倒産連鎖の関西に「万博不況」の足音…維新が主張しつづけた「経済波及効果」はどこへ? 数字のマジックで「将来の市民にツケ回す」
倒産連鎖の関西に「万博不況」の足音…維新が主張しつづけた「経済波及効果」はどこへ? 数字のマジックで「将来の市民にツケ回す」

2025年大阪・関西万博は「3.6兆円の経済効果」という華やかな数字とともに幕を閉じた。しかし、その実態は本当に“成功”だったのか。

来場者の6割以上が地元客にとどまり、地域経済はむしろ冷え込んでいた可能性がある。数字では見えない「万博の本当のコスト」を、経済データから読み解く。

本質的な経済効果はなかった可能性が非常に高い万博

2025年大阪・関西万博が閉幕し、行政は「大成功」のムード作りに躍起になっている。

経済産業省は約3.6兆円の経済波及効果があったと発表し、万博参画企業が出資するアジア太平洋研究所(APIR)も3兆円規模の生産誘発額を試算して「需要の取り込みに成功した」と一定の評価を与えた。吉村洋文大阪府知事は「大きな経済効果が出た」と胸を張る。

確かに、会場内で巨額のお金が動き、計算上の波及効果が出たことは紛れもない事実である。しかし、この華々しい「数字のマジック」に目を奪われてはいけない。

宣伝されているほど、地域全体を豊かにするような本質的な経済効果はなかった可能性が非常に高いのだ。なぜなら、万博の経済政策としての前提には、「乗数効果の低下」と「代替効果」という二つの致命的な落とし穴が存在するからである。

巨大イベントモデルは限界を迎えている

まず根本的な問題として、現代の日本において「公共事業や巨大イベントで経済を右肩上がりにする」というモデル自体が限界を迎えている。

経済学には「乗数効果」という概念がある。これは、国や自治体が1円の公共投資を行った際、経済全体で何円の国内総生産(GDP)増加をもたらすかを示す指標だ。

かつての高度経済成長期であれば、この数字は軽く1を超え、道路や橋を作れば作るほど経済は潤った。しかし、成熟社会となり政府債務が膨張した現在の日本では、多くの実証研究において、この乗数効果は「1を下回る(1未満)」と推計されている。

つまり、税金を100億円投入しても、経済全体への波及は100億円未満にしかならない「非効率な状態」にあるのだ。

百歩譲って、その投資先が後世まで何十年も物流を支える新しい高速道路や港湾であれば、長期的な「ストック効果(資産としての価値)」が期待できる。しかし、万博はどうだろうか。

来場者のうち、実に64.2%が近畿2府4県の住人

国や大阪府・市、経済界が最大2350億円もの巨額の会場建設費を投じたにもかかわらず、閉幕後、あの巨大なパビリオンや施設は原則としてすべて更地に取り壊される。

乗数効果がただでさえ1未満であり、公共投資が有効に機能しづらい現代日本において、たった半年間で消えてなくなる一過性のイベントにこれほどの巨額の税金や民間資金を投入することは、マクロ経済の視点から見てあまりにも「経済合理性を欠く」と言わざるを得ない。

さらに追い打ちをかけるのが「代替効果」である。APIRのデータによれば、一般来場者のうち、実に64.2%が近畿2府4県の住人だった。

この数字が意味するものは重い。つまり、関西の人々が休日に地元の商店街で買い物をしたり、近場の温泉地へ旅行したりするはずだったお金を、万博会場という閉鎖空間に持ち込んだケースが大半を占めているということだ。

日本全体、あるいは関西全体のパイが大きくなったわけではなく、右のポケットから左のポケットへお金が移動したに過ぎない。

一部の万博関連企業や大手の観光業が潤う一方で、街の飲食店や地元密着の小売店がまったく恩恵を感じられないのは当然の帰結である。経済の血液であるお金が、地域を隅々まで循環するのではなく、特定の場所に吸い寄せられてしまったのである。

万博開催中の関西経済は水面下で冷え込んでいた

実際、万博開催中の関西経済は水面下で冷え込んでいた。

東京商工リサーチのデータによると、2025年の都道府県別の倒産発生率(事業所数に対する倒産の割合)は、京都府が0.36%(全国ワースト1位)、大阪府が0.32%(同2位)、兵庫県が0.31%(同3位)と、近畿圏がトップ3を不名誉にも独占するという異常事態に陥っている。

これに対し、万博成功を支持する人々からは「倒産が増えるのは、高い賃金を払えない生産性の低い古い企業が淘汰され、より強い企業へと人が移動する『新陳代謝』が進んでいる証拠だ」という反論が聞こえてきそうだ。

