マーケッターの牛窪恵さんと、女優の中江有里さん。異なるフィールドで活躍する二人には、熱狂的な阪神タイガースファンという共通点がある。
3月26日、そんな二人が牛窪さんの新刊発売を記念したイベントで対談。ファンになった意外なきっかけから応援がもたらす幸福感まで、尽きることのない「虎愛」を語り合ったその一部をお届けする。
「全然野球に興味なかったのに、いつの間にか沼に…」
牛窪恵(以下、牛窪) 中江さんと番組(二人がコメンテーターを務める毎日放送の情報番組『よんチャンTV』)でご一緒したのは、2023年にタイガースが優勝した時の特番が初めてでしたよね。
中江有里(以下、中江) そうですね。あの日は甲子園で優勝の瞬間を見届けて、その足でMBS(毎日放送)に直行しました。
牛窪 私はアナウンサーの方々と、MBSでクラッカーを持って待機していました(笑)。中江さんとは普段は球場でお会いすることのほうが多いですよね。
中江 約束していなくても「今日は来ていらっしゃるかな」と思うと、大抵いらっしゃる。私よりも、かなり球場に行かれていますよね。
牛窪 でも中江さんは、要所要所を押さえていらっしゃる(笑)。中江さんもそうだと思いますが、その年の優勝の可能性がある日は、春からあらかじめスケジュールを空けておくようにしています。スタッフにも「ここは極力、予定を入れないで」と伝えています。
中江 私も牛窪さんのやり方を伺ってから、見習うようになりました。「試合は動かせないのだから、自分の予定を動かすしかない」と。年間の試合日程が出た段階で、どのあたりなら見に行けるか、この日は仕事を入れない、と調整しています。
牛窪 あとで本当に後悔しますからね。今回、本を書くにあたって中江さんがいつから阪神ファンになったのか、ぜひ伺いたかったんです。Wikipediaには「2022年の開幕から」と書かれていますが。
中江 そうなんです。本当に、それまではまったく野球に興味がなかったんですよ。
牛窪 え、そうなんですか?
中江 ちなみに父は巨人ファンで生まれる前に男の子だったら名前を「一茂」と付けようとしていたみたいで(笑)。
牛窪 「一茂」で阪神ファンはちょっと…(笑)。
中江 実家が喫茶店だったので、夏の甲子園はずっとテレビで流れていて野球は身近にあったんですけど、自分の中ではなかなか入り込めなくて。妹は高校時代、新庄(剛志)さんや亀山(努)さんの追っかけをしていましたけど、私は少し置いていかれているような感覚がありました。
牛窪 それが、なぜ2022年に?
中江 本当に偶然なんですけど、テレビで開幕戦を見ることになったんです。ヤクルト戦で、最初は阪神が勝っていたのに、気づいたら大逆転負けしていて。そこから9連敗したんですよね。その時は「阪神って弱いんだな」と思いました。でも4月に、たまたま神宮球場で同じヤクルト戦を見たら、今度は勝ったんです。
牛窪 なるほど。前年(2021年)は、前半すっごく調子よかったのに、2022年の前半はヒドかったんですよね。
中江 そこからあれよあれよとリーグ3位になって、クライマックスシリーズにも進んで。その展開のドラマチックさに驚いて、気づけば沼に入っていました。その年の糸井(嘉男)さんの引退試合が、私の甲子園デビューです。今では1試合も欠かさず観るようになりました。
大竹耕太郎にもらい泣き
牛窪 中江さんは著書の中で、阪神タイガースが「生きる支え」だと書かれていますよね。
中江 支えであり、張り合いでもあります。
牛窪 すごく分かります。毎日、18時の試合開始までに早く仕事を終わらせなくてはと必死です。
中江 試合後の気分も、勝ったか負けたかでまるで違ってきますし。
牛窪 どの球団のファンの方もそうだと思いますが、特に日曜日に負けると月曜日がつらいんですよね。
中江 つらいですね。
牛窪 私にとってはタイガースがもう「人生」そのものというか、著書にも書きましたが、ファンとチームや選手が一体化する「チームID効果(拡張自己)」という感覚に近いかもしれません。例えば2023年5月、大竹耕太郎投手のあの感動の試合とか。
中江 勝ち投手の権利を得る直前で降板したのに、その後にチームが打って勝ちがついたんですよね。
牛窪 泣きました。野手陣みんなが、前年ソフトバンク(ホークス)を現役ドラフトで出された大竹投手を「なんとか打って勝たせてやろう!」と一体となって奮起した。本当に熱かった。
中江 野球はチームプレーでありながら、個人の成績も残さなければいけない競技ですが、今の阪神はチームプレーに徹している。その姿勢もまた大きな魅力ですよね。
負け試合でも幸福感を得る技術
牛窪 負け試合後についても、お聞きしたいです。
中江 私は児玉清さんのエッセイのタイトルでもある『負けるのは美しく』からお言葉をお借りして、自分の本でも「負けるのは美しく」と書いたのですが、負けた日はものすごい量の日記を書くんです。
牛窪 日記ですか?
