JAXA名誉教授・中谷一郎氏は著書『意志を持ちはじめるロボット』(ベスト新書)で、30年のあいだに人間が雑用から解放されること、300年後には人間がロボットと融合した新種生物「ヒューロ」が誕生することを予測する。かたや、超技術の数々が生まれる新たな時代「魔法の世紀」を提言するメディアアーティスト・落合陽一氏はロボット社会に何を見るのか?
来たるべきロボット社会における、人間の生き方と役割を語ってもらった。人間の寿命はインターネットと同じになる?
中谷:アメリカの起業家・発明家のレイ・カーツワイルは私より過激なことを言っていて、30年経つと本当にロボットと人間が融合して、人間の脳の内容が全部ロボットになると予測していますね。ナノボットを用いて人間の脳の機能を完全に解明するというようなシナリオも提案しています。
そうなるとどういうことが起こるかと言うと、「永遠の命」を得られる。つまりメモリーさえ整備しておけば、どんな事故が起ころうが同じ意識を持った人間が複製できるわけですから、人間はロボットになった途端に死ななくなる。だからカーツワイルはなんとか永遠の命を得ようと、あと30年生きるために何百種類ものサプリメントを飲んでるみたいですね(笑)。ですから、「永遠の命」というのは一つのターゲットになっているみたいですね。
落合:必ず寿命は延びるでしょうけどね。今の画像検出技術、検査技術は30年前の比じゃないほど伸びているんですけどね。そうなると病気は本当にすぐわかるから欠陥はすぐ取り除けるし、これからも寿命はどんどん延び続けますよね。
医療の世界は人間実験するのに時間がかかることもあって、いちばんテクノロジーが入っていくのが遅い分野です。
中谷:医療の人たちはものすごい保守的ですよね。最新の技術を直ちに医療に使ってしまおう、ということは絶対に許されないですよね。
落合:治験や実施試験を考えるとだいたい10年くらい遅れますから、今の医療は2010年代のものをやっと承認できるということですね。2000年代の僕らはスマホも持ってなかったし、インターネットもこんなに高速じゃなかったし、ディープラーニングもなかったし、画像認識もそんなに速くなかった。
医療の人たちはCTとかMRIの分野は強いけど、人間の身体にラディカルにやることはしません。だからまだまだ伸びしろはすごいあるんですよね。いちばん慎重な分野だから、逆に今のイノベーションを取り込む期待はまだまだあると思います。
中谷:ええ。カーツワイルは今68歳ですけど、あと30年は長生きしたいと言っていますね。
落合:あの人は普通にそれくらい生きそうですね(笑)。カーツワイルの話しで言うと、僕もよく「意識ってそんなにあるかな?」と考えるんです。
たとえば僕は、脳みそを何分割して取り除いていったら、人間は意識を保ったまま機械になれるのかということにすごい興味があるんです。脳みそを全部取り出して、そこにロボットを入れてしまったら、その個体は100%死んでいると思いますけど、右脳と左脳を半分で分けて、どちらか一方をロボットにしたらどうなるのか。四分の一ずつ切り分けて、四分の一ずつ交換していったらどうなるのか。そうやっていくと、人はやがてロボットになってしまうかもしれませんよね。
もちろん、人間の身体に異物を入れたら大変なことになるので課題はたくさんありますけど、意識の連続性は「脳をどこまで置き換えたら自分ではなくなるんだろう」という議論になると思います。ただそこまで行ってしまえば、人間はもうインターネットと同じで機能停止しないので、寿命は1億年くらいになるかもしれませんね。「ヒューロ」になった人間が宇宙を開拓していく

中谷:いずれにしても人間は進化して無機物になっていくと思いますから、そもそも睡眠という概念もなくなるでしょうね。やはり地球の資源とか環境は有限で、何億年といった長期にわたって人間を支えていくとは思えません。人間が滅びてしまうか、ヒューロのような形で宇宙に展開していくか二者択一だと思いますね。私たちは展開していく方を選ばなきゃいけないんじゃないかな。
落合:100%展開していくと思いますよ。
