なぜ今「イワシ」が大量に獲れるのか?  安すぎる店頭価格の裏で“魚種交代”が起きている日本の海の異変
なぜ今「イワシ」が大量に獲れるのか? 安すぎる店頭価格の裏で“魚種交代”が起きている日本の海の異変

店頭で安いイワシを見かける機会が増えた2026年春。背景には、マイワシ資源の高水準に加え、サンマやスルメイカ、サケの不振で「他の魚が減っている」現実がある。

豊漁は朗報だが、その裏では海の変化と水産業の構造的な問題も進んでいる。

なぜ今、イワシの豊漁が目立つのか

2026年春、日本各地でイワシの豊漁が目立っている。

実際、水産研究・教育機構の『2025年度 太平洋いわし類長期漁海況予報』(今後の見通しは2026年4~7月)でも、太平洋沿岸のマイワシは「駿河湾以東では前年を下回るが、伊勢・三河湾以西では前年並み~上回る海域が多い」とされ、この春の好漁を裏づけている。報道でも、日本海側を中心に小売価格の下落を伴う豊漁が伝えられている。

では、なぜ「イワシ」がこれほど大量に獲れるのか。厳密には、海の中でイワシだけが特別に増えているわけではない。東京・豊洲市場の鮮魚仲卸業で働く50代男性がいう。

「近年の日本近海では、サンマ、スルメイカ、サケなど、これまで主要魚種だったものが海水温上昇や海流変化の影響で不振に陥っています。一方、イワシのような多獲性浮魚類は比較的資源量を維持しやすく、しかもイワシは群れが大きいため、漁獲量として非常に目立ちやすいのが現状です」

水産庁も、近年はサンマやスルメイカ、サケの漁獲量が大きく減少し、海洋環境の変化が分布や回遊に影響していると公表している。つまり「イワシだけが獲れる」のではなく、「他の魚が減る中で、イワシが相対的に際立っている」というのが実態に近い。

背景にある最大の要因は、マイワシ資源そのものが長期的な増加局面に入っていたことだ。水産研究・教育機構の資源評価によれば、マイワシ太平洋系群の資源量は低迷期を脱して2010年代以降に増加し、2023年時点でも426.4万トンという高い水準にあった。親魚量も279.1万トンと高く、2000年代の極端な低水準とは様相が大きく異なる。

イワシは海洋環境の変動を強く受け、数十年単位で急増・急減を繰り返す魚として知られ、水産庁はその大きな変動について、海水温などが長期的に切り替わる「レジームシフト」によるという説が有力だとしている。つまり今の豊漁は、短期の偶然だけでなく、資源の大きな循環の中で説明される現象でもある。

豊漁は漁業と家計にとって追い風になるのか

さらに、近年の海洋環境の変化がイワシの来遊や分布を後押ししている面もある。水産庁は、「我が国近海では、海水温上昇により、魚種分布の変化が広く起きている」と指摘しており、暖水性魚種の北上や回遊経路の変化が各地で確認されている。

イワシ類についても、黒潮の流路や沿岸水温の変化によって、接岸や来遊の偏りにつながる可能性があり、春先の定置網やまき網の漁獲が急増する。2026年春の予報は「駿河湾以東は前年を下回り、伊勢・三河湾以西は前年並~上回る海域が多い」と示しているのも、こうした海況条件と資源分布の組み合わせを反映したものだろう。

この豊漁は、近年の水産業にとって一定の追い風である。農林水産省の2024年漁業・養殖業生産統計では、マイワシは66万6700トンで海面漁業の上位魚種となっており、日本の漁業生産を下支えする存在になっている。

サンマやスルメイカ、サケなどの不振で産地経済が打撃を受ける中、イワシの水揚げ増加は、漁船の操業維持、港湾の取扱量確保、加工場の稼働、流通の回転という面で大きい。鮮魚として安く供給できるため家計には恩恵があり、缶詰、煮干し、丸干し、すり身、さらに魚粉・魚油向け原料としても使えるので、用途の広さも強みだ。

一方で、豊漁がそのまま地域の利益になるとは限らない。魚は獲れすぎると浜値が下がりやすく、選別、冷凍、加工、保管の能力が追いつかなければ「豊漁貧乏」も起こる。実際、この春は小売価格が大きく下がるほど供給が増えており、漁業者側には単価下落の圧力がかかりうる。

しかもイワシは鮮度落ちが早く、短時間で大量処理できる体制が必要だ。近年の水産業では、人手不足や加工場の老朽化が課題になっており、豊漁を利益につなげるには、冷凍・加工・飼料原料化まで含めた受け皿整備が欠かせない。

イワシ豊漁を一時の幸運で終わらせないために

今後の課題も多い。

まず、イワシ資源は増え続ける保証がない。最新評価でも、太平洋系群は高水準を保ちながら、近年の加入量には減少傾向が見られるとされる。かつて1980年代に高水準だった資源が1990年代以降に急減した歴史を思えば、今の豊漁を前提にした過度な設備投資や依存は危うい。さらに、「国際的な漁獲圧の上昇」も懸念されると前出の仲卸業者の男性はいう。

「近年は外国船の漁獲増加も指摘されています。2024年にはロシア59.3万トン、中国26.1万トンと、日本以外の漁獲も大きい。国内だけでなく、北太平洋全体での資源管理が重要です。

さらに、生態系への影響もあります。イワシの増減は、餌生物や競合種との関係を通じて他魚種にも影響しうる。

水産庁も、サンマ不振の説明の中でマイワシなど競合種の増加に触れており、ある魚の豊漁が別の魚の不漁と無関係とは言い切れないので」

2026年春のイワシ豊漁は、日本の漁業にとって久しぶりの明るい材料である。しかしそれは、「海が元に戻った」という単純な話ではない。むしろ海洋環境の変化で魚種構成が大きく揺れ、その中で今はイワシが前面に出ていると見るべきだろう。

大切なのは、豊漁を一時的な幸運として消費するのではなく、資源評価に基づく管理、加工・流通体制の強化、そして他魚種が減る時代に対応した産地の再設計につなげることだ。イワシが大量に獲れている今こそ、日本の水産業が「獲れた魚をどう持続的に使うか」を問われている。

 取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

 

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