「生存率1.2%はむしろ希望」29歳で膵臓がんステージ4…男性がSNSを駆使して“笑って闘う”理由
「生存率1.2%はむしろ希望」29歳で膵臓がんステージ4…男性がSNSを駆使して“笑って闘う”理由

2025年10月、29歳の若さで「膵臓がん」ステージ4と診断された、広島県在住の福積光一郎さん。妻と息子がおり、そして妻のお腹には新しい命が宿っていて、多忙ながらも幸せな日々を送っていたのに――。

「5年生存率、約1.2%」という、かつてない試練と向き合う日々。その苛酷な闘病生活を「note」やSNSで発信する理由とは…。

周りから心配されたくない

IT関連の仕事をしている福積さんは、北海道から沖縄まで、出張で駆け回る日々を過ごしていた。ところが、2025年6月のある日、出張先の北海道で、食欲のなさに気づく。

7月、8月、9月とそんな日々は続いた。そして9月末には、倦怠感や、睡眠障害も加わった。ある日、激しい腰痛で倒れ、病院へ。消化器科で「尿管結石の疑いあり」と言われた福積さんは、病院でCT検査を受けることに。そのCT画像を見ながら医師は静かにこう伝える。

「膵臓に腫瘍があります。良性か悪性か、現状では分かりません。ただ、診察内容を考えると…。福積さん、家族はいらっしゃいますか?」

続けてより大きな病院へ行くことを打診され「家族全員で行ってください。

紹介状を書いておきます」と言われた。その時の心境は半分夢の中にいるようなそんな意識だったと明かした。

血液検査の結果、悪性腫瘍でほぼ間違いなかった。「膵臓がん」ステージ4である可能性が非常に高い。そんな説明を、福積さんは妻、息子と3人で聞いた。

膵臓は、長さ約15~20センチ、幅約3~5センチ、厚さ約2~3センチの細長い臓器。みぞおちの裏側に位置する。182センチある彼にとって、「ちっちゃい、ましてや、もともと自分の身体の一部であるものに殺されるのも、どうよ!」と笑い飛ばした。

「そもそも僕はポジティブで、明るい。がんになって、周りから心配されたくない。暗いところを見せたくないんです。『今まで通りだよ!』って、元気な姿を見せたい。

それが、周りにとっても、自分にとってもプラスになるって思うんです。自分、身長、メッチャでかいんで(笑)」

そんな福積さんを慕って、大学の軽音楽部の仲間や、職場の同僚ら、いろいろな仲間が駆けつけたり、応援メッセージを送ったりしている。

「『福積くん、大好きだから、絶対元気になって帰って来いよ』って言われて、すごく嬉しいです」

「またもう1個思い出がつくれる」

そんな彼が今、取り組んでいるのが、「note」やSNSでの積極的な発信だ。最初は、同じ病気と闘う人たちの情報を集めるために、「X」を始めた。

「似たような年齢で膵臓がんの方や、違うがんと闘う、同い年の方。年齢が上でも、いろんな闘病の方がおった。自分も、その人たちも、励まし合って、頑張られとったんですね」

つらい、今日はホントしんどい。そんな時につぶやくと、いろんな人が「一緒に頑張りましょう」と言葉をかけてくれた。そうしていくうちに、闘病者たちのコミュニティが形成されていったという。

「逆に、昨日まで一緒に闘っとった仲間が死んじゃうこともあって……。不安になる面もありました。ダメージを受けるんですけど、それでも、それよりも誰かを励ましてあげられるんじゃないかなって」

今年1月、福積さんは「じんろう(腎瘻、腎臓に直接チューブを挿入し尿を体外に排出する処置)」を付けることになり、その時は『TikTok』へ動画を投稿した。

「『人工肛門のおしっこバージョン次は作らんといかんかも』となって、その時はかなりショックで…。

そういう結構でかいショックの時に、TikTokに投稿してます。

僕にとっての心の逃げ場みたいな感じでして。みんな『大丈夫?』『頑張ろう!』『応援しているから』ってコメントしてくれて。直接的でシンプル、だけど、そういう言葉に元気をもらえて本当に感謝してます。心がほんと落ち込む時は大好きなサカナクションの音楽を添えてます」