たとえば、すごく性能のいいインターネットのサブコピーのような宇宙船があるとします。その宇宙船自体が思考をしていて、そこに乗っている人間が自律的に子供を増やせるような家族だとしたら、これも全体で一つのヒューロだと言えそうですよね。こういう開拓船を地球から宇宙に出していくというのはSFでよく書かれるシナリオですけど、十分に可能だと思いますよ。
社会システムから切り離された少数の人数がとる行動を予測するには、もう少し心理学的な知見がいるかもしれないですけど、宇宙を開拓していくようにはなります。まずは一個体を先行させてばらまいたあとに、人間を行かせるのがいい感じかな。
中谷:真空に人間がいく、無機物になった知的生命体が宇宙に展開していくのはちょっと想像できないと思う人が多いんですが、実はそんなに突拍子もない話しじゃないですよね。
生命は38億年くらい地球上にいるわけですが、その内の34億年くらいは海の中でした。まだそれが陸に上がってきて4億4000万年程度ですから、本当にわずかな期間なんです。その流れから見て、これから先に何億年と生命がつながっていくのであれば、活動圏を真空に広げて行かざるを得ないんじゃないかという気がしますね。
落合:水から酸素外気に適応できたわけですから、真空に生き物が適応することも可能だと思います。
今はまだ実験できないですけど、真空に適応できるような人工実験環境を保って実験するのも面白いかもしれない。そういった生態系を10億年くらい保つためのロボットは作れるかもしれない。地球は外乱が多いので難しいですけど、太陽光で自立発電するようにしておいて、ラグランジュポイント*かなにかに浮かしておいて、その中でずっと交配実験していくような系を組む研究は可能かも。そういうこと考える研究者も多いのでそれはやるかやらないかだと思います。
ちなみに、まだ倫理的な問題で研究が進められていないと思うのですが、コールドスリープ(冷凍睡眠)の研究は進めた方がいいと僕は思うんです。凍らせてしまえば隣の惑星に行くのも楽だし、1万年、2万年は平気で保存できると思うんですよ。中谷先生は100年くらい自分を保存できるとしたら、やりますか?(笑)
中谷:やるとしても、コールドスリープは、時間つなぎですかね。究極的には人間はやがて無機物の新しい生物になると思うので、もし今の私の寿命が無機物のロボットになるまで続かないとなれば、コールドスリープもやるかもしれませんね(笑)。
落合:真空に対応するということを考えると、やっぱり人間は無機物になると思いますよ。
中谷:無機物になってしまえば、進化もDNAなんかではなくて「設計」になりますからね。
落合:CADで無機物のロボットを自由に設計できるとすると、そのロボットは進化をしないわけですよね。今人間が持っている遺伝情報というのは、たかだか3GB程度なんですよ。でもペッパーの外部記憶を伴わないアルゴリズムの情報や外装データだって3GB以内に収まっていますから、その程度のロボットを作ることって余裕なんですよね。
つまり、通信しているインターネットの側はものすごいデータが多いんですけど、外装のCADデータなんて本当に大したことがない。インターネットありきで考えれば、人間の設計図は単純なのかもしれません。
中谷:本当は押さえるべき情報というのは、そんなに多くないのかもしれないですね。今ロボット研究の一部に遺伝的アルゴリズムを使ったものがあります。
これは、人間が計算して設計をするのではなくて、コンピューター上に遺伝子のようなものを作って、コンピューターの内部で自然淘汰のようなことを繰り返すことにより人間が想像すらしなかったような設計を実現するものです。コンピューターの中での進化の結果、ごくわずかな情報で、人間がまったく思いもつかなかったようなロボットに進化していくわけですね。
落合:人間だって、何の知識もない状態で生まれてきて、社会システムが教育してデータ量を増やしていく生物ですからね。
だから情報量からしたら、無機ロボットはありだと思いますよ。無機的な外装と、有機的な遺伝情報の両方を持っているものが普通になっていくんじゃないでしょうか。さきほどのヒューロのような人間とコンピューターをセットにしたシステムという発想で言えば、心理学と教育学の知見が入ってきて、「教育」が進んでいくかもしれません。ロボットの優生学は止めることができない
