でも、それでも、私はどちらかといえば持った方。見切りをつけ、一カ月も経たないうちに辞めてしまう人も少なくなかったから。そして、雇う側もそれは承知の上だったように見えた。恐らく、私のバイト歴の中で最もハードだった職種である。
電話越しに怒鳴りつけられる苦痛と消耗度合いは、忘れられない。ハッキリ言って、しんどい。そして、その対策法としては「感情を消す」くらいしか無いと私は思っていた。
……あの頃にこの本を読んでいたら、もっと上手に電話業務をこなせていたかもしれない。
いや、それだけではない。入社時には全く成績が出せなかった著者だが、遂には300人のオペレーターを指示するチームに最年少で配属され、年間2000億円の債権を回収するまでになる。そんな姿が記録された、現代の成長記。
「ツイッター経由で著者が更新していたブログの存在を知り、書籍化をアプローチしました」(文藝春秋「CREA」局出版部・井上敬子氏)
榎本氏が2010年より始めているブログや、当時連載されていたJCASTのコラムなどを元に大幅加筆、書籍用に書き下ろして出来上がった一冊だそう。
それにしても同書、ツカミが秀逸である。ページを開くと、いきなり「今からお前を殺しに行くからな」なんて物騒な文章が目に飛び込んでくるのだから……。どうも筆者の職場では、こんな言葉を浴びせられるのは日常茶飯事らしい。
そんな部署に配属された榎本氏なのだが、そのパーソナリティがあまりにも向いていない。
「気弱で、道を歩けばキャッチセールスに引っ掛かり、待ち合わせに2時間遅刻してきた友人にも一言も文句を言えない性格でした」(同書から)
入社してからは、もう惨々。体重は半年で10キロ減るわ、10円ハゲができるわ、ストレスが原因のニキビが火傷のように顔中にできるわ、彼氏とは別れるわ……。
しかし、ただ打ちのめされてるだけじゃない。もがき苦しみながら、“督促OL”としてのスキルを不器用なりに開発していく。そして、その一つは「約束日時は相手に言わせる」という技術。支払いが滞っているお客さんの口から「○日に払うよ」と言ってもらえるよう、言質を取るのだ。
でも、もしその日にお金が払われていなかったら……。
「約束を破られた直後はある意味チャンス。約束を破った直後に電話すると、まだお客さまの心の中に『約束を破ってしまって悪いな』という負い目がある」
「『お客さまが○日にご入金してくださると言うからお待ちしてたんですよ……』、こう訴えることで罪悪感を刺激する」
気弱でヘタレで物事を強く言えない筆者のようなタイプが辿り着いた策が、このやり方である。
他にも、まだある。ある日、ストレートに「ご入金の確認が取れていないのですが……」と切り出すと、急にブチ切れられてしまった筆者。ストレートな物言いは、相手のプライドを傷付けてしまうこともある。
そこで習得したのは、論理学の本から発見したこのスキル。
「『お金を返して』と言うのではなく『何日に払える?』と尋ねる」
人間の脳は、疑問を投げかけられると無意識にその回答を始めるそう。
他にも、電話の冒頭に「朝早くお電話して申し訳ございません!」といきなり謝ってしまう“先にごめんなさい作戦”、電話の切り際に「厳しいことを申し上げましたが、くれぐれもご無理はしないでくださいね」と語りかける“ツンデレ・クロージング”、ゆっくり喋ると自信ありそうに聞こえ、穏やかな雰囲気で交渉することができる“「ゆっくり=自信」の法則”など、目から鱗落ちまくりのスキルが同書にはこれでもかと掲載されている。
だからこそ皆さんには、同書を“実用書”としても役立てていただきたい。
例えば、相手の罪悪感を刺激するスキル。これは、しょっちゅう遅刻したり締め切りを守らない相手に有効である。待ち合わせ時間や締切日を相手の口から言ってもらい、それが破られたら「日時はあなたが決めたんじゃないですか~」って罪悪感を刺激すれば良いのだから。お金をなかなか返してくれない友人には「何日に払える?」「いくらだったら払える?」と、出方を変えてみたら良い。きっと、無意識に回答を考え始めるだろう。
そして筆者自身には、こんな経験があるという。ある日、街を歩いていたらキャッチセールスに声をかけられ、しかも腕まで取られてしまった。
「お役に立てなくて本当にごめんなさい! 今ちょっと急いでるんです!」
いきなり謝られてびっくりしたキャッチのお兄さんに隙ができ、その刹那腕をはずして走って逃げた筆者。去り際に「声をかけてくれてありがとう。
そんな同書への反響は、様々。「督促だけでなく、人と接する自分の仕事の人に役立つ」、「評価されず、しかも感謝してもらえない仕事をしていて心が折れそうになっていたが、元気が出た」、「仕事に文句を言って何もしていなかった自分はまだ甘いと思った」と、色んな立場による幅広過ぎる感想が寄せられている。
ちなみに私が最も唸ったのは、その名も“悪口コレクション”なるスキルである。「馬鹿野郎!」、「ふざけるなテメェ!」、「ブス! 不細工!」といった罵詈雑言を浴びせられ続ける、コールセンターでの毎日。
そんな時は、暴言を点数化してみせたらいい。1回怒鳴られたら、それを「1ポイント」としてカウント。10ポイント貯まるとお菓子を買ったりジュースを買ったり、自分に小さなご褒美を与えてあげる。
これは、筆者が絶好のサンプルだ。実践すると、以下のように人が変わってしまう。
「私も次第に電話で怒鳴られることが待ち遠しくなってきた」
「『あ~あ、あと1回で10ポイント達成なのに、昨日も今日も全然怒鳴られなかったなぁ……』なんて、お客さまに怒られなかったことをガッカリする始末」
厳しい世の中を生きていくために培われた、突飛過ぎるこの技術。
(寺西ジャジューカ)
関連リンク
■ 「文藝春秋」ホームページ
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