高市首相を「ごますり巧み」と断じた朝日新聞、「愛嬌」と評価したニューヨーク・タイムズ…日米首脳会談で“別の物語”が描かれた理由
高市首相を「ごますり巧み」と断じた朝日新聞、「愛嬌」と評価したニューヨーク・タイムズ…日米首脳会談で“別の物語”が描かれた理由

「ごますり」か「愛嬌」か――。日米首脳会談での高市首相の振る舞いをめぐり、朝日新聞と米国のニューヨーク・タイムズ(NYT)の評価は真っ二つに割れた。

同じ事実を見ているはずなのに、なぜここまで違うのか。両紙の報道を読み解くと、“別の物語”が浮かび上がる。

「ごますり巧み」という言葉を大きく使った朝日新聞

日米首脳会談。まず、朝日新聞の報道を見ていく。朝日新聞は会談がトラブルなく終わったことは認めつつも、高市首相の姿勢を問題視し、日本が抱え込んだリスクを強調した。

朝日新聞は3月20日の記事で「最悪の展開は免れた。ただトランプ氏はホルムズ海峡における航行の安全のための貢献を日本に要請しており、日本側は重い宿題を背負った形となる」と報じた。

さらに翌日の3月21日の記事では、専門家の声として「イラン情勢をめぐる首相の発言は非常にあいまいで、今のところ約束したことはゼロに見える」と引用し、表面上の成功の裏にある懸念を並べた。

最も特徴的なのは言葉の選び方だ。朝日新聞は同じ2026年3月21日の別の記事で、高市氏が「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ」と送った賛辞について触れた。

その際、仏ルモンド紙の報道を引き合いに出し「お世辞の一種である『ごますり』を巧みに使い、取り組みを支援する用意があると表明した」と引用し、見出しにも「ごますり巧み」という言葉を大きく使った。

首相の姿勢は卑屈であり、尊厳を欠いているという印象を読者に与えようとしている。

一方、NYTはまったく違う肯定的なトーンで報じた。

NYTは3月20日の記事で「高市首相はホワイトハウス訪問をほぼ無傷で切り抜けた」「トランプの怒りを回避し、協力分野を強調した」と称賛した。そして「高市氏は愛嬌(charm)に頼った。これは彼女が大統領に対して一貫して使ってきた戦術である。彼女はトランプを褒め上げ、『世界の平和を達成できるのはあなた、ドナルドだけだ』と言った」と報じている。

日本の戦略を明確な勝利と位置づけたNYT

NYTは3月19日の記事で、トランプ大統領が真珠湾攻撃について「なぜ真珠湾について教えてくれなかったんだ?」と不適切なジョークを飛ばした場面も報じている。

その時の高市首相の反応について「高市氏は目を丸くし、深呼吸をしているように見えた。彼女は膝の上で腕を組み、何も言わなかった」と描写した。

NYTはこの沈黙を、タブーを破る大統領に対する優れた「自制(restraint)」であると高く評価した。欧州の同盟国がトランプ氏から厳しい要求を突きつけられている状況と対比させ、日本の戦略を明確な勝利と位置づけたのである。

二つの有力紙は、同じ会談を完全に正反対の物語として伝えた。なぜこれほど解釈が違うのか。そこにはメディアが持つ深い構造的な理由が隠されている。

最大の理由は、両紙の「誰を批判したいか」という視点の違いである。

実は、朝日新聞もNYTも、それぞれの国ではリベラル(左派・進歩派)を代表するメディアという共通点がある。しかし、国境が変わることで優先する目的が逆転してしまうのだ。

NYTの立場から見れば、最大の批判対象は自国のトランプ大統領である。NYTはトランプ政権を、世界のルールを壊す危険な存在とみなしている。

彼らの目的は高市首相を純粋に褒めることではない。「トランプはおだてれば機嫌が直る、予測不能で幼稚な人物だ」と読者に伝えるための便利な道具として、高市氏の「愛嬌」を使っているのである。

「重い宿題」や「関心のずれ」といったネガティブな言葉

欧州が真っ向から反発して怒りを買う中、日本はおだてることで切り抜けた。この事実を描くことで、大統領の外交が単なる気分やエゴに左右されているという弱点を浮き彫りにした。

米国のリベラル層はトランプ氏に批判的であり、大統領の未熟さを証明する記事は非常に喜ばれる。だからこそ、高市氏の成功を好意的に書くのである。

朝日新聞の立場はこれとは異なる。日本のリベラル派である朝日新聞は、防衛力強化などを進める高市氏のような保守的な政治家を日頃から強く警戒している。そのため、高市氏が米国の大統領を過剰に持ち上げる姿は、対米追従の極みであり、日本の尊厳を損なうものに見える。

朝日新聞は日本の読者に向けて記事を書いている。日本はエネルギー資源の輸入を中東に頼っており、中東情勢の悪化は死活問題だ。だからこそ、大統領の要求に振り回され、危険な海域への協力を約束させられるリスクを国内向けに強く警告しなければならない。

「重い宿題」や「関心のずれ」といったネガティブな言葉を重ねることで、表面上は成功でも裏には深刻な問題があると指摘する必要があった。

この真逆の評価は、メディアという存在の宿命

高市氏の外交を劣化の象徴として位置づけるため、肯定的な「愛嬌」ではなく、あえて「ごますり」という下品なイメージを持つ言葉を見出しに選んだのである。

メディア間の相互引用の使い方も興味深い。朝日新聞は記事の中でNYTが使った「charm」という言葉を「愛嬌」と正しく紹介しながらも、見出しには別の海外紙が使った「ごますり」という否定的な言葉を採用した。

海外メディアの言葉を借りながら、日本国内の政治闘争に使える「毒」へと変換する手法である。一方でNYTは、日本国内での批判などには耳を貸さず、あくまでトランプ批判という自国の文脈だけで外交的勝利として報じた。

この真逆の評価は、メディアという存在の宿命である。どちらの新聞も嘘はついておらず、実際に起きた事実の一部を正しく捉えている。

短期的にはトラブルを回避して無傷で切り抜けたという事実もあり、長期的には中東情勢への関与という重い宿題を背負わされたという事実もある。

これらは両方とも存在する中間的な現実である。

しかし、どの事実を強調し、どの言葉を選ぶかで、出来事の印象はまったく違うものになる。NYTは「米大統領の性格が同盟を不安定にする」というグローバルな視点から前半の事実を抽出して成功譚に仕立てた。

朝日新聞は「日本首相の振る舞いが国益を損なう」という国内の視点から後半の事実を抽出して警告譚に仕立てた。すべては、読者が求めている思想や立場に合う物語を提供するためである。

評価の違いは、両メディアが敵視するものの違いにある。それぞれのメディアが立つ位置というレンズが、同じ出来事が放つ光を屈折させ、正反対の色に染め上げているのだ。

この構造を深く理解していれば、朝日新聞の報道の言葉尻に流されることなく、冷静な視点からニュースの背景と真実を見極めることができるだろう。

文/小倉健一 写真/shutterstock

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