「安物のスナックのママみたい」と炎上の高市首相…“媚び外交”は世界の恥か、したたかに計算された生き残り術か
「安物のスナックのママみたい」と炎上の高市首相…“媚び外交”は世界の恥か、したたかに計算された生き残り術か

日米首脳会談後、ホワイトハウスが公開したのは口を大きく開けて踊る高市早苗総理大臣の写真だった。この姿には日本では批判の声もあがった。

果たして高市外交は国益になっているのか。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏は「とはいえ、他にやりようがないというのが現実」と解説する。

ネットでは「安物のスナックのママのよう」

高市早苗首相の「スナックママ外交」に対して、厳しい批判の声が上がっている。アメリカをはじめ、イランや韓国などにも媚を売るような全方位への態度は、果たして日本の国益と言えるのだろうか。

トランプ大統領との首脳会談において、ハグをしたり、肩を抱かれたり、満面の笑みで親密さを過剰にアピールする振る舞いに対して、相手に媚びへつらっているという見方が広がったのである。

X(旧Twitter)上では、この様子を揶揄する声が次々と書き込まれた。

「男といる時の高市早苗はホステスさんみたい。スナックのママになればいいのに」「安物のスナックのママのよう。この日米首脳会談の場で日本の総理大臣がこれほどまで媚びた態度、安い媚びた目線で話す事が心底恥ずかしい」といった言葉が並んでいる。

メディアも批判的だ。日刊ゲンダイDIGITAL(2026年3月24日配信)は「高市首相の媚米・媚トラの“ホステス外交”」と書き立て、LASISA(2025年10月30日配信)も「『媚びている』『ホステスみたい』といった『高市下げ』の激しい批判が噴出」と報じていた。

「他にやりようがない」というのが現実

PRESIDENT Online(2026年3月23日配信)も「『媚び媚びの高市』評価とは真逆...」と国内の批判的空気を伝えている。

しかし、これらの「スナックママ」といった批判は、匿名個人の感想や一部メディアの表現を集めたものに過ぎない。外交の成果や戦略を専門的に分析したものではなく、見た目の印象に頼った信頼性の低い感情論である。

こうした根拠のない批判をそのまま鵜呑みにすることは避けるべきだ。では、高市首相のこの外交は間違っているのだろうか。結論から言えば、彼女を特別に褒めるというよりも、日本の置かれた状況を考えれば「他にやりようがない」というのが現実ではないか。

自国を守る圧倒的な軍事力も、国を動かす資源もない

日本の政治家は、岸田文雄元首相しかり高市首相しかり、相手の顔色を窺って態度をコロコロと変えるのが大変お得意なようである。

強い相手には徹底的にすり寄るし、相手によって見せる顔を全く違うものにするのだ。もし国内政治で総理大臣がこのような八方美人の態度をとり、言うことをコロコロ変えていたら、私は強く批判する。信念を持たずに周囲の顔色ばかりを窺う政治家は信用できないからだ。

しかし外交においては話が全く別である。態度をコロコロ変えていることが相手国に知られない限りにおいてだが、そもそも外国は日本の首相がおべっかを使っていることにさほど関心がない。振り返れば、私たち日本人も外国の首脳が他国で何を発言しているかなど気にしていないだろう。

日本が相手の顔色を窺って態度を変えることは、いい悪いではなく、「これ以上どうしろというのだ」というのが実状ではないか。日本には自国を守る圧倒的な軍事力も、国を動かす資源もない。そのような国が、理想やプライドだけを振りかざして生きていけるほど世界は甘くない。

このような「相手によって態度を変え、保険をかける」日本のやり方を、専門的な言葉で「ヘッジング戦略」と呼ぶ。

日本外交は、大きく分けて「アメリカへの同盟強化」「中国との経済的な関与」「その他の国との実利外交」という三つの要素から成る。外務省が公式に出している『外交青書』を読み解くと、いかに相手に合わせて言葉を使い分けているかがわかる。

安全のためにはひたすらヨイショするしか方法がない

第一に安全保障を依存しているアメリカに対してだ。自分たちの力だけでは国を守れないため「価値観が完全に一致する親友です」と熱烈にアピールし頼らなければならない。『外交青書』(2025年版)には次のように書かれている。

