「サッカーがやりたくても、できなかった」――。かつて“ドーピング違反”と誤って断じられ、キャリアを狂わされた男がいる。
「この年だからこそ、とことんFWにこだわっていきたい」
我那覇和樹の2026年シーズンが開幕した。所属するJFL沖縄SVは3月29日に第二節をミネベアミツミFCと戦い、3対0で勝利。この日、背番号9は後半に待望のピッチに立った。
今年9月に46歳を迎える島人(しまんちゅ)ストライカーは、得点こそ上げなかったが、チームにおいて彼にしか出来ない仕事のために今もフィジカルを鍛え上げ、静かにコンディションを整えている。沖縄で我那覇に現役27年目の現在地を聞いた。
「今は、試合に対してはもちろんそうですけど、その前に1日1日の練習に臨む上での準備を大切にしています。若い頃は、ある程度、体力でメニューを押し切ることが出来ましたけど、もうこの年になると、食事から睡眠と、全力でトレーニングに集中するためのルーティンを怠らずにやらないといけない。
今、食事の面では妻がすごく考えて作ってくれているので、自分は全くストレスなくやらせてもらっています」
FWらしくない性格、大言壮語せずに常に客観的に自身のプレーを分析してきた男に、今のストロングポイントを問うてみた。
「45歳ですけど、若い選手には絶対に負けたくないという、まずその気持ちを大事にしています。フィジカルはもちろん落ちてきているんですけど、感覚やゴール前のタイミングについては、僕はまだまだ成長できると思ってるんです。
FWらしくないと書いたが、垣間見えてきたのは、強烈なゴールへの飢えであった。
「沖縄SVで7つ目のクラブですけど、環境に順応する力はある方だと思っているので、どこに行っても点を取る事についてはこだわってやってきました。
年齢を重ねるごとにポジションが下がっていく選手もいますし、自分も讃岐にいたときは、数試合、センターバックをやりましたけど、今はこの年だからこそ、とことんFWにこだわっていきたいです。自分は引退するまで最前線で体を張ってゴール前で勝負したいと思っています」
現役にこだわり続ける理由と「あの事件」
今だからこそ、FWにこだわりたい。7つのクラブを渡り歩いた中で、やはり特別な思いがあるのは、そのポジションでのオファーをくれた最初のチームだった。
「沖縄にいて全く無名だった僕に高校二年生のときから、スカウトの方が見て下さったのが、川崎フロンターレでした。フロンターレがオファーを下さらなければ、僕はプロになれていないし、それがすべての始まりでしたから感謝しかないです。
それも本土での生活が初めてで電車の乗り方も分からなかった少年をここまで育ててもらいました。当時J2だった川崎フロンターレに入団してチームと共に成長させてもらったと思っています」
18歳で上京し、右も左も分からなかったウチナーの少年。その後27年間もプレーを続けると誰が想像しただろうか。これまで引退を考えたことはなかったのか。
「正直、辞めようかと考えた時期もありました。期待してチームに呼んでもらったのに貢献できていないという思いがあったんです。
ガナがここまで長くプレーできている理由は何なのだろうか。
三浦知良選手が現役にこだわり続けるというのは、1998年にフランスW杯を直前に控え、メンバーから外されて帰国を余儀なくされたことと無関係ではないはずだ。当時、彼がW杯に出ていたらおそらくもっと早く引退していたのではないか。
同様にガナの場合も、あのとんでもない事件に巻き込まれたことが大きいのではないだろうか。この問いに対してガナはよどみなく答えた。
「単純にサッカーが大好きだというのが、まずあります。それと確かに、あの事件の時にサッカーがやりたくてもできなかったという辛い思いがあるので、現役にこだわりたいという思いはあります。チームの垣根を超えて選手やサポーターの皆さんに支えていただいたので、感謝の気持ちを胸に今もずっとプレーしています」
ハナからドーピングありきだった事情聴取
宜野湾高校卒業後、沖縄出身の3人目のJリーガーとしてプロ入り(川崎フロンターレ)したのが、27年前。順調にキャリアを重ね、2006年には当時の日本代表監督イビツァ・オシムに招集されて、アジアカップ予選でイエメン(1点)、そしてサウジアラビア(2点)相手にゴールを決めている。
この好結果に代表定着とヨーロッパ移籍が大いに期待されていた。私は、我那覇本人がその夢を語った沖縄タイムスの2007年元旦のインタビュー記事、「ガナ 伝説始動」を今でも忘れることができない。
ところが、未来が嘱望されたこの年に運命が暗転する。
好調だった我那覇は、4月21日にそれまでホーム無敗記録を続けていた浦和レッズ相手にゴールを決めて土をつけた。その2日後の4月23日。
風邪による体調不良に陥り、練習後にチームドクターから、点滴治療を受けたことをサンケイスポーツが「にんにく注射でパワー全開」と誤って報道、この記事を読んだJリーグ機構がドーピングだとマスコミに騒ぎ立ててしまった。