中谷:ただそれも30年くらいの短期的な話しですね。ロボットが次世代のロボットを自分で設計するようになったら、教育も哲学も倫理学も法律もリセットされてしまうと思いますね。数百年くらいのオーダーで考えると、我々人類はある種の初期値をちょっといじるくらいで、そこから先どうなるかはなかなか予想もできないし、うまくいけばバラ色、まずいととんでもない将来が待ち受けている気がしますね。
落合:何が起こってるかまったくわからないですね。たとえば、地球環境を保存するためには全体最適で人間の数を減らしたほうがいい、という発想に陥るかもしれない。ロボットには寿命がありませんから、300年といった長期的なスパンでそういうプランを実行していく可能性はあると思います。
人間には寿命があるので、一個体としてはそういうことを認識しないけど、全体としてはいつの間にかある人種がいない、というようなことはあり得るでしょうね。そういった人種的な政策は、前世紀には人間が直接人間を殺す、という形で行われましたけど、寿命が10万年、100万年あるロボットにしてみたら自由です。つまり、1万年後にはホロコーストはつくり出せるかもしれない。
中谷:そうですね。こういう人間は抹殺してしまえばいいという、今の我々からするととんでもないような倫理観がきわめて説得力を持って、ある種の規範になっていくかもしれない。しかもそれを我々が感情的に否定するのは難しい。
そもそも、我々の規範のもとは「死」だと思うんです。どんな宗教でも倫理でも法律でも、古今東西どこの国でも「死」はあらゆる思想の原点ですよね。でも「死」や「殺す」という概念がなくなって、我々とはまったく違う破壊的な倫理観が合理性を持ってすごい勢いで展開していく、という心配は十分にありますよね。
落合:もちろんそんなものはありませんけど、もしも犯罪を起こしている遺伝子というものが特定されたとして、もしくは犯罪を起こしている遺伝子と教育の組み合わせがわかったとしたら、それを長期スパンで排除していくような思想にはなりえると思いますよ。
優生学的な思想というのは、時間スパンが短かったから批判の対象になったんですけど、インターネットのスパンで動いてくるとあり得る。もちろん僕の中では倫理的にいけないことだと思うんですけど、一個人の優生学的な思想を超えた場合、その良し悪しはあとの人類に委ねます。だって、個体に影響しない優生学を人類の進化というのか、虐殺というのかは判断できないんですよね。
僕らの世代はがんの遺伝子や病気の遺伝子を意図的に改変して取り除こうとしていくと思うんですけど、それが優生学じゃないって言えませんよね。がんは病気だと言ったら、殺人だって病気かもしれないですよね。しかも当人には気づかず次の世代で克服されていく。
ロボットがもたらす「ベーシックインカム」
中谷:ええ。ただ、一方でバラ色の未来もあり得ます。知的活動も芸術活動も、政治家・軍のトップのような高度な戦略判断も、ロボットが人間より優れた形で行うようになる。そうなると、人間はもうやることがないですよ。朝から温泉にでも入って、お酒飲んで遊んでいるしかない。
今はまだそんなことをしていたらお金に困ってしまうんですけど、これからはロボットがどんどん新しい富を生み出してくれるようになりますね。当面もベーシックインカムという考え方がありますけど、ロボットがみんなにお金を配るので人間は遊んで楽しくやってください、という社会をロボットが推進していくかもしれない。それをバラ色の未来というか、腐りきった未来と呼ぶのかはわかりませんけどね。

落合:バラ色というか、普通だと思います。ただ、文化によってかなりの差が出るんじゃないでしょうか。北欧系は税金が高いのをよしとする文化ですけど、日本はベーシックインカムに納得できないタイプだと思うんですよね。だから、日本では平均賃金を上げることで対処する、という感じかな。もしくは子育て支援金がものすごい金額もらえるとか、きっと労働と悪平等をうまく社会システムに組み込んでいくと思います。
中谷:確かに日本人のメンタリティにどこまで馴染んでいくか、というのは難しい問題だと思います。ただ、あらゆる仕事をロボットが人間より高いレベルでやるようになったら、人間のやることはなくなりますよね。人間の生きがいだの倫理だのといった、贅沢なことは言っていられなくなると思いますよ。