中江 ええ。去年から143試合、全部感想を書いているんですけど、いちばん長くなるのは負け試合なんです。勝った時って、特に言うことはないじゃないですか。「とらほー!」で幸せだから。でも負けた時は、「あれがダメだった」「ここをこうしておけば」と振り返るポイントがいくつもあって、ずっと書いてしまう。
牛窪 分かります。私も仕事柄、試合後にヤフーのコメント欄なども見ますが、阪神ファンはみんな「監督気分」になるんですよね。「なんであそこで走らせなかったんだ」「なぜバントだったんだ」と。でも、自分の予想が試合で当たると、推理小説みたいにスカッとする。これが、著書にも書いた「インファレンス効果」。それって、幸福感を得るうえですごく大事なんですよね。
負けた時も、負けっぱなしで終わらせないで、その後に反省会をする。行動心理学でいう「ピークエンドの法則」といって、嫌なイメージの「エンド」は、そこで終わらせずに後ろ倒しすることで、プラスに上書きできるんだよという考え方です。私は甲子園で負けた時は、だいたい球場近くの「コメダ珈琲」で、ひとり反省会をします(笑)。
「あかん、阪神優勝してまう」
牛窪 あと、阪神ファンには、独特の共通言語がありますよね。「334」とか。2005年の日本シリーズでロッテに大敗した時の合計スコア、33対4のことなんですけど、この数字を見ると、ファンは自虐的なツッコミを入れ合うのがお約束になっています。
「あかん、阪神優勝してまう」も、かつてABC(朝日放送)がこのタイトルの特番を組んだら、それまで絶好調だったチームが急に失速して、結局優勝を逃したことがあって。
中江 岡田監督が優勝を「アレ」と言い換えるのも、この流れとつながっていますよね。
牛窪 そうそう。岡田監督自身は、以前の(オリックス・バファローズの)監督時代の経験を活かして「アレ」と言うんだと仰ってましたが、たぶんそれだけじゃないと思う。実は、そうした少し茶目っ気のある合言葉や隠語を共有することが、チーム全体のストレスを和らげる「ユーモアコーピング効果」につながるんです。仲間内だけで通じる言葉があることで、結束も深まりますし。
中江 岡田監督は天才だなと思います。まさに、分かる人にだけ分かる共通言語ですよね。
「この年で、こんなに夢中になれるなんて」
牛窪 最後に、よく聞かれる質問かもしれませんが、生まれ変わっても阪神ファンになりたいですか?
中江 そうですね……生まれ変わっても阪神タイガースはきっとあると思うので。その時、阪神が待っていてくれたら、またファンになろうと思います。
牛窪 いつ頃からファンになりたいですか? 生まれてすぐ? それとも…。
中江 私はファンになったのが結構遅かったので。でも、40歳を超えて阪神ファンになるというのも案外楽しいんです。この年になって、こんなに夢中になれるものに出会えるんだなって。この感覚を知れたのは、遅かったからこそかもしれない、と思うところもあります。
牛窪 私自身はもともと巨人ファンで、ほかにもヤクルト(スワローズ)や西武(ライオンズ)など他球団ファンも経験したからこそ、阪神ファン独特の家族的な空気や強い絆、思い入れの深さも分かるんだろうなと思います。ただ、よく「暗黒時代を知らないくせに」と言われることもあって。
中江 それは言い返せないですよね(笑)。
牛窪 うちの夫は子どもの頃(1970年代)から阪神ファンなので、私が試合に負けてイライラしていると、「まだまだ青いな。負けるのが当たり前なんだよ、阪神ファンっていうチームは」と言ってくるんです。だから、暗黒時代を知っているファンの方たちへのリスペクトは、いつもあります。
中江 そうですね。私たちはまだ阪神ファンとしては、ひよこと卵ですから。まだ、うぶ声をあげているくらいで(笑)。
阪神タイガースへの思いを語り合ったこの日の対談は、単なるファン同士の熱い会話にとどまらなかった。行動心理学やマーケティングの視点を交えながら、何かを応援することが、「なぜ人の心を支え」「日々に張りをもたらすのか」その理由が、言葉の端々から自然と浮かび上がった。
好きなものがあるから、日常は少しだけ豊かになる。
応援したい存在があるから、明日を生きる気持ちが生まれる。
阪神を語る二人の姿は、そのシンプルで強い事実を、あらためて教えてくれた。
取材・文/集英社オンライン編集部
『「幸福感」に満たされたいなら阪神ファンを知りましょう マーケッターが気づいた「効果と法則」』(集英社)
牛窪恵
【野球でなく「幸せ」に関する本です!】
★「おひとりさま」「草食系」など数々の流行語を世に広め、「ホンマでっか!?TV」ほかテレビのコメンテーターでもおなじみのマーケッター・牛窪恵さん。大学教授でMBAホルダーでもある著者が、推し活と行動経済学などの研究を経て導き出した「Well-being(幸福感)」に繋がるキーワード、それが「阪神ファンと熱狂」でした。
★みずからも熱狂的な阪神ファンで、毎年40試合前後を球場で観戦する著者だからこそ気づいた、彼らの体感的リアリティと行動心理の意外な関係。本書を読むことで、阪神ファン自身も気づいていない「幸福感」に繋がるヒントが、数多く得られるはずです。
★本書ではそうした実践的ヒントを、著名なマーケティング理論や女性ファン(TORACO)約3000人への調査・取材を通して独自分析し、わかりやすく展開します。
「日々、タイガース、時々、本。 猛虎精読の記録」(徳間書店)
中江有里

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