「罪滅ぼしと恩返しの道は長いな」250日勾留の弁護士が保釈初夜に自覚したトラウマと自由の尊さ
「罪滅ぼしと恩返しの道は長いな」250日勾留の弁護士が保釈初夜に自覚したトラウマと自由の尊さ

弁護士の江口大和氏はとある事件に巻き込まれ、「被疑者」として250日間も勾留されることになった。そんな彼が保釈された夜に久しぶりに味わった自由は、喜びだけではなかった。

 

『取調室のハシビロコウ: 黙っていたら、壊された。 ある弁護士の二五〇日勾留記』より一部抜粋、再構成してお届けする。

自由の象徴を楽しむ

保釈された日、妻はビールを買ってきてくれた。

事件に巻きこまれる前は、毎晩、缶ビールやサワーを一本は飲んでいた。一日の区切りのようなものとして、炭酸の入ったお酒を飲むことが好きだった。

ところが、横浜プリズンの規則では、中の人はビールを含め、アルコールの入った飲み物は一切口にすることができない。飲みたいと思うことさえ無意味で、そのような欲求はずっと棚あげしていた。

それだけに、外の世界に戻ってきたら、自由をとり戻したことの象徴として、お酒を飲むことをしてみたかった。

妻は、私のそんな欲求を見こしたかのように、ビールを買ってきてくれた。しかも、私のお気に入りの「よなよなエール」だった。

軽井沢のクラフトビールで、爽やかながらも芯のある味わいがあり、何より香りがいい。長野県出身の私にとっては、風景の記憶とも結びついていて、ただのビールという以上の存在だった。

事件に巻きこまれる前は、ちょっとしたご褒美や記念日などに、よなよなエールを夫婦で飲んでいた。

長期間の勾留から解放されて再会したこの日に、よなよなエールを買ってきてくれた妻の気づかいが嬉しかった。

乾杯して、飲む。自由の証、再会の証、そして、妻の思いやり――そのすべてが、泡の中に詰まっている気がした。

のどにビールがしみ込んでゆく。人とほとんど話すことがなく、声も出さなかった日々の間に、のども心も乾いていた。炭酸の刺激はきつかったけれど、その痛みすらも愛おしい。ただ、勾留中にアルコールに弱くなっていたせいで、すぐに酔いが回った。

テーブルには、妻の作ってくれた料理が湯気を立てている。

ご飯を食べながら、8か月の間にお互いに起きた出来事を妻と話しあう。それは思い出話というより、欠けていた時間のピースを、ひとつひとつ埋めなおしているようだった。

私たちの会話を、娘が不思議そうに見つめている。

おびえるようなそぶりはもうない。

けれど、私が父親だということが、まだよく呑みこめていない様子だった。

こればかりは、これからの日々を一緒に過ごすことで、少しずつ距離を縮めてゆくしかない。時間の積みかさねが解決してくれることを祈った。

夕飯の後、ずっと楽しみにしていた時間が訪れた。

ひとつは、風呂だ。

横浜プリズンでは、週に2回、1回につき15分間しか風呂に入ることができない。時間帯も選べず、しばしばお湯も使いまわしで、他人の浸かった後の二番風呂だった。

けれど今日からは、毎日、自分の好きなタイミングで、好きなだけ風呂に入ることができる。それに、見ず知らずの他人が使った後のお湯に入らなくていいのだ。

まず妻が娘と風呂に入り、私は娘に保湿クリームを丁寧に塗る。

その後で、私は思う存分、長風呂をした。とり戻しかけていた時間の感覚が、湯気と一緒にまた薄れてゆくようだった。

「千と千尋の神隠し」の中で、最初はヘドロのように見えたオクサレ様が風呂に浸かり、体にまとわりついた様々な廃棄物がとり除かれたとき、「よきかな……」とおごそかにのたまい、もとの姿をとり戻す。その気持ちが、とてもよくわかった。

もうひとつの楽しみは、夜9時を越えても、明かりを消さないことだ。

横浜プリズンでは、夜9時になると一斉に消灯されてしまい、監視の目だけが残る。薄暗闇の中では読書もできず、かろうじて家族の写真をうっすら眺めて、一日の終わりを迎えていた。

けれど、いまは違う。今日からは、夜9時になっても電気は消されないし、動きまわっていても注意されることもない。こちらを監視する看守もいない。

光に包まれたまま夜9時を迎えたときは、

――おお、自由の明かりだ……。

とつぶやき、嬉しさをかみしめた。

芝浜におびえる

久しぶりの、自由な夜だった。風呂にゆっくり浸かれたし、広くて明るい部屋で本も読めた。

妻と交わす言葉、娘の寝顔。

すべてが懐かしく、温かかった。

心も体も満たされて、布団に横たわった私は、落語の「芝浜」を思いだしていた。

魚屋を営む主人公は、ある朝、仕入れに向かう途中で大金の入った財布を拾う。大喜びした主人公は、仕事もそっちのけにして家へ戻り、祝杯を挙げて酔いつぶれてしまう。翌朝、妻に財布はどこかと尋ねると、「そんなものはないよ。夢でも見たんだろう」と告げられる。

物語には裏があるのだけれど、目の前にあった幸福が夢だったと告げられる、その喪失と衝撃がポイントだ。その話と同じことが、自分の身にも起きるのではないかとなぜか感じられ、心配になってきた。

