「卒業アルバムは必要か?」1冊1万5000円超…「高い・いらない」論争の裏で進む値上げとディープフェイク問題
「卒業アルバムは必要か?」1冊1万5000円超…「高い・いらない」論争の裏で進む値上げとディープフェイク問題

卒業シーズンを迎え、多くの学校で児童生徒たちが新たな旅立ちを迎えている。そうした中で、保護者を悩ませるのが「卒業アルバム」だ。

少子化や物価高、教員の働き方改革など、さまざまな社会情勢の変化を受けて、アルバム制作を取り巻く環境は激変しているように見える。保護者や制作会社などへの取材を通して、その実態に迫る。

「記念品や謝恩会はやめてアルバムに集中しました」

「卒業アルバム、高いよねー」

「卒業アルバムなんていらない」

「高いお金をかけて作る価値はあまりない」

SNSにあがる否定的な声――卒業シーズンを迎えた今、アルバムをめぐって「高い」「いらない」といったコメントが目立つ。

都内の公立小学校に子どもが通っている母親は、その内情を次のように語る。

「上の子どもが6年生で、アルバム委員をしています。保護者の負担額は1万5000円ぐらいです。中には分割払いや支払時期の変更を希望する方もいらっしゃいました。ページ数で金額が変わり、2ページ減らせば2000円ぐらい下がります。うちの子の学年は100人ちょっとと人数が多いため、30数ページの多めの設定にしました。内容としては概ね例年と同じで、先生や学年全体、児童一人ひとりの写真や、一年生の時からの写真などで構成されています」

事前に行なったという学年全体のアンケートでは、「アルバムは必要」という回答が過半数を占めた。

「記念品や謝恩会は必要ではないという意見が多い中で『アルバムは必要』という声が7割ぐらいはありました。負担となるご家庭もあるので、今年は安くあげようと思い、ホテルでの謝恩会などをやめて、アルバムに集中しようという方針で進めました」

この保護者は「この数年では価格の変化はない」と話すものの、過去には制作会社がなんとサイバー攻撃を受けるという事態に見舞われた。しかし「業者は変えられない」とため息をつく。

「うちの自治体では、すべての学校が同じ業者を使っています。写真屋さんが提携している制作会社でアルバムを作っているため、業者を変えるのは難しい状況です。業者に対して『大丈夫かな?』という心配はありますし、学校にも相談しましたが…」

現在は下の子の学年の関係で、次年度のアルバム制作にも関わっている。その学年では、「必要」と「不要」の意見が半々に分かれたという。

「学校主導でアルバムを作れないかと尋ねましたが、難しいとの回答でした。今後は、保護者から資金を集めて制作する形は、ますます厳しくなっていくのではないでしょうか。物価も上がっていますし」

価格高騰の背景にある「3つの要因」とは

保護者を悩ませる卒業アルバム制作。制作現場では何が起きているのか。卒業・卒園アルバムに特化して制作を行なうある会社の担当者は業界の現状をこう説明する。

「価格上昇、教員の負担増、個人情報の漏えいリスクの増大、そして性的ディープフェイクへの悪用、これらが同時に進行している状況と言えます」

このように前置きしたうえで、価格高騰の背景にある3つの要因を挙げた。

「第一に紙そのものの値上がりです。原燃料費や物流コスト、人手不足に伴う労務費の上昇、さらには設備維持や環境対応への投資増加が理由です。

第二に、少部数化による単価の上昇です。

卒業生数が減ると、紙のアルバムは固定費を割る冊数が減るため、どうしても1冊あたりの単価が高くなる。いくつかの調査によれば、小学校の場合で1万円台前半が平均のようですが、中には卒業生18人の公立小で1冊約3万8000円になったという極端な事例もあります。少子化が事業構造そのものに影響しているといえます。

第三に、制作現場の人手不足と学校側の業務負担です。昨年の報道でも指摘されましたが、『学校カメラマン不足』や採算の取りづらさが深刻です。

カメラマンの募集要項を見ると1日1万~2万円プラス繁忙期手当という例があり、外注カメラマンへの依存度が高い会社も多いです。人手不足による委託単価の上昇が撮影費を押し上げている構図はあります」

