「♪はやく人間になりた〜い!」
これは、ご存知、『妖怪人間ベム』の歌詞。
コミカルであり、おどろおどろしくもあり、悲哀たっぷりの見事なフレーズだ。


そんな『妖怪人間ベム』の原案・脚本家の足立明さんが遺した冒険小説があることをご存知だろうか。
今年6月に刊行された『砂漠の王子とタンムズの樹』(PHP)。
足立明さんは昨年1月、闘病生活の末に亡くなったことが報じられていたが、ご家族が仕事場を整理していたときに、古い書類の中から元となる原稿『赤眼の王子』が発見されたのだと言う。

ファンタジーのキレイなイラストが描かれた表紙からイメージする世界は、おどろおどろしい『妖怪人間ベム』とは一見、結びつかない。読んでみても、やっぱりおどろおどろしい話じゃない。

主人公は、悪の心=「黒の心」をもつ大王と、正しい心=「白の心」をもつ妃の間に生まれた王子・グー。
人々に必要な水や油、食糧、薬など、全てのモノを生み出すのが「タンムズの樹」であり、この樹は人間を肥料としている。そして、この樹を守るために、人間が死ななければならず、管理できるのは「黒の心」だけ……という内容だ。
人間の生活のために「タンムズの樹」は欠かせないものでありつつ、そのために人間が死ななければならないという不条理の中、「美しいもの」「醜いもの」は何なのか、「正しいもの」「正しくないもの」は何なのか、王子は迷い、苦しむ。

思えば、『妖怪人間ベム』で描かれていたものも、そうした矛盾を孕む世界だった。
「人間」に憧れ、「人間」になろうとするがために、どれだけ人間に疎まれても、決して人間を傷つけず、むしろ守ろうとする妖怪人間たち。それは同時に、人間の愚かしさや醜い欲望などを浮き彫りにしてしまう。

根底には、カタチの美しさにとらわれない本当の姿(心)があり、また、人間の醜さ・愚かさの示唆もあり、『妖怪人間ベム』魂が、この『砂漠の王子~』にも共通して流れているように思うのだ。

足立明さんの長女・足立亜委子さんに話を聞いた。
「妖怪人間ベムの原案が『赤眼のグーちゃん』で、『赤眼のグーちゃん』の元の小説が『赤眼の王子』、つまりこの『砂漠の王子とタンムズの樹』になります。確かに、ベムを連想されている方にこの本の表紙を見せると、意外な反応が返って来ますね。おどろおどろしたものでは一切ありません。
ただ、人間の中にある『悪』=黒の心と、『正しく優しい心』=白の心として、物語が進行していきます。
ベム達と同じ様に、その心の葛藤を描いています。
容姿としてではなく、生まれ育った環境、境遇が『悪』である王子の物語なのです。作者本人に聞けば、どうつながりがあるのか、流れや組み込み方を聞けるのですが、今は、それを予想することしかできません」

大人も子どもも、楽しみ、考えさせられる冒険小説。親子で読んでみませんか。
(田幸和歌子)