん剤をやるかやらないかを決めていくのががんの治療です。「抗がん剤をやれば必ず完治する」といったシンプルな話ではないわけです。

 うちの場合、かなり症状が進んでしまっていて、抗がん剤治療を諦めることになりました。
最後は保雄の希望で退院して、自宅で緩和ケアを行うことになりました。これがなかなか大変でした。詳細は拙著『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』(集英社)に詳細に書きましたが、私は実際、やってよかったと思っています。

いま思い起こすと、私はとても恵まれていました。保雄が亡くなったのはもちろん残念なことですが、駒込病院で診ていただいた後に、サポートを得ながら在宅介護を受けられて、最後もあまり苦しまずに亡くなりました。私に体力があり、環境も整っていて、在宅医療・看護で来てくださった方々が非常に優秀だったことも大きいです。保雄に最後の時を自宅で過ごさせてあげられた、好きな音楽を聴かせて、好きな食べ物を食べてもらえたのは幸せだったなと思っています。

希少がんならではの色々な困難

 保雄が罹った原発不明がんを含む希少がんというのは、非常に珍しいがんであるがゆえに、様々な困難があるということも今回初めてわかりました。まず、診断にとても時間がかかる。専門医に出会うことも難しい。また、その珍しいがんについて患者や家族が情報を得る方法がわからない。

保雄が発症したのは約3年前ですが、その頃にインターネットで「原発不明がん」と検索しても、納得できるような情報は見つかりませんでした。いまは割と出てくるようになりましたけど、説明している方が希少がんの専門家ではないことも多く、本当にこの情報を信頼して大丈夫かな、と不安になります。

そして、専門病院やセカンドオピニオンを受ける先がわからない。というのも、保雄の場合も最初に入院した病院では3ヶ月間も診断がつきませんでした。そんな状況なので、セカンドオピニオンを受けるのはさらに困難でした。一縷の望みを託して、先端医療がどこで行われているのか調べようとしても、それもわからない。実際は、先端医療をおこなっている病院はあるのですよね?

下山 そうですね。様々ながんで臨床試験は行われているんですが、リアルタイムにどの試験がどの病院で行われているかは、我々自身もなかなか把握しきれていません。とにかく情報の伝達が不十分なんです。

 希少がんの新薬開発は、いまどのような状況なのでしょうか。

下山 希少がんならではの困難があります。患者さんの絶対数が少ないのが最大の問題です。薬の開発を行う際には、通常は数百人から千人ぐらいの規模の患者さんを対象に、薬を使った場合と使わなかった場合を比較する臨床試験を実施して、統計的にどちらが優れているかという解析研究を大規模に行います。

しかし、希少がんの場合は患者さんが少ないので、それができないんです。薬の開発がなかなか進まない。そこで2021年、新薬開発のルールが変わりました。15年ぶりのルール改訂です。希少がんに関しては、大規模な臨床試験をやらなくて良いですよ、数十人といった規模で新しい薬を試してみましょう、ということになりました。

その新薬によって、たとえば30%の人が良くなったとします。では、その30%というのが果たして良い数字なのか悪い数字なのか。大規模な比較が困難な時は、昔のデータと比較します。もともとこの病気では長生きできる人は10%しかいないとわかれば、30%の方が長生きできる新薬の効果は大きい。統計的な根拠は不十分だけれど、希少がんの場合は昔のデータとの比較によって薬を承認する、という方向でルールが柔軟に変わったんです。これはとても大きな変化です。

これによって製薬企業も新薬の開発がしやすくなり、医者の研究も進みますので、色々なものが動き始めました。

国家主導での大規模なプロジェクト

 国も希少がんに力を入れています。いま「MASTER KEYプロジェクト」という非常に大きなプロジェクトが動いていますね。

下山 先ほど、希少がんでは新薬の承認にあたって、過去のデータとの比較で判断できるようになったと説明しました。しかし、希少がんに関してはデータ登録も十分に行われていないわけです。

データ登録は非常に手間がかかるので、ちゃんと人を雇う必要があります。しかし、希少がんのために人を雇うというのは現実的に難しいことでした。そのため国がお金を出して支援していこう、という動きが2017年に始まりました。これが「MASTER KEYプロジェクト」です。患者さんも参加し、がんの研究施設と製薬企業が新薬開発のために協力している国家プロジェクトです。

私が所属する駒込病院も2024年から参加しています。このプロジェクトでは、たとえば今回の保雄さんの原発不明がんも、いつ診断され、どのような経過だったのかをデータ化させていただくわけです。そうすると新薬が出てきた時に、保雄さんの経過よりも成績が上回っていたら、それによって薬が承認されるようになります。

今までの利益中心だった治療開発ではできなかったことも可能になっています。ひとつ例を挙げると、最近では「リヒター症候群」のケースがあります。

 リヒター症候群とはどんなものでしょうか?

