最後のアウトを奪った瞬間、黒川凌大の右拳が空に突き上がった。9回2失点の完投勝利。
前半苦しみ、後半輝く。「粘り、粘る」投球が生んだ完投勝利
3月21日、阪神甲子園球場で行われたセンバツ第3日第3試合。花咲徳栄(埼玉)と東洋大姫路(兵庫)の一戦は、23年前の「センバツ名勝負の再現」として注目を集めた。2003年センバツ準々決勝、延長15回引き分けからの再試合という語り継がれる名勝負から四半世紀。その舞台に花咲徳栄のエース右腕として立ったのが、背番号1を背負う黒川凌大だった。
黒川は182センチ・86キロの体格から最速146キロの速球を投げ込むパワーピッチャー。スライダーとフォークという二つの決め球を持ち、昨秋の公式戦8試合で4完投1完封・62奪三振・防御率3.02という成績を残してきた。その「完投能力の高さ」がこの日、甲子園で証明されることになる。
試合は投手戦の様相を呈した。東洋大姫路の先発・下山大翔(3年)が圧巻の投球を見せ、花咲徳栄打線を5回まで無安打に抑え込んだ。
試合が動いたのは8回表だった。7番・谷口ジョージの安打と相手の失策、9番・市村心の安打で1死満塁のチャンス。押し出しで同点に追いつくと、2番・鈴木琢磨の内野ゴロの間に三塁走者と二塁走者が一気に生還し、3対1と逆転した。
黒川はその勢いをマウンドで守り抜いた。8回に1点を返され3対2となったが、最終回も打者に向かい続けた。最終的な成績は9回を投げ被安打9・四死球1・奪三振4・失点2。「ピンチになった時に、淡々と打たせて取ることができた」。試合後のコメントには、勝利の確信ではなく、自分のすべきことをやり切った男の言葉が滲んでいた。
「母譲りのタフさ」と先輩たちへの思い。23年越しのリベンジを胸に
黒川は「母譲りのタフさ」を持つ投手として評されてきた。重い直球と左右に変化する変化球が武器で、岩井隆監督からもその頑丈さを高く評価されている。
花咲徳栄と東洋大姫路には、2003年センバツ準々決勝という因縁の歴史がある。延長15回引き分け、再試合も延長10回でサヨナラ決着という大激闘は、最終的に東洋大姫路の勝利に終わった。黒川がその試合を知ったのは高校入学前のことだった。先輩たちが果たせなかったリベンジを、初出場の甲子園で胸に刻んでいたことは間違いない。
今年のセンバツからDH制(指名打者制)が導入されたことも、この試合の構造を形作った。黒川が打席に入らず投球に専念できる環境の中、「その打席にかけてる子がいる。それがチームに伝わっている」と岩井監督が語ったように、全員の思いが一体になったチームの勝利でもあった。
家族から送り出されたメッセージ——「精一杯、大恥かいてやってこい」——に対し、黒川は試合後に「できました」と答えた。甲子園で恥をかくどころか、完投という最高の形でチームの勝利を引き寄せた。
なぜ「後半型」の右腕が甲子園の重圧に負けなかったのか
岩井監督は黒川について「去年から抑えをやってますんで、後半になればなるほど良くなる投手。体の強さだと思います」と評した。この言葉が、この試合の投球を正確に物語っている。
黒川の武器は常時140キロ前半を計測する速球の「重さ」と「キレ」だ。バッテリーを組む佐伯真聡捕手は「球速表示以上に速く見えるほど。変化球も手元で小さく曲がっていくので打ちにくい」と評価している。序盤は9被安打を許す場面もあったが、失点をわずか2に抑えた背景には、追い込んでからの変化球の精度の高さがある。
具体的には、スライダーで右打者の外角を攻め、そこにフォークを混ぜる配球パターン。東洋大姫路の打者が長打を放ちながらも得点に結びつけられなかったのは、得点圏での投球の組み立てに精度があったからだ。昨秋の関東大会でもスライダーとフォークの2球種で三振を奪うウイニングパターンを確立しており、追い込んでからの「逃げない姿勢」が東洋大姫路打線の焦りを引き出した。
DH制という新ルールの下で、黒川はマウンドだけに集中することができた。守りの9イニングに全エネルギーを注ぎ込み、9回の最後の打者を処理した時の渾身のガッツポーズが、それを物語っていた。
2回戦へ。課題と収穫、花咲徳栄の右腕が見据える次の景色
「今日の反省と課題を活かして、次も自分らしいピッチングができれば」——試合後の黒川の言葉には、勝利に浮かれない冷静さがあった。9安打を許した事実は、本人の中で既に次への宿題として整理されている。
黒川は今春150キロを目指しており、同校OBで埼玉西武に入団した堀越啓太投手のような成長曲線を描くことが期待されている。甲子園という最高の舞台で得た手応えと反省は、右腕をさらに一段階押し上げるはずだ。
花咲徳栄の次戦はトーナメントの2回戦。チームは秋の関東大会準優勝校として埼玉から乗り込んできた集団だ。どこからでも得点できる強力打線に、DH制というルールが追い風となっている。その打線をバックに、黒川が2回戦でどんな投球を見せるか。16年ぶりの甲子園で、花咲徳栄はまだ先を見ている。
まとめ
16年分の思いが詰まった一戦で、黒川凌大は「淡々と」「粘り、粘る」投球で花咲徳栄を勝利に導いた。母から受け継いだタフネスと、先輩たちへの敬意。それが145球の完投として結実した3月21日、甲子園の空は快晴だった。

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