いじめ実名顔出し告白「13歳は人殺しても捕まらんから」と改造エアガンで撃たれ続けた26歳男性の地獄…刃物を目に突きつけられ「常に命の危険を感じてました」
いじめ実名顔出し告白「13歳は人殺しても捕まらんから」と改造エアガンで撃たれ続けた26歳男性の地獄…刃物を目に突きつけられ「常に命の危険を感じてました」

「あの時、僕はどうしたらよかったのか。その答えが知りたい」。

そう語るのは佐藤和威さん(26)。2012年に佐賀県鳥栖市内の中学校で複数の同級生からエアガンで撃たれる、刃物を突き付けられるなどのいじめを受けた被害者だ。当時、学校や市に対して再三にわたり「いじめ重大事態」と認め調査することを求めたが、しかし受け入れられることはなく、2015年に同級生8人とその保護者、鳥栖市を相手取った訴訟に踏み切った。2019年の判決では具体的ないじめ行為が認定されている。

善意が引き金になった、いじめの始まり

止まっていた時計の針が動き出したのは、事件から10年以上が経った2022年末のことだ。鳥栖市教育委員会は和威さんからの申し入れを受け、ようやく事件を「いじめ重大事態」と認定。第三者委員会による調査結果が、今月26日にも和威さんに手渡される予定だ。

集英社オンラインではこれに先立ち、和威さんに独占インタビューを行なった。壮絶ないじめの記憶、そして今も残る心の傷について、3時間にわたり語ってもらった。

「あの時は、毎日が地獄でした」

和威さんは、いじめを受けていた約半年間の日々をそう振り返る。

小学生時代はよく笑い、活発で、勉強にもスポーツにも前向きだったという和威さん。和威さんによると、加害者たちからいじめのターゲットとして目をつけられたのは、中学校入学を控えた春休みに起こった「ある事件」がきっかけだったという。

「その日、サッカーをしようとグラウンドに向かっていると、小学校の同級生のA君が3歳の幼い女の子にエアガンを向けているところに遭遇しました。

僕は注意し、止めようとしたのですが、A君は撃つのをやめなかった。女の子は泣き出し、耳をつんざくような悲鳴が響きました。

駆けつけた女の子のお母さんに起こったことを説明すると、A君は僕に向かって一言、『いい人ぶりやがって』と。後から知ったことですが、A君はこのことで小学校から呼び出され、女の子の家に親御さんと謝罪に行ったそうです」

和威さんがAと再会したのは、中学校の入学式のことだ。同じクラスに振り分けられ、クラスメイトとなったAが和威さんに向けたのは、激しい敵意と暴力だった。

「A君は僕に『お前、チクリやがったな』と言って、突然、太ももを蹴るといった暴行を加えてきました。それまで人から暴力を受けたことなどなかったので戸惑うと同時に、エアガンで撃たれていた女の子の悲鳴を思い出し、僕も同じ目に遭うのではと恐怖に駆られました。

実際にそれ以降、A君は連日、僕にエアガンを向け、『金を持ってこい』などと脅迫するようになりました」

エアガンで追い回すようになった“兎狩りロード”

Aのお門違いの恨みから始まった、和威さんへのいじめと脅迫行為は、他のクラスメイトにも伝播していったという。

「A君だけでなく、他の生徒たちも『あいつに金を渡したなら、俺にも寄越せ』と要求してくるようになりました。最初にA君たちに渡したのは、1万円以上。それを6人の生徒で分け合っていました。

彼らは学校帰りにホームセンターに寄ると、僕の渡したお金でエアガンを買い、帰り道で僕を撃ってきました。彼らはそのホームセンターに続く道を、 “兎狩りロード”と呼び、僕を標的にしてエアガンを撃ち、追い回すようになりました」

しかし、和威さんはこうしたいじめの事実を家族に伝えることはなかった。

なぜならこの時、和威さんの家庭は特殊な状況に置かれていたからだ。和威さんはこう振り返る。

「2月に母が脳梗塞を発症し、入院していたのです。病気の母にはもちろんのこと、仕事と家庭のことでいっぱいいっぱいの父に心配をかけることはできない。妹もまだ小学生で、相談なんてできない状況でした」

当時、毎日のように加害者に連れ回され、ホームセンターやゲームセンター、飲食店などで、加害者に代わって金銭を支払わされていたという和威さん。次第に帰りが遅くなる息子の姿に、最初に疑問を抱いたのは父だった。

「はじめのうちは、中学生になったらそういう付き合いもあるのかと思っていましたが、8時、9時とどんどん帰りが遅くなる。『7時までには帰ってきて』と約束しましたが、守られることはありませんでした」(和威さんの父親)

入院中の母も、見舞いに来る息子の様子から異変を感じ取っていた。

「あんなに明るかった和威の表情が段々と暗くなっていく。『学校に行きたくない』、『5月の宿泊訓練にも行きたくない』と言うけれど、理由を尋ねても話さないんです。

学校で何かあったのではないかと思い、担任の先生にも電話しましたが、『いつもニコニコ元気な和威くんですよ』としかおっしゃらない。『そんなはずはないのでは』と思いながらも、入院中で身動きが取れず、それ以上踏み込んで聞くことができませんでした」(和威さんの母親)

「常に命の危険を感じ、心が休まる時間がありませんでした」

担任教師は和威さんの置かれた状況を、本当に把握していなかったのだろうか。

そう尋ねると、和威さんは目を伏せ、首を振ってこう答えた。

「僕が教室の後ろの方で暴力を受けているとき、何度か先生と目が合ったことがありました。けれども、先生は見て見ぬふりで、止めようとはしてくれなかった。

のちの裁判で、先生はその光景を“じゃれあい”とか“プロレスごっこ”と思っていたから止めなかったとおっしゃっていましたが、その時の僕は、『いじめを見ても何もしてくれないなら、話しても無駄だろう』と絶望してしまった」

加害生徒たちが担任を「オモチャ」と呼んで見下し、「チクっても無駄」と言っていたことも、和威さんが学校側にいじめを相談することをあきらめた要因の一つとなった。

和威さんが誰にも助けを求められない状況下で、学校内でのいじめは度を超えたものに変貌していったという。

「加害者生徒たちはエアガンを学校に持ちこむようになり、教室でも僕を撃ち始めました。床に散らばるBB弾を、『お前が拾わんと、バレるやろうが!』と拾わされることもありました。

カッターナイフやハサミなどの刃物を目や首元、腕などに突きつけられたり、技術の時間には、ノコギリを8の字に振り回しながら迫ってきたりすることもあった。

彼らは、『13歳は人殺しても捕まらんのやけん』とも言っていました。学校の中でも外でも常に命の危険を感じ、心が休まる時間がありませんでした」

のちの裁判でも事実関係が認められた、こうした凶悪ないじめ行為の数々。だがそれも、和威さんが経験した地獄のほんの一部に過ぎない。夏休みを境に、加害者たちの言動はさらに凄惨さを増していった。

※「集英社オンライン」では、「いじめ」や「学校トラブル」についての情報を募集しています。下記のメールアドレスかX(旧Twitter)まで情報をお寄せください。

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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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