下山 白血病の一種である「慢性リンパ性白血病」という、もともと希少ながんがあります。そのがんに稀に変化が起きて、リヒター症候群と呼ばれる、慢性のがんが急性化した、進行が早く予後の悪いタイプが生まれることがあります。希少×希少という、滅多に診ることがない病気です。

これも希少がんのひとつで、駒込病院がMASTER KEYプロジェクトに参加したことで、製薬企業が注目して、新薬開発の臨床試験を実施できるようになったんです。ところが、この病気の患者さんは日本中で年間10人程度と言われています。この治験の情報をどうやって患者さんに届けるのかが課題になってきます。医者のネットワークだけでは困難です。

 この病気には抗がん剤は効くのでしょうか。

下山 ほぼ効かないと言われています。効いたとしても一時的で、治らないとされます。駒込病院は血液腫瘍の拠点病院として全国トップレベルの患者数を診ていますが、ここ数年でも1人の患者さんしか診ていません。

 それぐらい珍しい病気なんですね。

下山 各病院の希少がんセンターなどは、「うちの病院でこういう臨床試験をやっていますよ」という情報を発信しています。しかし、その際に製薬企業の力を借りることはできません。コンプライアンスの問題がありますし、製薬企業の力を借りると、患者さんにもあまり信用してもらえません。

かつては患者さんは、医者の紹介で病院を選ぶケースがほとんどであったと思います。しかし、最近では患者さんが自ら情報を調べて病院を選ぶ場合が、少しずつですが増えてきました。病気についての情報をYouTubeなど流すと、少ないながらもそれを見て来てくださる患者さんが増えているように感じます。

でも、医療の現場はみんな疲弊してしまっているので、そういった情報発信をボランティアに頼る形は難しい。そうでない良い方法はないのか、というのがひとつひとつの希少がんセンターの課題になっています。

 今までは医療側が情報を発信してきましたが、それではまったく間に合わなくなっている。患者側から情報を求めていかなければいけない時代なんですね。

先生が仰ったことは、ここ10年ぐらいでようやく起こってきた変化で、これから皆さんに知ってもらわなければいけないことですよね。

下山 そうですね。希少がんの状況については、がんを診る医者全員が知っている話でもありません。医療者に対してもうまく情報を発信していかなければならないのですが、日々、多くの患者さんに向き合っている医者は忙しくて、なかなか発信に力を入れられない状況にあります。今回この記事で希少がんの状況をお伝えする機会をいただき、大変有り難く思っています。

構成/集英社学芸編集部

見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録

東 えりか
「治らない」と本人に言わなかった時代があった…希少がん治療と緩和ケアは、この10年でどう変わったのか
見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録
2025/10/242,200円(税込)336ページISBN: 978-4087817683

夫の突然の腹痛、そして入院。検査を繰り返すが、原因は不明。
ようやく診断がついたときには、余命わずか数週間。
「原発不明がん」とは、いったい何なのか?

第22回開高健ノンフィクション賞最終候補作

【各界から絶賛の声、続々!】
理不尽極まりない、まさに「見えない死神」。明日は我が身。震え上がりながら一気に読んだ。
――成毛眞氏(「HONZ」代表)

哀しみの底に沈みながらも、決して諦めない。検証し続ける。その圧倒的な想いの強さに胸うたれる。
――小池真理子氏(作家)

著者は、愛する人を「希少がん」で亡くすという個人的な体験を病の普遍的な記録にまで昇華させた。苦しみを同じくする人々や医療難民にとって必見の情報と知見がここにある。
――加藤陽子氏(歴史学者)

【本書の内容】
ある休日、夫が原因不明の激しい腹痛に襲われた。入院して検査を繰り返すが、なかなか原因が特定できない。ただ時間ばかりが過ぎ、その間にも夫はどんどん衰弱していく。
入院から3ヶ月後、ようやく告げられたのは「原発不明がん」の可能性、そして夫の余命はわずか数週間ではないか、というあまりにも非情な事実だった。

この「原発不明がん」とは、一体いかなる病気なのか?
治療とその断念、退院と緩和ケアの開始、自宅での看取り……。発症から夫が亡くなるまでの約160日間を克明に綴るとともに、医療関係者への取材も行い、治療の最前線に迫ったノンフィクション。

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