〈中東緊迫でもドバイWCに参戦〉“世界のヤハギ”が批判覚悟で出走を決断した理由「スタッフは一切、帰る気はなかった。勝ってから帰ります」
〈中東緊迫でもドバイWCに参戦〉“世界のヤハギ”が批判覚悟で出走を決断した理由「スタッフは一切、帰る気はなかった。勝ってから帰ります」

米軍によるイラン攻撃の余波で中東情勢が緊迫する中、ドバイワールドカップをめぐる日本勢の判断が大きな波紋を広げている。渡航中止勧告が出る中でも出走を決めた陣営に対し、国会では「ペナルティ」の声も上がった。

そんな逆風の中、“世界のヤハギ”こと矢作芳人調教師はなぜ参戦を決断したのか――現地で聞いたその理由とは。

イラン攻撃で有力馬が続々回避

米軍によるイラン攻撃からまもなく1か月。依然として緊迫した情勢は続いており、イランからの報復攻撃によって、中東ではF1のバーレーングランプリやサウジアラビアグランプリなど、予定されていた大きな国際的イベントも相次いで中心に追い込まれている。

世界の中でもかなり安全とされていたUAE(アラブ首長国連邦)でも、日本政府からはレベル3の「渡航中止」の勧告が発せられ、現時点でもそれは解除となっていない。

そんな中、UAEのドバイでは、競馬の祭典であるドバイワールドカップミーティングが3月28日に開催される。当初の予定では、多くの人馬が日本から参戦し、JRAでも馬券発売が行われる見込みだった。

しかし、前述の通りの勧告が発せられたことで、JRAも職員の派遣と馬券の発売を中止。そして、遠征を予定していた人馬もこれを取りやめ、中には2月にサウジアラビアで行われたサウジカップ開催から転戦する形ですでに現地入りしていながら、早期帰国を選択した馬とスタッフたちもいた。

しかし、同じようにすでに現地入りしていたフォーエバーヤングら3頭と、3月18日に日本から出発した3頭については、陣営が出走する意思を見せている。

これには国内でも賛否両論があり、3月24日の参議院農林水産委員会で立憲民主党の石垣のり子議員が、出走の意思を見せる日本馬の関係者に対し、「何らかのペナルティが必要ではないか」 とJRAを管轄する農水省のトップである鈴木憲和農水大臣に迫った。

鈴木農相は「(勧告に)法的な強制力はなく、JRAもペナルティを科すさないとしており、農林水産省としても同じ考え」と答弁。これらのやり取りは、XなどのSNS上で瞬く間に拡散され、

「覚悟があって遠征しているのだから、問題ない」
「馬や厩舎スタッフは立場上断ることができない。何かあってからでは遅い」
 など、さらに多くの反応を呼んだ。

実は筆者も、現在ドバイで主にドバイワールドカップに向けた取材活動を続けている。多くの媒体関係者が所属団体の方針などで渡航を断念したが、念入りに情報収集を行い続け、「航空機さえ飛べば現地ではそれほど危険はない」と判断しての渡航だ。

逆に空路が完全に欠航などで絶たれるような事態ならば、そこですっぱり断念するつもりの旅程だった。

ただ、筆者の場合は自分の身のことだけを考えればいいが、当事者であり、現場の責任者である各馬の調教師となるとそうはいかない。十分すぎるほどの熟慮があっての決断であることは容易に想像できる。実はJRAから、労務管理の安全配慮義務の観点から遠征を取りやめるよう働きかけがあったのも事実だ。

「僕自身に関してはペナルティでもいい。僕らは勝つために来てる」

そんな中、今や“現役ダート世界最強馬”となったフォーエバーヤングなどを管理する“世界のヤハギ”こと矢作芳人調教師は、何故「敢えて」参戦の決断をしたのか。何か線引きのようなものはあったのか。

「(遠征を辞めた陣営については)各々の考え方ですから、それはそれで理解はできます。勧告についても、国民の安全を守らなければいけない立場から、これは当然ですけれども、僕は競馬のプロフェッショナルとして考えました。

まず当然、スタッフに『帰る』という選択肢も明示しましたが、彼らが『なぜ帰らなければいけないのでしょう?』『一切帰る気はない、勝ってから帰ります』と、何回聞いても一貫してそういう答えしかありませんでした。

彼らとは毎日何度も連絡を取っていますが、ミサイル警報があってもむしろ競馬場周辺は安全で動じていないんです。

(騎手の)坂井瑠星にも、僕が師匠だから強制的に行けとか、そういうことは言えないわけで。『本当に行くのか?』と何度も聞いて、『行かないという選択肢はない』と彼の答えも同じでした。もちろん、彼が行かない、或いは物理的に行けない、となったときのために、ヨーロッパの一流どころの騎手に打診もしていました。

そして、僕自身に関しては、大事なスタッフ、大事な馬たち、所属騎手がここにいる以上、自分だけが国内で残って待つという選択肢もまたゼロでした」

敢えてやめるという選択をしなかったところには、これまでに培った経験と、入念な情報収集の上に、線引きを行ったと続ける。

「それに関しては、根拠もなく楽観視するわけでなく、ものすごく勉強しました。中東諸国の歴史的・宗教的な背景や、関係性、情勢。それらを踏まえた結論として、少なくともここ(競馬場)が狙われることはないと判断しました。

残るのは強制ではないですし、うちのスタッフもそこを遠慮するような関係性ではありません。現地にいて、一番状況の判っている彼らが、『ヤバいです。帰らせてください』となったら、オーナーにも納得いただいて帰すというのが、僕なりの線引きでした。

ただ、日本のメディアは『危ない』と過剰に報道しすぎだったと思いますよ。

それを鵜呑みにしてしまえば、『行くのは危険』となってしまいます。しかし、現地にいたスタッフに聞いていた通り、こちらに来てしまったら何もなくて、これで帰ると言う方がおかしい状況ですから」

「回避」を選んだ馬が多い日本に対して、欧米からは多くの有力馬がむしろ予定通り参戦を選んだ。そこには「プロ意識」の違いがあると矢作調教師は指摘する。

「実際に、欧米の馬は的確な情報を得て、安全だということで、これだけの馬が来ているわけですよね。しかも、日本の馬が減ったことでメンバー的にも楽になったっていう点も踏まえて。

そこは抜け目ないですし、僕から言わせてもらえば、『こんなだから、日本はまだまだ勝てねえんだよ』と。その辺りのプロ意識、勝負師意識がまだまだ日本の競馬界は足りない、甘いなというものを感じます。これは強く言いたい。

いろんな意見、逆風があるのもわかります。その中で、やっぱり後輩である杉山(晴紀)調教師、高柳(大輔)調教師、吉村(圭司)調教師が果敢に挑戦した。特に杉山君と吉村君に関しては後から来て、本当に素晴らしいし、彼らみたいな後輩を心強く思います」

国会でのやり取りについても、矢作調教師の耳に届いている。

「僕自身に関してはペナルティでもいいですよ。

僕らは勝つために来てるのですから。チームとして全員の気持ちが、レースに向かっているということですし、やはり非常にプロ意識の高いチームだなと思って、誇りに思っています。僕の仕事は彼らをレースに向けて集中させるということです。あとは日本でも話した通り、きちんと結果を出して無事に帰る、それに尽きます」

取材・文・写真/土屋真光

 

 

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