物価高が続き、「ラーメン1杯1500円」「スマホ20万円」の時代に、生活の苦しさを訴える若者は少なくない。だが、その苦境の原因は単なるインフレだけではないという。
多くの若者でにぎわう都心の高級レストラン
最近、メディアや各種SNSを見ていると、「今の若者は貧乏でかわいそうだ」「失われた30年の被害者だ」といった言説があふれています。世代間格差という言葉が独り歩きし、若年層がいかに経済的な不遇をかこっているかが強調されるわけです。
しかし、私はこうした議論に対して、違和感を覚えます。
というのも、私たちが若い頃、それこそ今の50代以上の世代が経験してきたような「本当の貧乏」と、今の若者が口にする「貧乏」とは、次元が違うからです。高齢者が安易に若者を批判するつもりはありませんが、真剣に考えるべきです。
実際、都心の高級レストランに行けば、若い人たちがたくさん食事を楽しんでいます。彼らの身なりが貧しいわけでもありません。
彼らは幼い頃からある程度豊かな環境で育ってきたため、あえて泥臭く苦労をするような「貧乏経験」がすっぽりと抜け落ちている。
これが、ちょっと経済環境が悪くなっただけで「不安だ、自分たちは貧乏だ」と過敏に反応してしまう一つの原因、つまり「経験格差」をもたらしているのではないかと感じてしまいます。
今の若者がリアルに感じている生活の苦しさの正体
以前の日本では、がむしゃらに努力しなければ明日の生活も危ういというハングリー精神がありましたが、彼らは本当の意味での飢えを知らないからこそ、少し生活水準が落ちるだけで体制側に不満をぶつけてしまうのです。
もちろん、足元のインフレが彼らの生活を圧迫していることは紛れもない事実です。
少し前には令和の米騒動と呼ばれる事態まで起きました。これまで値上げをしないことを是としてきた外食産業も限界を迎え、都心でランチのラーメンを食べようと1200円や1500円が当たり前の時代になりつつあります。
さらには、今の若者にとってインフラそのものであるスマートフォンの価格も驚異的で、最新機種は平気で15万円、20万円を超えます。昔と比べて生活に必要とされる水準が格段に上がっており、その高度な水準を維持するためのコストが激しいインフレで跳ね上がっている。
これが、今の若者がリアルに感じている生活の苦しさの正体でしょう。
若者たちが直面している苦境の根底には、日本社会全体の歪み
最近では不動産価格が高騰して、マンションや家を買えないという若者の嘆きも聞こえてきます。
しかし、ここで私たちが真剣に議論しなければならないのは、なぜこれほどまでに物価が上がっているのか、そして日本経済が今どのようなリスクの瀬戸際にあるのかというマクロの視点です。
若者たちが直面している苦境の根底には、日本社会全体が抱える構造的な歪みがあるのです。
世界的な過剰流動性の中で、今は各所でバブル的な現象が起きています。有事のアメリカに資金が向かい、ドル高や株高が進んでいますが、日本国内の足元に目を向ければ、極めて不自然な状況が続いています。
これだけ巨額の国債を発行していれば、本来は国債の価格が下がって、金利が上がってしかるべきです。それにもかかわらず、金利を低く抑え込まれていたため、国債そのものがバブル化している状態、いわば「国債バブル」が起きているわけです。
現在の政権は、支持率を維持することに汲々とし、ガソリン代や電気代に多額の補助金を出すことで、このインフレの痛みを表面上だけごまかしています。しかし、これは単なるポピュリズムであり、国民から省エネやイノベーションに向かう動機を奪っているに過ぎません。
「金利のある世界」への移行は避けて通れないフェーズに
政治の側が日銀に対して、物価は政府が補助金で抑えるから投資や景気を冷え込ませないために金利を上げないでくれというプレッシャーをかけていたのだとすれば、それは中央銀行の独立性を脅かすだけでなく、マクロ経済の歪みを限界点まで膨張させる極めて危険な行為です。
ただし、このような市場の価格シグナルを人為的に歪める政策は長くは続きません。植田総裁率いる日銀も、いよいよ国債バブルの崩壊を防ぐため、そして進行する物価高を制御するために、政策金利を本格的に引き上げる決断をしました。
では今後、日銀が金利を上げたらどうなるのか。実はこれこそが、「貧乏だ」と嘆いている今の若い世代を直撃する最大の試練なのです。
まず、金利が上がれば、これまでゼロゼロ融資などの低金利環境に甘え、利益率を削りながらどうにか延命してきた生産性の低い企業は、一気に資金繰りに行き詰まります。
世代間格差の犠牲者だと不満を述べている暇はない
物価高倒産に金利高倒産が加わり、若者の雇用環境は厳しさを増すでしょう。
さらに深刻なのは住宅ローンです。今、都心周辺で高額なマンションを購入している若い共働き世帯中には、超低金利を前提とした変動金利で多額のペアローンを組んでいる人もいるでしょう。
日銀が利上げに踏み切れば、彼らの毎月の返済額は容赦なく跳ね上がります。生活費が高騰する中でローン負担が重くなれば、家計はあっという間に破綻しかねません。
そして過去の経験則から言えば、金利が上がればまず株価が下落し、少し遅れて不動産価格も下落に転じます。高いローン金利を払い続けながら、自分たちが買ったマンションの資産価値はみるみる目減りしていく。これが、金利正常化がもたらす冷酷な現実なわけです。
だからこそ、私は若い人たちに言いたいのです。ただ「自分たちは貧乏だ」「世代間格差の犠牲者だ」と不満を述べている暇はないのだと。国はもう、皆さんの豊かな生活水準を補助金で丸抱えできるような余裕はありません。
このままビジョンのない政策の下で、ぬるま湯のポピュリズムに浸っていれば、やがて来る金利上昇の波に完全に呑み込まれてしまいます。
今、真に求められているのは、自分たちの置かれた状況をマクロ経済の視点から直視し、痛みを伴う改革を受け入れる覚悟です。若者は数が少ないから政治力が弱いと諦めるのではなく、自分たちの資産とキャリアを守るために、真っ当な政策を遂行できる政治勢力を押し上げていく必要があります。
ただ国家の保護を求めるのではなく、厳しい経済のダイナミズムの中で自らの価値を高め、自立していくこと。それこそが、本当の意味でこの時代を生き抜くための唯一の道なのです。
文/竹中平蔵

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