我那覇が施されたのは、にんにく注射ではなく正当な医療行為である水分補給の点滴であり、また厳密に言えばにんにく注射もWADA(世界アンチドーピング機構)規定によれば、ドーピングではなかった。
思いもよらないクレームがかけられたが、それでも我那覇はJリーグに呼ばれた事情聴取で事実を述べれば理解してもらえると考えていた。当然であろう、問題とされたサンスポの記事には何ひとつ真実はなかったのである。
しかし、事情聴取は聴取ではなかった。ハナからドーピングありきと決めつけた青木治人Jリーグドーピングコントロール委員長(当時)は我那覇の合理的な反論を一切認めずに、本人に6試合の出場停止処分、所属の川崎フロンターレに1000万円の制裁金を科したのである。
完全な冤罪であった。以降、こんな処分は許せないと、事態を重く見たJリーグの全チームドクターが立ち上がり、我那覇は無罪であり、これがいかに間違った裁定であるのかをエビデンスを基にアナウンスしていくが、青木委員長は一切、耳を貸さなかった。
世の中にはびこる冤罪事件は、無罪の立証が進んでも検察のメンツだけで再審を拒むケースがほとんどである。
思えば、足利事件(1990年)で潔白であったのに、被疑者にされた菅家利和さんが無期懲役の刑に貶められた根拠は当時、極めてずさんで精度の低いDNA鑑定の結果からであった。これは警察がこの鑑定方法に関する予算を確保したいがための見せしめ逮捕だったと言われている。
なぜ、拙著を無料公開することに決めたか
同様に我那覇もドーピングコントロール委員会がプレゼンスを示したいがために、にんにく注射の報道(それも事実ではない)に反応したのではないか。
誤った裁定が覆らない中、我那覇は「これが前例になれば、以降、選手が正当な治療を受けられなくなる可能性がある」との浦和レッズの仁賀定雄ドクターの言葉に奮い立ち、私財の3000万円を投じてスイスのCAS(スポーツ仲裁裁判所)に申立てを行った。CASは当然の如く、我那覇の行為はドーピングではないとの裁定を下した。
我那覇の無実は証明されたが、Jリーグはそれでも節を曲げなかった。正式な謝罪をせず、さらには川崎からの制裁金を返金せず、それを原資として「ドーピングの啓蒙活動に当てる」と表明したのである。
CASは「本件上訴を認め、我那覇選手に関する本件処分は取り消され、申立て人が求める救済をここに認める」との裁定文を明確に出しているが、鬼武チェアマン(当時)は、誤訳も交えて、「ドーピング違反か否かの裁定はなされなかった」とコメントしている。
もしも微塵でもドーピング疑惑があるなら、CASが制裁を取り消すはずがない。詭弁に過ぎないが、かようなコメントが新聞報道されれば、一般的なサッカーファンはあたかも我那覇がグレーであったかの印象を受ける。
事実、いまだに「我那覇はにんにく注射を打った」「意図的では無くてもドーピングに問われていた」というまったくの誤った認識でいる人に出逢うのだ。酷いときはクラブスタッフまで真実を知らなかった。
私は我那覇が移籍をするたびにその潔白と冤罪事件の経緯を記事にしてきたが、ここに至り、集英社のHP上で拙著を無料公開することに決めた。
印税無用。何が真実であったのか、誰が本当にJリーグを救ったのか。我那覇の勇気の源は何であったのか。調査報道をかけて細に入り書き込んだ15年前の本であるが、ぜひお読み頂きたい。(集英社公式サイトhttps://books.shueisha.co.jp/cbs/c2082/c290-26384/にて26年5月6日まで無料公開中)
そして今、あらためて言う。我那覇の現役中にJリーグは正式な謝罪を成し遂げてもらいたい。シーズン中に6試合の出場停止という処分を受けて、我那覇は欧州移籍どころか、レギュラーの座を失い、代表選出からも外れた。後進の選手のために立ち上がった裁判という心労はサッカー選手としての彼の心身を痛ましいほどに蝕み、そのキャリアを著しく貶めた。
けれど、我那覇は、それは自分の力不足だったとして誰かを責めるような言辞は発しない。その誠実さ、ストイックな姿勢にJリーグは応えるべきではないのか。
私は2014年に大阪弁護士会の主催で開かれたシンポジウム(人種差別にレッドカード)に出席した際、村井満前チェアマンに直訴をしたが、彼は、その後に何の行動も起こされなかった。
この任に就く者が第一義に優先すべきは、カネ儲けや先輩への忖度ではなく、選手の人権と身体そして名誉を守ることであろう。現在の野々村芳和チェアマンには、愚かなメンツや詭弁をすべて捨てて我那覇への謝罪と感謝を述べて頂き、勇気を持ってJリーグの歴史に自身の名前を残して頂きたい。
そして我那覇の引退試合がフロンターレのホーム、川崎でいつか行われることを強く願う。
文/木村元彦
争うは本意ならねど ドーピング冤罪を晴らした我那覇和樹と彼を支えた人々の美らゴール
木村 元彦

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