「ひきこもり、30代中盤、無職」で検索し続けた… 「人間と関わりたくない」20代後半から10年閉じこもった45歳の“静かな絶望”
「ひきこもり、30代中盤、無職」で検索し続けた… 「人間と関わりたくない」20代後半から10年閉じこもった45歳の“静かな絶望”

岡田秀一さん(45)は幼いころから、からかわれやすかった。本当は「学校に行きたくなかった」が、やさしい両親には言えず、ずっと我慢していた。

大学は入学後すぐに行けなくなり、3年間通うフリをして中退。アルバイトを始めたが、20代後半で「働く意欲がなくなり」、10年間ひきこもってしまう。(前後編の前編)

学校を楽しいと思ったことは1日もない

元ひきこもり当事者が主体として働く株式会社「ウチらめっちゃ細かいんで(通称めちゃコマ)」。そこで正社員として働いている岡田秀一さん(45)は10年間ひきこもった経験がある。

「私、もともとはコミュ障なんですよ。だから、自分から話しかけたりするのは、すごく苦手意識がありました。

でも、せっかく、めちゃコマ社員という肩書があるので、チャンスだと思って、会社のYouTubeチャンネルで発信するとか、イベントに行って知らない人とゴリゴリ話すとか、苦手なことをどんどんやり続けていたら、いろんなことをやれるようになったんです」

よどみない話し方。穏やかな笑顔。今の岡田さんからは、ひきこもっていたころの様子は想像できないが、「昔から、ひきこもりになる素養はかなりあった」と笑う。

「学校はすごく嫌いでした。楽しいと思ったことは1日もないです。背もちっちゃかったし、結構、どんくさいタイプだったんで、いわゆるスクールカーストの下の方で、からかわれやすい。

私、後頭部が長いんですよ。

ドラゴンボールのピッコロ大魔王に似ているって、揶揄されたりとか。そう呼ばれるのは嫌なんだけど、全然言い返せないタイプなんで、ヘラヘラ笑いながら、ずっとやり過ごしてましたね。

結局、悪いことしていなくても、いじめられる。だから、学校で学んだのは『人間なんか信用できねえんだ』ってことだけです」

父は会社員で母は専業主婦の「ごくごく普通の家庭」で育った岡田さん。ひとりっ子だったこともあり、両親は何でも先回りをしてやってくれたという。

やさしい両親を心配させないために、本当は1人でゲームをやる方が好きなのに、無理やり外で友だちと遊ぶようにしていた。

大学は10日で行かなくなり、通うフリを3年間続けた

地元の中学を経て私立高校に推薦で入った。岡田さん自身は特に行きたい高校もなかったが、両親がいろいろ調べて勧めてくれたのだ。

だが、高校もそれまでと変わらず我慢を強いられる場所だった。

「みんな体がでかくなったから、いじめというか、からかわれるのがきつくなってきた。あと、巧妙なやり方で友だちにお金取られたりとかしましたよ。

私が家にいると、友だちから『カラオケでお金がなくなったから持ってきてよ』と電話がかかってくる。すっごい嫌だったけど、断れないですよ。

私、めちゃくちゃ臆病なので。

『学校に行きたくない』と親に言ったことはありますよ。でも、両親の価値観はすごく“普通”なんです。普通に学校に行って、普通に友だちと遊んで、普通に会社に入って、普通に働く。

両親はそこから外れた道を知らないから、『どうやったら学校に行けるのか』と考えるだけなので、そもそも両親に相談するっていう選択肢が存在しなかったんですよ」

大学は入学後10日ほどで行かなくなった。だが、親には言えず、通うフリを3年間続けた。電車に乗ったまま何往復もしたり、ファストフード店で時間を潰したり……。

「働きたくないから大学に行ったけど、大学で何をしたいとか、何もない。ゼミとか合コンとか飲み会とかも、全部嫌で。

それまでの人生で、素の自分を出せる友だちって1人もいなかったし、常に私が周りに合わせている状態だったんで、疲れるだけの人間関係を作るのが嫌だった。もう人間と関わりたくなかったんですよ」