せっかく家族と再会でき、自由をとり戻したと思ったのに、翌朝目覚めてみたら、また横浜プリズンのせんべい布団の上にいる。看守に「家族はどこへ行った? 自分はどうしてここに?」と尋ねると、「夢でも見てたんだろう。保釈は取り消されたじゃないか」と告げられる――。

そんなわけはない、変な想像はやめようと頭を振る。

保釈されたのは現実だ。妻と娘は隣にいる。腕をぎゅっとつねってみれば、ちゃんと痛みもするじゃないか。

それでも、ひょっとしたら……と、一抹の不安は消えなかった。自分でもおかしいとわかっているけれど、それくらい、横浜プリズンの生活が日常の感覚を奪ってしまっていた。

夜10時には眠気が勝ち、気づけば眠りに落ちていた。翌朝、目覚まし時計よりも早く目が覚めた。

おそるおそる、周囲を見わたす。薄暗いけれど、部屋の天井は高く、広い。布団もやわらかい。隣に妻と娘もいる。そっとカーテンを開けると、朝日が射しこんでくる。

横浜プリズンなら、陽の光は入ってこない。

――ちゃんとわが家にいる。

やっと確信がもてた。保釈されたことも、家族とまた暮らせることも、夢なんかじゃない。

わかっていたはずのことなのに、朝日を浴びた瞬間、胸の奥から安堵があふれる。陽の光には、やはり、不安を吹きとばす力があった。

罪滅ぼしと恩返し

保釈された翌日から、私は新しい生活を始めた。まず、家事と育児を大幅に引きうけるようになった。

事件に巻きこまれる前は、自由奔放に働き、育児はほとんど妻に任せきりだった。そんな自分勝手な生活をしていたにもかかわらず、横浜プリズンにいる間、妻は毎週のように差入れを続けてくれた。

その優しさに応えたい。保釈されたら、せめてもの罪滅ぼしと、恩返しをしたいと考えていた。

その機会がようやく訪れたのだ。保釈された日の晩、私は妻に、明日から娘の保育園への送り迎えは私がやると申し出た。妻も快諾してくれた。

こうして翌日から、保育園への送り迎えは基本的に私がすることになり、妻は時短勤務からフルタイム勤務に復帰した。

娘を保育園に連れていった初日の朝、保育士の先生は私を見て、とまどったような顔をしていた。0歳児クラスのときはほとんど送り迎えをしていなかったし、1歳児クラスになったこの4月以降も、昨日までプリズンにいた。

1歳10か月になる娘の父親なのに、その存在と顔を先生たちに知られていない。それが、家のことを妻ひとりに任せてしまっていたことの証だった。

それと同時に、私の顔は「事件の容疑者」としても認識されていないのかもしれないと思い、少し安心した。みんな、私が思っているほどには、事件のことを知らずにいるか、忘れているのかもしれなかった。

娘の送り迎えを担当するようになると、おのずと、帰り道に食材などの買い物をするようになる。その流れで、娘に夕飯を食べさせることや風呂に入れることも、私がするようになった。妻の帰りが遅い日には、娘の髪を乾かした後で歯みがきや寝かしつけをすることも、私がすることが多くなった。

一連の家事と育児をするようになってようやく、娘が生まれてからの1年10か月間、妻がほぼひとりでこれらを行っていたことの大変さを思いしった。

特に、私が横浜プリズンにいた8か月間は、義父の手助けがあったとはいえ、基本的にすべての家事と育児を妻ひとりに行わせてしまっていたのだ。あらためて、妻に申し訳なく思った。

罪滅ぼしと恩返しの道は長いな……と痛感した。

文/江口大和

『取調室のハシビロコウ: 黙っていたら、壊された。 ある弁護士の二五〇日勾留記』(時事通信出版局)

江口大和
「罪滅ぼしと恩返しの道は長いな」250日勾留の弁護士が保釈初夜に自覚したトラウマと自由の尊さ
『取調室のハシビロコウ: 黙っていたら、壊された。 ある弁護士の二五〇日勾留記』(時事通信出版局)
2026/1/72,200円(税込)304ページISBN: 978-4788720749|普通の夫・一児の父が尊厳をかけて闘った実話|

罵詈雑言を浴びせられる57時間の取調べ、
家族や友人に会えない250日間の勾留に、
あなたは耐えられますか?

弁護士だった江口大和さんは、2018年10月、交通事故を起こした男にうその供述をさせたとして、犯人隠避教唆の疑いで横浜地検に逮捕された。
任意の取調べでは一貫して事実無根を主張し、逮捕後の取調べでは黙秘に徹した。
黙秘する江口さんに、検事は驚くべきふるまいに出た!!

検事は「ガキ」「お子ちゃま」と子ども扱いをし、江口さんの中学生時代の成績表を取り寄せて数学と理科の成績を揶揄。その他にも罵詈雑言のオンパレード。
勾留は250日に及び、家族や友人との面会はおろか、手紙のやりとりも禁止されていた。 幾度となく接見禁止の解除や保釈を求めても、裁判所の壁が立ちはだかる……。

本書は江口さんの獄中メモを下敷きに、逮捕から今なお続く国家賠償訴訟の行方まで、約7年にわたる闘いをつぶさに記録したノンフィクション。
黙秘権のあり方や人質司法の問題点を世に問う1冊です。
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