「掃除も運動会も、やりたくない子はどうするの?」海外で驚かれた日本の小学校像 アカデミー賞ノミネート監督がそれでも息子に日本の小学校を選ぶワケ
「掃除も運動会も、やりたくない子はどうするの?」海外で驚かれた日本の小学校像 アカデミー賞ノミネート監督がそれでも息子に日本の小学校を選ぶワケ

閉鎖的な日本社会を息苦しく感じ「もう戻らないかもしれない」と一度は日本を離れたドキュメンタリー監督・山崎エマさん。だが、海外で暮らし学ぶ中で逆に浮かび上がってきたのは、日本の小学校が子どもに身につけさせている「社会性」の強さだった。

外に出たからこそ見えてきた“日本”を描いた短編映画『Instruments of a Beating Heart』(『小学校~それは小さな社会~』から生まれた短編版)は、日本人監督による日本を題材とした作品として初のアカデミー賞にノミネート。その背景に迫った初著作『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』を上梓した山崎さんに「それでも日本の小学校を選ぶ」理由を聞いた。

海外の学校は勉強だけを教える

──ドキュメンタリー映画『小学校~それは小さな社会~』に描かれた掃除や給食当番の風景は、海外では「すべてがユニークだ」と受け止められたそうですね。

山崎エマ(以下同) 海外の学校の多くはそもそも「勉強を教える場」ですから、生活面の教育をする感覚がないんです。なので私が日本の小学校時代の話をすると「掃除も運動会もやりたくない子は何してるの?」って言われて「いやいや、やりたくないって選択肢はないから」って。全然、話が噛み合わない(笑)。

でも本作を観て「日本の子どもたちの強さを感じた」という声が多かったんです。まだ小さい小学校1年生の子たちが協力し合い、与えられた役割を楽しみ、時には相手のことを自分のことのように思って泣くとか、自分たちの国では考えられないと言われることもありました。

そこには困難を乗り越えていく力があって、それを育む日本の小学校制度は人類がよりよく生きる上でのヒントみたいなものになるんじゃないかと思いました。

──今は日本の小学校教育の強さを感じている一方で、そこに至るまでには葛藤もあったとか。

小学生の頃は大阪の郊外に住んでいて、地元の公立小学校に通っていました。私はイギリス人の父と日本人の母から生まれたハーフですが、当時、周囲にはほとんどハーフはいませんでした。どこに行っても「日本語、しゃべれるの?」と言われ、「自分の居場所は日本にはないのかもしれない」と感じたこともありました。

その後、ニューヨーク大学に行ったら行ったで、映像制作のアートスクールだったこともあり、とにかく自己主張が強くて個性的な人が評価される環境でした。真面目にコツコツやるという私の日本人的な部分はまったく評価されないわけです。

日本と違って、授業に遅刻することなどは大した問題とはされません。真面目だった私は、自分とは対照的なひらめき系の天才肌の人たちが活躍するのを見て、ますます自分が日本人であることに弱みを感じていました。

共存できない社会が問題

──一方で、映像編集のインターンとして働き始めてから状況が変わったそうですね。どんな場面で、評価されるようになったのですか?

たとえば朝10時に出社なら9時50分に行く。それって自分にとっては普通だけど、相手には「え? 早っ!」と驚かれることが多かったです。コピーをとるときも、同じ位置にきっちりホチキスをするだけで褒められましたね(笑)。

あと映像制作の現場はチームなので、誰かが空気を読んでまとめないと現場が動かない。私はそういった役割も得意だったので、ようやく自分の実力を発揮できる場を見つけた感覚がありました。そのとき初めて、日本の教育が自分に与えてくれたものの意味がわかった気がしました。

──日本の小学校教育は、しばしば「画一的」「同調圧力が強い」といった文脈で語られますが、いちばん大きな強みは、どこにあると思いますか。

日本の社会に限らず、人はみな他人と関わらないと生きていけないわけです。

運動会をはじめとする各行事はその練習の場になるし、掃除や給食当番は社会の中で役割を果たすための学びになる。

しかも、そういった相手を思いやり、心を張り巡らせる体験は家庭ではなかなか教えられない。子どもの脳(の基礎)が作られる12歳ぐらいまでの間に社会性を身につける日本的な教育を受けることは、子どもにとってすごく良いんじゃないかなって思います。

