日本の男性用化粧品市場は5年間で約1.8倍という急成長を遂げている。男性が美容にお金をかけることが「当たり前」になりつつあるが、なぜ、長年「女性のもの」と思われてきた美容、特にスキンケアを日本の男性たちが受け入れるようになったのか? その背景には各メーカーの巧みなマーケティングがあるという。
マーケティング戦略を研究する高千穂大学の永井竜之介さんが解説する。
男性美容は“意識高め”から一般的なものへ
就職や転職で新しい職場に足を踏み入れる。あるいは社内で異動となり、新たな部署・チームと顔を合わせる。その第一印象のために、「スキンケアを気にする」男性が増えているという。
いまやスキンケアは「社会人のマナー」、「大人の常識」として認識されるようになってきているが、ほんの10数年前くらいまでは、ゴルフ場や銭湯の脱衣所で、男性自身が持参した化粧水を使う光景は当たり前ではなかった。
美容に興味がありスキンケアに一定のお金をかけている男性は、「意識が高い」一部の人たちに限られていた。しかし近年では若者のみならず中年・シニアまで男性が美容を意識してお金をかけることは一般的になってきている。
日本の男性化粧品市場を見てみると、2024年時点で前年比14.8%増の497億円と、2019年からの5年間で約1.8倍に急成長しており、今後も拡大を続ける傾向にある。
このうち約9割の438億円を占めているのが基礎化粧品で、洗顔料、化粧水、クリーム、乳液などがいずれも大きく伸びている。
基礎化粧品の購入利用は、20代、30代、40代、50代、60・70代の全年代で一貫して増加傾向にあり、年齢にかかわらず、新たな「男性のたしなみ」として美容が浸透していっていることが分かる。
男性のスキンケア習慣に関する調査では、「しっかりしている」と「まぁまぁしている」と答えた「スキンケアをしている」派の割合は、2023年の34.0%、2024年の37.0%、2025年の39.0%、2026年の42.5%と右肩上がりに増え続けている。
10代から40代半ばまでは、スキンケアをしている派が多数派になっていて、多くの人、つまり「みんな」がスキンケアをしている状況が生まれている。
このような男性美容の需要の高まりを生んだのは、化粧品各社が行なってきた「リフレーミング」と呼ばれるマーケティング戦略が功を奏したことに起因すると考えている。
「清潔感」「大人のマナー」「身だしなみ」
リフレーミングとは、見え方や言い方を変えることで物事の受け止め方や評価に変化をもたらす手法だ。言葉やイメージを変えながら、男性たちが化粧品に対して抱いていた心理的ハードルを少しずつ下げ、いまや新習慣として広まっていった好事例である。
最初から「美容」「化粧」「メイク」という言い方をすれば、「美容は女性のもの」、「男がメイクなんて…」と考える男性たちには受け入れられにくくなることは想像に難くない。
それを、「肌ケア」「匂いケア」「清潔感」「大人のマナー」「身だしなみ」といった言い方にリフレーミングすると、男性たちにとって他人事から自分事に変わって、「自分も」、「試しに」と受け入れやすくなる。
また、「男性用の化粧品」といわれると「周囲の目が気になって買いにくい」と思われるならば、夫婦や家族で共用できるユニセックスやジェンダーレスの商品とすることで、心理的ハードルを下げることもできる。
いきなり「もっと美しく」と喧伝するよりも、1995年からいち早く男性用商品を展開する花王のメンズビオレのように、「自信のある肌で前向きに過ごしたい」と示した方がターゲットに対して効果的であることも同様である。※3
また、「美容のために一手間かけよう」と言われれば、「どうしても面倒くさい」と思われやすい。
それを、9年連続で男性用フェイスケア市場でトップのニベア花王「ニベアメン アクティブエイジ」シリーズのスキンケア商品「ワンステップケア」のように、1ステップで洗顔・うるおい・髭剃り後の肌ケア・乾燥小じわ対策の4つを実現できることをアピールすれば、「だったら使ってみよう」と買わない理由を解決することができる。※4
実は男性用化粧品に限らず、日本の消費者は、新しい物事や習慣を受け入れるための心理的ハードルがとても高いことが研究の世界でも実務の世界でもよく知られている。
もともと新しい提案に対しては懐疑的なスタンスで、現状維持を好む傾向にあるからこそ、男性美容の浸透も少しずつ心理的ハードルを越えていく手順が必要だったのだ。
大谷翔平とコスメデコルテ
そして日本の消費者は目新しさや面白さよりもリスク回避を好み、「本当に良いものなのか」、「安心して使えるのか」を気にしやすく、また個人としての自分よりも集団の一員としての自分の意識を強く持ち、「自分だけやっていて、周りから変に見られないか」、「他の人たちから、自分が勘違いしているように思われないか」などを気にしやすい。
けれども、「あの人が言うなら(使っているなら)、自分が使っても大丈夫」、「もうみんな受け入れているから、自分も大丈夫」と、ひとたび心理的ハードルを越えるとドッと普及が進んでいく特徴も持っている。
ハードルを越えるのは、リアルやネットで自分が目にする不特定多数の「みんな」を見て、「自分だけやるのは恥ずかしい」から「自分だけやってないと恥ずかしい」に本音が切り替わったタイミングになる。
KOSE「コスメデコルテ」や「雪肌精」のCMに大谷翔平が出て話題を集めたが、芸能人やスポーツ選手の広告、SNSのインフルエンサーのプロモーションなど、「あの人が言うなら(使っているなら)」は、きっかけを作る。
そうして、特殊だと思われていたものが、みんなに知られ受け入れられ、市民権を得て「トレンド」になり、「定番」になっていくのである。
「男性美容」という言葉は、すでに市民権を得て、多くのコスメストア、ドラッグストアで売り場が作られるほどに浸透している。なかでも肌と髪、スキンケアとヘアケアは、すでに市民権を獲得して、トレンドから定番になったと言っても過言ではない。
今後さらに低価格帯、中価格帯、高価格帯、そしてハイブランドやプチプラアイテムと、階層ごとに商品のラインナップがより充実していくだろう。
国内、欧米、そして近隣のアジア各国の商品などにより、多彩かつ熾烈な市場競争と共に市場規模が拡大していくことは女性美容市場を踏まえれば当然の流れである。
加えて男性美容は、これから市民権を得ていく余地がまだ数多くある。
肌と髪以外ではネイル、リップ・眉・ファンデーションなどのメイク分野、シミ・クマ・シワの解消などの美容医療の分野など、男性美容市場の伸びしろは、まだまだ大きく残されているのだ。
文/永井竜之介
脚注
※1 https://www.intage.co.jp/news/5329/
※2 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000460.000025614.html
※3 花王株式会社「ビオレの想い」https://www.kao.co.jp/biore/about/
※4 週刊粧業「ニベア花王、男性向けスキンケア「ワンステップケア」を発売」を参照https://www.syogyo.jp/news/2025/10/post_042414

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