4月5日で80歳となる吉田拓郎。フォークソングだけでなく、日本の音楽シーンを変えた彼が、かつて「すべての観客が同じ時間を共有するコンサート」を夢見ていたことをご存じだろうか。
1箇所に全員が集まって同じ時間を共有することは出来ないか
ボブ・ディランのように、全国各地から大勢の人たちが集まるようなコンサートをしたい。
吉田拓郎がそう思ったのは、1974年の秋のこと。
1971年に中津川で催された『第3回全日本フォークジャンボリー』への出演を機に、吉田拓郎は多くの若者たちからの支持を集め、ラジオ・パーソナリティとしても人気を博していた。
コンサートで各地を巡ったり、同会場で連続公演をしたりという日々の中で、1箇所に全員が集まって同じ時間を共有することは出来ないかと考え始める。
大規模コンサートを実現する上でまず課題となるのが会場だった。
中津川をはじめいくつかの会場と交渉した末に決まったのは、静岡県掛川市にあるオープンしたばかりのヤマハのリゾート施設『つま恋』の多目的広場だった。
時間帯は、夏にやるのであれば炎天下の昼を避けて夕方頃からスタートし、終電がなくなってから交通機関が再び動き出す翌朝まで、夜通しで続けるのが最善ではないかという結論に至る。
チケット4万枚以上が即完売、前日には1万人を超える観客が寝泊まりを…
しかし、吉田拓郎一人だけで12時間演奏し続けるのは、体力的にもレパートリー的にも厳しい。そこで声が掛かったのが、かねてから深い付き合いのある、かぐや姫だった。
既に4月の解散が決まっていたかぐや姫だったが、1日限りの再結成でコンサートへの出演を引き受ける。
開催日は1975年8月2日に決まり、前代未聞の大規模コンサート『吉田拓郎・かぐや姫 コンサート インつま恋』は本格的に動き始めた。
チケットが発売されると、両アーティストの人気もあって4万枚以上が即完売となる。
さらには1週間前から一部の熱狂的なファンが会場前に集まり始め、前日には1万人を超える観客が寝泊まりをしていた。
8月2日、コンサートが本番を迎える頃には、主催者・媒体によっては6万人超、警察発表では7万5千人ともされた観客が会場を埋め尽くしていた。
これほどの大規模なコンサートは国内では初めてのことだった。
午後5時、予定通りにコンサートが始まると、吉田拓郎の『ああ青春』で幕を開ける。
それ以降、かぐや姫と交互で演奏が続き、合間には山本コウタローとウィークエンドや風といったゲスト・ミュージシャンたちが登場。コンサートは夜通し続いた。
そして午前4時半頃、12時間続いたコンサートはようやく終わりを迎える。
吉田拓郎が最後に歌ったのは『人間なんて』だった。会場が大合唱に包まれる中、かすれた声で最後の力を振り絞るように歌う。
曲が終わって吉田拓郎がステージから降りると、会場からはアンコールの声が上がった。
だが、「吉田拓郎は疲労困憊で一歩も動けません」というアナウンスにより、コンサートは幕を閉じた。
文/佐藤輝 編集/TAP the POP

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