落合:たぶん、みんなポケモンGOやっている感じだと思います(笑)。たとえば「Uber」の運転手の仕事ってすごくポケモンGOっぽいんですよ。アプリを起動して、ある地点でお客さんを乗せて、お客さんを降ろすというのはきわめて位置情報ゲームなんです。ポケモンGOの場合は経験値とかゲーム内でしか使えないパラメータをもらうんですけど、Uberの運転手はそれでお金をもらっている。この二つって、実は何も違わないんですよ。
中谷:なるほどね。
落合:きっとコンピューター制御の働き方になっていくと、働いているのか遊んでいるのかよくわからないと思うんですよね。そうやって局所最適に人間がシステムに組み込まれると思います。現状、リスク管理はロボットの方が得意なんですけど、デンジャーに対応するのは人間の方が得意です。リスクは想定しえるんですけど、デンジャーは想定しえない。
たとえば、運転している車に隕石が落ちてきて車が大破するというのは、リスクじゃなくてデンジャーですよね。だからロボットの腕がなぜか野良猫に引きちぎられてしまって、この腕をどうすればいいかという対処フローはまだ人間の方が得意なんです。やがてはロボットの方が得意になると思いますけど、コストの観点から人間を入れておけばいいっていう発想にはなりえると思う。
あとよく思うのは、人間ってけっこう便利なんですよね、壊れても直るから(笑)。ロボットは結構直すの大変なんですよ。パーツを付け替えればいいんですけど、パーツの製造工場がそこら中にあるわけじゃないし。でも人間は体内に製造工場を持っているから、表面が壊れても直るんですよ。
中谷:宇宙でもそうですね。モノが壊れる予想をしておけばスペアパーツを持って行けるけど、まったく予想してないところが壊れたらどうしようもない。だからまさに宇宙ではそういうことが先端的に現れる研究対象なのですね。
落合:人間をコールドスリープして積んで置いて、10年くらいかけて教育して出力すればロボットよりも壊れにくいロボットとして働く、というのはあり得ると思います。結構極論に聞こえますけど、本当に宇宙に人を送ることになったらそういう考え方しますからね。もちろん乗務員が死亡したらオペレーションは変わりますけど。
中谷:NASAではよくexpect the unexpected、つまり予想しなかったことを予想する、という議論をしますね。スペアパーツは何と何をどのくらい持っていけばいいのか。ロボットは自分で臨機応変に何をしてくれるのか。人とロボットどっちを送るのかというのは大議論ですね。
編集部注
*ラグランジュポイント……一般に質量がきわめて小さい物体が、質量の大きい2天体と同じ周期で周期運動できる位置。多くの場合は不安定な軌道をとって天体とぶつかるが、その位置関係がほとんど変わらないまま周期運動できる点が合計5つ存在する。
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落合陽一(おちあい・よういち)1987年生まれ。筑波大助教。メディアアーティスト。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。IPA(独立行政法人情報処理推進機構)認定スーパークリエータ。超音波を使って物体を宙に浮かせ、三次元的に自由自在に動かすことができる「三次元音響浮揚(ピクシーダスト)」で、経済産業省「Innovative Technologies賞」を受賞。2015年には、米the WTNが世界最先端の研究者を選ぶ「ワールド・テクノロジー・アワード」(ITハードウェア部門)において、日本からただひとり、最も優秀な研究者として選ばれた。中谷一郎(なかたに・いちろう)
1944年生まれ。JAXA名誉教授、愛知工科大学名誉教授。1972年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。電電公社電気通信研究所に勤務し、通信衛星の制御の研究に従事。1981年より宇宙科学研究所(現JAXA)に勤務し、助教授・教授を務める。科学衛星およびロケットの制御、宇宙ロボットの研究・開発に従事。東京大学大学院工学系研究科助教授・教授、愛知工科大学教授、東京大学宇宙線研究所客員教授・重力波検出プロジェクトマネージャーを歴任した。