〈全部ウソだったのか〉田久保前市長「ニセモノを作れる人も技術もないですよ…」といいながらニセの卒業証書を自作か、記者に語っていた虚偽の全貌
〈全部ウソだったのか〉田久保前市長「ニセモノを作れる人も技術もないですよ…」といいながらニセの卒業証書を自作か、記者に語っていた虚偽の全貌

静岡地検は30日、田久保眞紀・前伊東市長(56)が卒業していない東洋大学の卒業証書を偽造し、それを市議会議長らに見せたとして有印私文書偽造および同行使罪と地方自治法違反罪で在宅起訴した。

 

田久保被告の学歴詐称をめぐる問題は、起訴に至った。

起訴状によれば、ニセの「卒業証書」は田久保被告が昨年5月に市長に就任した直後に自ら作製していたという。

市長選当選から4日後…ニセモノを作成、印鑑も

田久保被告は1988年4月、東洋大学法学部に入学したものの1992年3月31日に除籍されていた。しかし昨年5月25日に初当選した市長選で、選挙期間中にメディアに東洋大法学部を卒業していると説明し、当選後もこの学歴を市広報誌に掲載させた。

「市長就任後、『田久保市長は本当は大学を除籍されている』と指摘する告発文書が全市議に届き同年6月の最初の市議会から疑惑が持ち上がりました。

当初、告発内容を否定した田久保氏は7月になって『除籍されていたことがわかった』と言い始め、卒業していないことを認めます。しかし違法とは認めず、一度表明した辞意も撤回し、辞任を求める議会との対立が始まりました。

“田久保劇場”と呼ばれた市政の大混乱は市長職を失職し出直し市長選で惨敗した昨年12月まで続きました」(地元記者)

その間に公職選挙法違反容疑などで告発された田久保被告に対し、静岡県警は今年2月に自宅を家宅捜索するなど捜査を進めていた。

「起訴状では、田久保被告は『卒業』と学歴を偽るため、市長選当選から4日後の昨年5月29日ごろから6月4日までの間に卒業証書1通を作製し、有印私文書偽造罪にあたるとしています。その際、インターネットで印鑑製造販売業者に事前に作製させていた東洋大学長と法学部長の印鑑を押印したとされます。

この「卒業証書」とされる書類を6月4日に市議会議長らに示し、偽造私文書行使罪でも起訴されました。当時これを見せた様子が“チラ見せ”といわれ、田久保被告はこれまで『19.2秒見せた』などと主張していました」(地元記者)

田久保被告は「自分は卒業したと思っていたが、(昨年)6月28日に東洋大へ行き、その時初めて除籍だと知った」との弁明を会見で繰り返したが、市議会が設けた地方自治法100条に基づく調査特別委員会(百条委)の8月の証人尋問でも同様の陳述をし、これが虚偽だとして地方自治法違反罪でも起訴された。

卒業証書の偽造は、市長就任直後に全国市長会から経歴照会を受けた市幹部に卒業証書の提示を求められたことが動機になった疑いがあるとも報じられている。

「卒業証書を作ったことはないのか?」の質問に対し

田久保被告は「卒業証書」とされる書類は弁護士の事務所金庫にあるとし、公開や捜査機関への提供を頑として拒んできた。県警は家宅捜索で現物は確保しなかったとみられるが、インターネットの印鑑の注文記録を確認するなどしたとみられる。

捜査が進むにつれて「卒業証書」はニセモノだとの疑いは濃くなっていたが、作製されたのが市長就任後だとの検察の主張が正しければ、田久保被告がこれまで市民に向けて発してきた弁明の信用性は完全に瓦解する。

田久保被告はこれまで記者会見で、「卒業したと勘違いして30年間暮らしてきた」というストーリーに基づき、

「(卒業証書は)本物であると思っていますが、証明するための卒業証明書等は取れません」

「(卒業は)30年前で、それ(卒業証書)をどのように手にしたのか、郵送で送られてきたのか、学校に取りに行ったのか、もう記憶が曖昧です」

「6月28日までは自分自身が除籍という立場にあるということを把握しておりませんでしたので、卒業証書も持っていても何も不思議がないのかなという風に思っていたのは事実」

などの発言を繰り返してきている。

また集英社オンラインでは田久保被告の独占インタビューを重ね、卒業証書の真偽をただしたが、そこでも同様の主張を続けていた。

騒動のさなか「卒業できなかった田久保氏に友人が余興でニセの卒業証書を作り、卒業式後の余興でプレゼントした」との虚偽内容の怪文書が広まったことがあったが、田久保被告はこう否定していた。

「作るっていっても『そんな技術を持ってる人は当時いないよね、そんな技術はないよね』って、みんなで話はしていて…」

しかし、検察は本人が作製したと主張している。

「偽物だとするなら業者などに依頼したのだと思います」

集英社オンラインは当時の取材で「卒業証書を作ったことはないのか?」とも直撃。これにも田久保被告は

「これからわかる範囲でそこはやっていくしかない。言えることは、卒業はできておらず除籍になったことは事実なので、そこと整合性が取れないことに関しては、あとはわかる範囲で照会をかけるしかないのかと思っていますけれども」

と煙に巻いている。

同様に昨年9月の独占インタビューでも再び問いただしている

――偽造を認定された時の進退を考えていますか?

「考えてないです。考える必要性というか考えてないです」

――私文書偽造はやってないということですか?

「そのシナリオの想定は自分の中ではしていないですけども」

「偽造はしていない」との主張を全く変えなかった田久保被告。問題の偽卒業証書を実際に見せられたという元支援者は騒動のさなか、

「古い紙で、本当に30年経っているという感じでした。コピーで簡単に作ったとかそんなレベルのものではありません。

偽物だとするなら業者などに依頼したのだと思います。それくらいしっかりした卒業証書でした」

と話していた。証書の作製経緯や入手経緯の解明は、今後の公判で争点となる。

自分への不信任を議決した市議会を解散したものの、出直し市議選後の市議会から2回目の不信任議決を受けて失職が決まった昨年10月31日、田久保被告は記者会見でボロボロ泣きながら「私の市長としての今日の卒業証書は市民の皆さんから既にいただいていると思っております」と口にした。

だが、市長になってニセの卒業証書を作ったとの起訴内容が事実なら、“市長の卒業証書”もあろうはずがない。                        

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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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