確かに、資本主義経済において、競争力のない企業が退場していくことは健全な新陳代謝の一部である。

しかし、今の関西で起きている倒産ラッシュを、その一般的な理論だけで都合よく言い繕うのは極めて危険である。なぜなら、2025年には「人手不足倒産」が過去最多の397件にまで急増しているからだ。

万博特需という「劇薬」に耐えられず“ショック死”

この現象を読み解くカギは、労働力や資材の価格を高騰させた最大の要因が、市場の自然な変化ではなく、「万博という巨大で一過性の公共事業」であったという点にある。

行政が限られた期間に巨額の税金を投じて、ヒト・モノ・カネを強引に夢洲へと吸い上げた。その結果、地域の労働市場は人為的に大きく歪められたのである。

これまで地域に根差して地道に経営を続け、需要もしっかりとあったはずの中小企業が、万博特需が引き起こした異常なコスト高という「劇薬」に耐えられず、いわば“ショック死”させられてしまったのだ。

万博を成功させるためとして、吉村知事が自ら国に要望し、使った関連予算は13兆円(日経ビジネス、2024年5月22日)にのぼる。このお金を万博に使わずに、減税や競争力向上に使っていたら…。

こうした行政による有害な支出を経済学では「クラウディングアウト(民業圧迫)」と呼ぶ。巨大な公共事業が、民間の通常の経済活動を押し退けてしまう現象だ。

行政自らが引き起こした急激な環境変化による「強制退場」を、市場の健全な新陳代謝だと強弁するのは、あまりにも現場の苦しみを無視した暴論と言わざるを得ない。

そして今、私たちが最も警戒すべきなのは、かつて関西を重く覆った「アフター不況(万博不況)」の再来である。

関西経済は半世紀にわたって全国的な地位を相対的に「沈没」

1970年の大阪万博は、日本の高度経済成長を象徴する歴史的な大成功を収めた。しかし、その後に関西経済がどのような道を辿ったかを知る人は意外に少ない。

APIRが内閣府のデータを基に分析した客観的な資料によると、関西の域内総生産(GRP)シェアは、万博が開催されたまさに1970年度の「19.3%」が歴史的なピークだったのである。

その後、関西経済はどうなったか。万博特需という巨大なブーストが終了して剥落したことに加え、オイルショックという強烈な不景気が重なり、1989年にはシェアが「16.2%」にまで急落した。

さらにインフラ投資の遅れなども響き、2000年代以降は「15%台」という低い水準(大阪は7.6%)で長期低迷を続けている。つまり、1970年万博のあの熱狂を最後に、関西経済は半世紀にわたって全国的な地位を相対的に「沈没」させ続けてきたのだ。

現在の状況は、1970年以降の歴史と不気味なほどに似通っている。

将来の市民の財布にツケを回し…

2025年万博に向けて作られた人為的な建設需要や、行政による公金投入というカンフル剤は、閉幕とともに完全に効果が切れる。1970年当時はオイルショックが大きな追い打ちをかけたが、現在は長引く深刻な物価高騰と、人手不足の慢性化が地域経済の首を絞めている。

さらに恐ろしいのは、行政が抱え込んだ「負債」である。大阪市の公式な財政収支概算(令和8年2月版)によれば、市税収入は過去最高を見込んでいるにもかかわらず、今後の10年間を通じて恒常的な「収支不足」が生じると予測されている。

万博や夢洲開発に投じた公共事業費の後年度負担が、今後の自治体財政を重く圧迫することは火を見るより明らかだ。

行政は3.6兆円という華やかな数字を誇らしげに掲げ、「万博は成功した」と幕を引きたいのだろう。たしかに、ある一面を切り取れば成功に見えるかもしれない。

しかし、乗数効果が1を下回る非合理な投資を行い、代替効果で地元の消費を食い合い、クラウディングアウトという劇薬で地域を支える中小企業を強制退場させ、将来の市民の財布にツケを回したというデータもまた、消し去ることのできない事実である。

今回も重苦しい「万博不況」が関西を覆い尽くそうとしている兆候

万博不況は、短期イベント効果の過大評価と長期支援の欠如が招いた失敗事例だ。1970年万博の教訓を生かせず、中小企業支援を怠った行政の責任は重い。

かつての1970年万博の後に、長い冬の時代がやってきたように、今回も重苦しい「万博不況」が関西を覆い尽くそうとしている兆候が、すでに倒産データとして現れている。

私たちは、耳障りの良い成功論に流されることなく、不都合なデータから目を逸らさず、一過性のイベントに依存した経済政策の限界を直視しなければならない。

地域に真の豊かさをもたらすのは、半年で消えゆく打ち上げ花火ではなく、地道に血を通わせる持続可能な経済循環なのだ。

文/小倉健一 写真/shutterstock

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