逆に3歳から欧米の学校やインターナショナルスクールに行っている子は“個”を強める教育をずっと受けているので、「譲る」とか「誰かのために動く」っていう意識がやはり薄いことが多いです。

──もし身近な人に「子どもを育てるにはどんな教育環境がいいと思う?」と聞かれたらどう答えますか。

本当にそれぞれ家庭の考えの違いによっていろんな選択肢がありますけど、自分の息子はやっぱり公立の小学校に通わせたいと思います。

理由は、6歳から12歳という年齢の時期に日本的な教育を受けることからスタートしてベースを作っておけば、そのあと欧米風の個人主義の教育を受けることになっても対応できるからです。この順番が逆になると難しくて、欧米の個人主義を先に身につけた人が日本の制度に合わせるのはすごく大変なんですよね。

例えば、フィンランドのように自己主張を重視する教育を続けてきた国では、今、社会において人々がお互いに尊重し合えないことが問題となっています。それがパンデミックで浮き彫りになりました。フィンランドに限らず、他の欧米の国でも、有事のとき協力し合える社会になるには、どうすればよいのかが課題になっています。

でも日本の場合は、元々お互いに協力し合うというベースがあるから、コロナ禍でもごく当たり前に助け合い、共存し合えた。

もちろん、そこにも息苦しさや課題はありますが、この時代だからこそ日本的な共生の“型”は必要です。

生き延びる強さを身につける

──インターナショナルスクールなど、日本とは違う方針の学校についてはどう思われますか?

私自身、イギリスの小学校から大阪の公立小、神戸のインターナショナルスクール、ニューヨーク大学と、何度も違う環境に放り込まれてきました。

そのたびに自分をアジャストするのは大変でしたけど、大人になる前に違う文化や世界を体験したことで、生き延びる強さが身についたと実感しています。

多様な価値観に触れておくと、その後の選択肢がすごく広がるんですよ。なので公立校をベースにしながら夏休みや週末に違うスクールへ行かせるとか、まったく知らない世界を経験させてみるといいと思います。

──ドキュメンタリー制作を通じて日本の教育現場を深く見てきたかと思います。今後の作品づくりについて聞かせてください。

私はフィクションの世界を描くより、自分の視点を通して実際にある世界をストーリーテラーとして伝えることに興味があります。今後も「当たり前すぎて誰も目を向けなかったこと」に焦点を当てていきたい。

特に、生まれ育った日本を一度は出て、帰ってきた自分だからこそ見えること、気づけることを映像で表現していきたいです。

高校野球をテーマにした『甲子園:フィールド・オブ・ドリームズ』、そして『小学校~それは小さな社会~』では、日本の教育現場を見てきたので、次はそこで育った大人たち、日本の企業や組織力がどうなっているのか撮ってみたいですね。

小学校で培った“社会性”が、大人になってから実際の組織でどう生きているのか。その答えを探したいです。

日本の教育の物語は、まだ続いていますね。

取材・文/若松正子 写真/わけとく

〈プロフィール〉

山崎エマ(やまざき・えま)

1989年、兵庫県生まれ。イギリス人の父と日本人の母を持ち、東京を拠点とするドキュメンタリー監督。19歳で渡米し、ニューヨーク大学・映画制作学部を卒業後、エディターとして活動。3本目の長編監督作品『小学校~それは小さな社会~』から生まれた短編版『Instruments of a Beating Heart』が第97回アカデミー賞のドキュメンタリー映画賞にノミネートされる。他の長編作品に『モンキー・ビジネス:おさるのジョージ著者の大冒険』や高校野球の世界を社会の縮図として捉えた『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』がある。

それでも息子を日本の小学校に通わせたい

山崎エマ
「掃除も運動会も、やりたくない子はどうするの?」海外で驚かれた日本の小学校像 アカデミー賞ノミネート監督がそれでも息子に日本の小学校を選ぶワケ
それでも息子を日本の小学校に通わせたい
2026/3/18990円(税込)ISBN: 978-4106111174日本の公立小学校は、子どもの人格形成に深く関わり“勉強を超えた学び”を提供する、世界でもまれな教育システムを持つ。イギリス人の父と日本人の母の間に生まれ、6歳で親元を離れて通ったイギリスの小学校をはじめ、大阪の公立小、神戸のインターナショナルスクール、アメリカのニューヨーク大学と、各国の多様な教育を受けてきたドキュメンタリー監督が自身の経験から綴る「“当たり前”の中にある価値」。
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