〈大ベテランが涙》ピン芸ってこんなに難しいのか『R-1グランプリ』で改めて見えた“1人で笑いを成立させる”過酷さ
〈大ベテランが涙》ピン芸ってこんなに難しいのか『R-1グランプリ』で改めて見えた“1人で笑いを成立させる”過酷さ

テレビはまだまだトガっている。心に“刺さった”番組を語るリレー連載「今週のトガりテレビ」。

今回は、テレビウォッチャーの飲用てれびが、3月21日に放送された「R-1グランプリ2026」について語る。

過去最多のエントリー数

「すっごい苦しかった。すごいですよね、R-1って」

芸歴37年の大ベテラン・島田珠代が涙をぬぐいながらそう語る映像から、今年の『R-1グランプリ』(21日、関西テレビ・フジテレビ系)の決勝は始まった。今大会で準決勝まで残った彼女の「苦しさ」の理由はわからない。ただ、ピン芸には他の芸にはない難しさがあるとはよく言われる。

そんなピン芸の大会で、今年は過去最多6171人という史上最大のエントリーから、9人が最終ステージに立った。

ファーストステージを3位で抜けたのは、昨年のM-1で準優勝に輝いたドンデコルテの渡辺銀次だった。茶色いスーツに身を包んだ身綺麗な渡辺が、舞台袖から1人でマイクの前に出てくる。漫談だ。渡辺は紳士風の自己紹介を済ませ、「今日はですね、今まさに国民が強いられている理不尽に対して、声を上げにまいりました」と切り出す。

昨年のM-1で披露したドンデコルテの漫才は、政治的な話題も散りばめたネタだった。「国民」「理不尽」「声を上げる」といったワードが、そんな漫才との連続性を感じさせる。スムーズな導入。

しかし、次の言葉で空気が変わる。

「洗濯機に耐えられるブラジャーを開発しろおぉ!」

ブラジャーが手洗い推奨なこと、100年以上前から手洗いが基本なこと、そこから進歩が見られないこと。糾弾口調で熱く語る渡辺。観客の頭のなかに、じわじわと違和感が積み上がっていく。なぜこの人はこんなにブラジャーに詳しいのか。その疑問が次の言葉で解かれ笑いに変わる。

「(昔はブラジャーを)乳バンドとか乳ホルダーと言っていた。そう、そんな露骨な表現しかなかった時代から、ずっと同じ洗い方をさせられてるんですよ、させられてないんですけど私は」

どうやら、この人はブラジャーをしているようだ。そんな確信を観客に9割9分抱かせつつ、本当にブラをしているのかどうか最終的な結論を出さない。

今井らいぱちが演じたピン芸の極致

そうやって決定的な答えを遅延させたまま進む漫談が、観客の心を惹きつけ笑いに巻き込んでいく。身綺麗なスーツの意味も「紳士」から「変態紳士」に反転する。よく見ればネクタイとポケットチーフの柄は禍々しい。身なりで密かに予告されていた変態性が、徐々に浮き彫りになる。

2人以上で行なう漫才やコントなら、関係性がキャラクターを説明してくれる。1人が奇妙な格好や言動を見せても、もう1人がそれに的確なツッコミを入れることで「危険な人」ではなく「変だけどおもしろい人」に変換し、観客に笑いとともに受け入れさせることができる。ピン芸には、それがない。

今回の渡辺のネタは、そんなピン芸の壁を漫談で切り抜けるひとつの形だったように見える。ピン芸は、自分だけで自分を説明しながら笑いを生まなければならない。しかも説明っぽくならずに。

ピン芸とは、説明を嫌いながら説明を求められるという笑いの矛盾を、身体ひとつで引き受ける芸だ。渡辺はこのパズルを、漫才との連続性、結論を留保したまま進む構成、細部まで配慮された服装という仕掛けで見事に解いてみせ、ファーストステージを勝ち上がった。

優勝した今井らいぱちのネタも、観客の大きな笑いを生んだ。ステージ上には大きなモニターが置かれ、「桜ヶ丘高校 特別授業 財前一樹 講演会」と映し出されている。万人がどこかで接したことのある光景だ。

そこに登場したのは、ロン毛をぴっちりと撫でつけたような髪型、胡散臭い眼鏡、カジュアルな淡いピンクのジャケットを腕まくりし、腕には数珠の男。

コントのキャラクターが、容姿や動きですでに十分すぎるほど伝わる。

財前と名乗る男は、スライドを使ってプレゼンを進めていく。どうやら彼は「スペシャルドリームアドバイザー」という肩書の人物らしい。なるほど、そんな財前がプレゼンで使うのはパソコンではなくタブレットだろう。

プレゼン資料には不要なアニメーションも入れるだろう。彼がしゃべるたびに、動くたびに、胡散臭さが積み上がっていく。

「ホントに変な方たちですね」

そんな流れが、「自分に自信はありますか?」という財前の問いかけから変わっていく。自信がある人は手を挙げて。そんな呼びかけに、生徒全員が手を上げる。困惑した表情の財前。

彼はタブレットを操作し、「じゃあ、次のクエッションまで行っちゃいます」と言い、用意してきたスライドを数十枚飛ばしていく。聴衆を操っているつもりの人物像が崩れる瞬間と、スライドを飛ばす動きが重なり笑いになる。

審査員の佐久間一行が指摘していたが、スタジオの観客を講演会の聴衆と見立てた設定が、観客をスムーズにコントの世界に導入していく仕掛けになっていたのだろう。漫才のように最初から共有された「お約束」があるわけではない。ピン芸では、その場で前提を作らなければならない。今井は講演会という設定を使うことで、その前提を無理なく観客に共有させていた。

もちろん、他のファイナリストもそれぞれのやり方で1人の世界を成立させていた。最終決戦の直前、おそらく初めてネタを見た芸人ばかりだっただろうMCの生見愛瑠は、ファイナリスト9人をこう振り返り笑った。

「ホントに変な方たちですね」

自分1人で自分自身やネタの見方のことを、説明くさくなく説明する。生見の「変な方たち」という素朴な感想は、今回のファイナリストたちがそのピン芸の困難を超えた先で笑いを生んでいたことの、何よりの証明だった。

文/飲用てれび

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