19歳が初めて経験した「推しの死」…LUNA SEA真矢さん訃報に「とてつもない喪失感はあるけど実感はない」
19歳が初めて経験した「推しの死」…LUNA SEA真矢さん訃報に「とてつもない喪失感はあるけど実感はない」

人はいつか、大切な誰かと別れる。家族や友人だけではない。

人生を変えられたアーティスト、救われた作品、その存在を追いかけること自体が日々の支えになっていた“推し”との別れもまた、深い喪失をもたらす。突然の別れと、人はどう向き合っていくのだろうか。

19歳が経験した“推し”との別れ

LUNA SEAのドラマー・真矢さんが2月17日、この世を旅立った。56歳というあまりにも早すぎる死。昨年2月には東京ドーム公演を成功させたばかりで、まだまだ活躍を期待されていただけに、ファンに与えた衝撃は大きい。

「こんなにも実感がないんだと思いました。でも、とてつもない喪失感だけはあるんです」

そう語るのは、LUNA SEAのファンである19歳の男性・TAKUYAさんだ。今回の訃報は多くのファンに衝撃を与えたが、なかでも彼のような若い世代にとっては、「初めての推しの死」と向き合う経験でもあった。

TAKUYAさんがLUNA SEAに出会ったのは中学生の頃。きっかけは、X JAPANにハマったことだった。

「LUNA SEAのメンバーに(X JAPANのギタリストでもある)SUGIZOさんがいると知って、そこから興味を持ちました」

決定的だったのは、父親に誘われて訪れたLUNA SEAのライブだ。2021年のツアーで初めて生の演奏を体験した。それまでは“気になる存在”に過ぎなかったが、ライブで目の当たりにした音と空気、そして5人が生み出す唯一無二の演奏に圧倒された。

「本当に目の前に、メンバーがそこにいるんだって実感して。一気にハマりました」

それ以降、LUNA SEAの音楽は彼の生活の、そして人生の中心になった。ギターを手に取り、映像を繰り返し観て、音楽を聴いて、ライブに足を運ぶ。音楽を学ぶために専門の学校に進むほど、その影響は大きかった。

そんなTAKUYAさんにとって、訃報はあまりにも現実味のない出来事だった。

「信じられない、というのが一番最初にきた感情でした」

直前まで、真矢さんはステージに立っていた。2025年2月に東京ドーム公演を成功させ、その後、夏に病状を公表。同年11月のLUNA SEA主催のフェスではドラムこそ叩かなかったものの、ステージ上でいつものように冗談を飛ばし、観客の笑いを誘っていた。「次はドラムを叩く」と語る姿もあった。

ファンの多くが、「また戻ってくる」と当たり前のように信じていた。だからこそ、その別れはあまりにも突然だった。

喪失感はあるけど実感はない

しかし、推しを喪っても日常は待ってはくれない。訃報の翌日からも仕事が始まり、学校が始まる。

何も変わらない日常が流れる。TAKUYAさんも「どれだけ悲しくても行かなきゃいけない」と自分に言い聞かせながら学校に通った。

「友達の前でも、いつもの自分でいられなくて。ずっと頭の中に真矢さんがいる感じでした。ふとした時に思い出すというより、ずっとぼんやり存在しているような」

その感覚は、これまで接してきた“死”とは性質が違っていたという。過去にX JAPANのHEATHさんの訃報に触れた経験はあるが、彼を実際にライブで観たことはなかった。一方で真矢さんは、何度も直接目にした存在だ。

実はTAKUYAさんは昨年春、真矢の故郷・秦野市で行なわれた祭りで本人と出会い、写真を撮ってもらっている。至近距離で接した記憶は、今も鮮明だ。

写真を撮る際、ハートのポーズをお願いすると、真矢は笑いながら応じ、快くポーズをとってくれたという。

何度も見てきた人がいなくなるという現実。SNSでも多くのファンが悲しみの声を上げ、ニュースやテレビ番組でもその訃報が伝えられた。

それでも、どこか実感は伴わない。

「親族が亡くなったときは、棺などを前にして目の前で実感する瞬間があると思うんです。でも推しの場合は、それがない。文字や情報としてしか受け取れないので、人が亡くなったのに『こんなにも実感がないんだ』と思いました。

真矢さんは自分の好きなものを作ってくれた存在というか、自分を形づくってくれた“親みたいな存在”でもあるんです。だから実感はないのに、とてつもない喪失感だけがある。どこにもぶつけられない感情が、こんなにも来るんだと気づきました」

3月8日に行なわれた献花式には、3万人以上のファンや関係者が参列した。訃報から約3週間、多くのファンにとって、ここで初めて「いなくなった」という現実を突きつけられる場にもなった。

献花式、ライブで実感した「亡くなったという現実」

祭壇に近づくにつれて、すすり泣く声が大きくなり、花を手向けた瞬間に感情があふれ出す。悲しみを抑えきれず、声を上げる人も少なくなかった。閉じ込めていた思いが、実感しなかった現実が、目の前の光景によって一気に解放されたかのようだった。

TAKUYAさん自身は、3月12日のLUNA SEAのライブで、改めてその現実と向き合うことになった。

ステージに置かれていたのは、二つのドラムセット。一つは真矢が叩くはずだったもの。もう一つは、その役割を引き継いだ愛弟子・淳士さんのものだった。

その光景だけでも十分に現実を突きつけられるものだったが、メンバーの言葉が、それを決定づけた。

「今でも真ちゃんからメールが来そう」と、ボーカルのRYUICHIが真矢さんの死に触れる。その“生の声”を聞いた瞬間、初めて「いないんだ」という実感が追いついてきたという。

このライブや献花式を通じて、多くのファンが同じように、喪失の現実を受け止めていったのだろう。

“推しの死”は、身近な人の死とは異なる形で、人の心に影響を与える。実感のなさと、強烈な喪失感。人は少しずつその事実と向き合っていく。

「彼女もSLAVE(LUNA SEAファンの呼称)なので、『あのときの真ちゃん、こうだったよね』って話ができることが、今の自分にとってはとても大きいです。あとは、一人の時間には、LUNA SEAの音源や映像を見ています。

そうやって音楽に触れることも、大きな心の支えになっています」

もう新しい姿を見ることはできない。それでも、音楽や記憶は残り続ける。触れ直すたびに、新しい思い出として更新されていく。

その積み重ねが、やがて喪失を抱えたまま生きていくための、確かな支えになっていくのかもしれない。

取材・文/ライター神山

編集部おすすめ