卒業アルバムの印刷などを行なう「斎藤コロタイプ印刷」の担当者は次のように説明する。

「紙も資材も版もインクもすべて価格が上がっており、値上げをしたいという思いはあります。加えてアルバム作りというのは小ロットの仕事です。大きな機械を回して人を動かす以上、本当はそれなりの金額をいただかなければやっていけません。それでも、アルバムを受け取って喜んでくれる子どもたちの顔を思えば、会社としてもなるべく価格を上げないようにと耐えてきました。ですがもう限界が来ています」

値上げについて「悩ましい部分がある」と話すのは、卒業アルバムや記念誌の制作を行なう「ダイコロ」の松本代表取締役社長だ。

「コストに関しては、やはり2年で10%から15%ぐらいの値上げ交渉みたいなことはあります。しかしながら、これは悩ましい面もあります。卒業アルバムは、新しい学年が始まってから次の年の卒業式に向けて作っていきますが、値上げがその間のタイミングに来るわけです。10月とか6月とか。ただ、4月の段階で1冊あたりの契約額は決めなければいけません。もちろん、年度が変わるときにある程度そういうことを加味して交渉はさせていただきますが、なかなか反映ができてないという現状があります」

サイバー攻撃、ディープフェイク…それでも失われないアルバムの価値

近年はセキュリティ面でのリスクにもさらされている。数年前、工場のシステムに外部から不正侵入を受けたという前出の「斎藤コロタイプ印刷」の担当者は次のように説明する。

「工場のシステムへの不正侵入はサイバー攻撃によるものでした。セキュリティに関しては、専門機関によるフォレンジック調査を受けた上で、調査に協力していただいたシステム会社さんから提案をいただき、新しいシステムに入れ替えて現在の運用に収めています。仕事量に関しては、前年度と比べて2割くらい減りました。ただ、今はどんな企業でも攻撃の標的にされます。それなりにしっかりとセキュリティはやってきたつもりでも、わずかな隙間を縫って入ってこられたというのが実情です」

さらには、卒業アルバムの写真が生成AIによって性的な画像に加工され、拡散されるという「ディープフェイク」による被害も急増している。

警察庁の把握では、生成AIを悪用した相談・通報は2024年に100件を超え、その多くが同級生同士のトラブルだという。

首都圏の公立小学校に勤める30代男性教諭は次のように懸念を示す。

「卒業アルバムのデータ流出はデジタル性暴力につながりかねない事態です。私の学校では今年度はアルバムの制作を控えるという話は出ませんでしたが、今後そうなる可能性もあります。卒業アルバムは児童らが本当に喜んでいて、なくしてはいけないもの。児童をどう守るかの議論が必要ではないでしょうか」

「仕組みづくりが必要」と話すのは、デジタルセキュリティサービスを手がける「リチェルカセキュリティ」の木村代表取締役社長だ。

「性的ディープフェイクの問題について、『フェイク画像かどうか』を判断して対策する手法には限界が来ていると考えています。これらの手法は、AIによって加工された際に残る独自の痕跡を発見したり、加工前の画像そのものに証明情報や識別情報をあらかじめ埋め込むことで実現されますが、いずれも比較的容易に迂回されるものであり、いたちごっことなります。

現実的かつ最も強力な防衛策は、性的ディープフェイクの素材として使われる画像を確実に保護し、流出させない、あるいは流出を検知し素早く削除を行うための仕組みづくりです」

前出の「ダイコロ」の松本社長は「逆説的なものの言い方ですが、卒業アルバムがなくなれば、ディープフェイクなどの問題もなくなるのかというと、そうではないと思います」としたうえで、卒業アルバムの「価値」について次のように話す。

「6年間、3年間の思い出を、1冊の共通の本という形で持つということの価値は、まだまだ尊重されるべきなのかなと思います。大きな災害が起こった後、少し生活が落ち着いてくると、『卒業アルバムをもう一回作れないか』とか『アルバムの複製をお願いできないか』という問い合わせを受けることがあります。私どもは、もう一度複製して送り届けるというボランティアをやっていますが、やはりかけがえのない学生時代の思い出を本にするということは大切ではないでしょうか」

保護者、学校、写真館、印刷会社など、多くの人の手によって作られる卒業アルバム。

その本当の価値を実感するのは、遠い未来のことなのかもしれない。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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