「第一に、日米同盟の充実・強化です。日米同盟は、日本の外交・安全保障の基軸であり、トランプ政権との間でも、強固な信頼関係を構築し、日米同盟を更なる高みに引き上げていきます」

高市首相がトランプ大統領の前で媚びているように振る舞ったのは、この「基軸」を守るために相手の顔色を最高レベルで窺った結果である。見栄えは悪いかもしれないが、国の安全のためにはひたすらヨイショするしか方法がない。

第二に、一番の貿易相手である中国に対する態度である。本来の日本の伝統であれば、中国に対しては「価値観」や「人権」といった耳の痛い話はできるだけ控えめにして、お金や経済、アジアの安定の話ばかりをする。『外交青書』(2025年版)にはこう書かれている。 

中国に対してはうまく媚びを売れていない事実

「同時に日中両国は、地域と世界の平和と繁栄に対して大きな責任を有している。『戦略的互恵関係』を包括的に推進するとともに、『建設的かつ安定的な関係』を構築するという大きな方向性の下、課題と懸案を減らし、協力と連携を増やしていくために互いに努力していく」

「戦略的互恵関係」とは、価値観が違ってもお互いにお金が儲かる関係(実利)はしっかりと続けていきましょうという割り切った態度を示している。

しかし、よく考えれば現在の高市首相は、中国に対してはうまく媚びを売れていない。昨年、国会において台湾有事について、この伝統的なヘッジング戦略を踏み外すような勇み足の発言をしてしまったからだ。

この発言に対して中国は過剰に反応し、カンカンになって怒ってしまった。皮肉なことだが、こうしたことを一つとってみても、無用な波風を立てずに相手の顔色を窺うヘッジング戦略外交がいかに大切かが身に染みよう。

第三にロシアやイランなど、他の国々に対しても日本は繋がりを保とうとする。中東やロシアからエネルギー資源を買わなければ、生活が成り立たないからだ。『外交青書』(2025年版)では、こう述べている。

高市外交はしたたかに計算された生き残り術か

「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守り、地域及び国際社会の平和と安定、繁栄に貢献していくことが、日本外交の責務です」

表向きは美しい言葉を並べながらも、実際にはアメリカの目を盗むようにして、独自の経済的な繋がりを持ち、資源を確保するための実利優先の外交を泥臭く行っている。

対韓国においても、高市首相は「竹島の日の記念式典に閣僚級を出席させる」という公約を破った。全員と適度に仲良くしなければ、日本は干上がってしまうからだ。

結論として日本の外交は「アメリカに従いながら、裏ではイランとも中国とも韓国とも国益のために仲良くする」という、図太く計算された生き残り術である。

しかし、私はここで一つの思いをどうしても捨てきれない。いくら外交が実利優先のヘッジング戦略で基本いいのだとしても、それに甘んじるのは、ただの「思考停止」である。

協力と競争を両立させるために曖昧な態度を取り、相手によって言うことを変える二枚舌を使っていれば、本来、馬鹿にされても仕方がないのだ。また、戦略が本質的に「曖昧」であるため、相手国や第三国が日本の意図を誤読しやすいという大きな危険もある。

二枚舌外交の限界を補うために

例えば、「日本は中立を保っているのではなく、裏で敵対の準備を進めているのではないか」と疑われるリスクだ。

だからこそ、「スナックママ」のやりすぎは良くない。理不尽で横暴な客に対しては、笑顔の中にも毅然とした態度でピシャリと対応するものである。繁盛する一流店とはそういうものだ。

そして、この曖昧で誤解されやすい二枚舌外交の限界を補うために、日本はこれからの方向性を明確に示す必要がある。例えば、対象を「東アジア」に限定し、この地域の経済的・軍事的な安定に対して積極的に関与していくと堂々と掲げてはどうだろうか。

外交の舞台で相手の顔色を窺い、泥臭く実利を追い求めること自体は、資源も力もない日本が生き残るための厳然たる事実であり、私はその経済合理性を支持する。だが、その根底にあるべき「国家としての誇り」まで売り渡してしまえば、単なる卑屈な迎合に成り下がる。

四方に媚を売りつつも、最後の一線では毅然と振る舞い、東アジアの安定という明確な軸を持つしたたかさこそが、国益を守る道ではないか。

文/小倉健一 写真/shutterstock

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