存在の良し悪しが叫ばれるSNSだが、確実に、福積さんの背中を押している。

抗がん剤治療の一方で、福積さんはこの半年間、数々の試練と向き合ってきた。胆嚢炎やインフルエンザ、免疫力が下がっている彼にとっては、下手をすれば命を落としかねない重い事態。だが、そのたびに乗り切って、元気な姿を発信してきた。

「今までだったら、『ま、寝ときゃ治るだろう』で生きてきたけれど、今そんなことをすると、それこそ一瞬であの世だ、と思う。入院や処置はつらいんですけど、『これが終わったら元気になって、家族や友だちと、またもう1個思い出がつくれる』って思っとります」

昔から食べることが大好きだった福積さん。先日、故郷・香川に戻って、高校生の頃から行きつけだった思い出のラーメン屋に足を運んだ。家族旅行では名物のうどんや食事を満喫したと笑顔で語った。

……ラーメンなんか食べて、身体に障りはないのだろうか、そう問いかけると、彼は快活にこう語る。

「大丈夫でしょう(笑)。結局、体重を落とすのがダメみたいなんで。バカバカ食って、ラーメン何杯も食って、もう死ぬほど食べたんです、1週間。

そんな旅を続けても、体重が増えなかった。あれだけ食べても、エネルギーを取られちゃうんですよね、がんに。それやったらもう、好きなもんバカバカ食って太った方がいいな、と」

とりわけ大好きなのは、帰省先の「オカン」がつくってくれる手料理「ささみチーズフライ」だった。その時のことを「note」ではこう綴っている。

《退院後の妻の手料理で涙を流し、帰省後のオカンの手料理で涙を流し……。涙脆くなったのかなぁ。いや、がんと診断されて今まで気付いていなかった1食1食のご飯の美味しさに気づいたんだ》

1.2%の希望

がんの中でも、生存率が特に低いと言われる、膵臓がん。モデル・土屋アンナさんの母、土屋眞弓さんも、同じく「ステージ4」で闘病生活を送りつつ、アンナさんのマネージャーの仕事を続けていた。

Instagramでそのことを知った福積さんは、眞弓さんと連絡を取り合い、お互いを励まし合い、交流を深めたという。

「一緒に、共に闘っている感がすごくありました。膵臓がんと闘う方々は、この少ない生存率の中で必死に生きようとしている。すごく精神的に助けられて、力になりました」

眞弓さんは2025年の年末、67歳で天に召された。仲間が先に旅立つ不安や恐怖、「5年生存率は1.2%」。その少ない数字に福積さんは力強くこう話す。

「1.2%のその存在は希望の星になる。1.2%でも『生きれる人もおるんだ』っていう、“本当の現実”が確実にある」

笑顔で話すその眼差しにはまっすぐと家族との未来を信じる父の信念が垣間見えた。

同じ境遇で闘う人々に対して伝えたいことは? そう問いかけると、彼は言葉を選ぶように訥々と語った。

「信じれば奇跡は起こる、なんて言いたくはない。頑張ったからといって必ず報われる世界ではないと分かっているんで。ただ、今の未来を悲観し、今を真っ暗で生きるよりは、自分が生きたいという希望を信じ、明るく前向きに生きる。

その方が、気持ち良い人生なんじゃないかなって」

つらい時に支えにもなったサカナクションの『セプテンバー』ではこんな歌詞がある。

僕たちはいつか墓になる 苔にもなるだろう ここで生きる意味 捜し求め歩くだろう それもまぁいいさ――。

家族のために彼は今日も笑って闘う。

取材・文/加賀直樹

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