ある日、大学から「単位が取れてない」と連絡が来て、行ってないことが親にバレた。

岡田さんは「もう無理だ」と言って大学を中退。

その後、近くのコンビニでアルバイトを始めた。

「大学をやめたから働かなきゃいけないっていう、謎の価値観です」

仕事は楽しくなかったが、同僚とも表面上のつき合いを続けた。夜勤もこなし、お金が貯まると辞める。何もしていないと親が心配するのでまたバイトを始める。

途中で一人暮らしを始めた後も、働いては辞めることをくり返していたが、20代後半でひきこもった。

家にひきこもり、パソコンゲームにのめり込む

「何のために何をすればいいのか何もわからなくなって、働く意欲がなくなっちゃって……。バイトで貯めたお金もあったんで、ちょこちょこ切り崩しながら最低限の暮らしをしていました」

ひきこもった当初、家で稼ぐことができないかとアフィリエイト広告の記事を書いてみた。月に8000円くらい稼げたが、やりがいが感じられず続かなかった。

その後も半年に1度くらい「働こう」という気持ちになって、会社に履歴書を送り面接を受けに行ったが、自分でもわかるくらいうまく受け答えができない。

バイトの面接すら落ちてしまい、「やっぱダメなんだ」と落ち込んだ。

生活時間もズレっぱなしで、起きる時間も寝る時間もめちゃくちゃ。起きている間、ひたすらやっていたのはパソコンのオンラインゲームだ。

「対戦系より協力系のゲームが好きだったんですが、基本的に1人でやるような設計になっていないので、途中から仲間が必要になるんですね。

もし、このゲームができなくなったら、何もなくなると思って、知らない人に必死にチャットで話しかけました」

例えば、頑張って戦っている人がいたら、「めちゃめちゃ強いっすね」とほめると「ありがとうございます」と返ってくる。そこで「このゲームいつからやっているんですか」など共通の話題を探して、少しずつ距離を縮めていく。

大勢が集まっているロビーで「今日は、みんな盛り上がっているね!」と叫んだことも。

「いきなり叫んで変な風に思われないかって、エンターキーを押すまでめちゃくちゃ悩みましたよ。やっぱやめようか。でも、ここでやんなきゃどうするんだって。で、勇気を出して押したら、反応が来るまでまたドキドキして(笑)。

そんなことをやり続けていたら、ゲーム内でいっぱい友だちができて、コミュニケーション能力も培われたんです」

「ひきこもり、30代中盤、無職」で検索も

ひきこもる期間が長くなり、貯金が尽きると親が援助してくれた。だが、申し訳なさは募るばかり。精神的にも追いつめられ「自分が大っ嫌いだった」という。

「寝るときとか、いろいろ考えちゃって、すごく気持ちが落ち込むんですよね。少しずつ沈んでいく沼にいるみたいな感じなんですよ。

ホントに、ちょっとずつ、ちょっとずつ沈む。

深く沈むほど出るのが大変になるから、このままじゃマズい。早く抜け出さなきゃと思うけど、でも実際には何もできなくて、どんどん沈んでいく。だから、心の中は静かに死んでいく、みたいな感じでしたね」

苦しさのあまり、本当に死んでしまおうとする人も少なくない。岡田さんの場合、どうだったのかと聞くと、「それだけは考えなかった」と強い口調で否定する。

「両親が悲しむのがわかっていたからです。死ぬっていう選択肢がないので、生きるしかない。だけど、働けるとも思えなかった。

30代後半で正社員経験が一度もないし、経歴の空白期間も10年ぐらいできちゃってる。40歳を過ぎたら、もっと働き口がなくなるという焦りもあったし、将来への不安がめちゃくちゃありました」

ネットサーフィンをしながら「ひきこもり、30代中盤、無職」というワードで何度も検索した。何とか抜け出した成功例を知りたかったのだが、参考にできるような事例は見つけられなかったそうだ。

そして、ひきこもってから10年が経ったある日、思いがけないことで、ひきこもりから脱するきっかけを得る――。

〈後編へつづく『「究極まで自己否定したら反転して…」10年ひきこもり男性の“逆転”』〉

取材・文/萩原絹代

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