言って聞かせて
させてみせ
褒めてやらねば人は動かじ
──山本五十六写真/アフロ
旧大日本帝国海軍の連合艦隊司令長官を務め、最終的な階級は元帥海軍大将という山本五十六氏は、軍隊というピラミッド型の上意下達組織において、最上位階層のなかでも頂点にほど近いポジションに就いていた人物でした。
いわば一流の組織人であり、有能なリーダーだった山本氏。
前回紹介した「男の修業」と並んで、山本氏の残した言葉として頻繁に持ち出される名言に、次のような一節があります。
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やってみせ 言って聞かせて させてみせ、ほめてやらねば 人は動かじ
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「人材を動かしたいのであれば、まずは、自分でやってみせる。そのうえで、きちんと説明や解説を加える。そして、実際にやらせてみるわけだが、大切なのはしっかりと褒めてやること」……意味合いとしては、そんなところでしょうか。
この言葉は、マネジメントや人材を教え導く際に忘れてはならない勘どころとして、経営者や管理職に就いている現代のビジネスパーソンの間でも人気の名言です。ビジネスにおいてだけでなく、育児やスポーツ指導など、誰かを育てる場合に幅広く応用できる要諦としても紹介されることが少なくありません。
この一節は、山本氏独自の発言として紹介されていることも多いのですが、もともとは江戸時代の名君である米沢藩9代目藩主・上杉鷹山(治憲)の言葉「してみせて 言ってきかせて させてみる」を応用したものだとも言われています。山本氏は鷹山のこの言葉を人生訓のひとつとしており、自身の手紙や色紙によく書き記していたとか。そうした過程で形作られたのが、先に引いた「やってみせ……」ということのようです。
さて、今回の名言には、まだ続きがあります。
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話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず
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「人材を育てたいなら、話し合う機会を設けて相手の話を傾聴し、それを認めて、任せることが大切」というわけです。
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やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば 人は実らず
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「その人材が立派に成長し、ステップアップできるようにするためには、頑張って取り組んでくれている姿を感謝の気持ちとともに見守り、信頼を寄せる姿勢を持たなければならない」という具合です。
立場が下の人間としてこれらの発言を聞かされたら、「こんな上司、指導者、親がいてくれたら……」と素直に感じ入ってしまうような内容といえます。が、いざ自分がこれを実践しなければならない立場になったとしたら、そうやすやすとはできないことを痛感することになるでしょう。
褒めて、任せて、信頼する──言うのは簡単ですが、現実はそうたやすくありません。たとえば、下の人間に対して「なぜできないのだ、と叱責してしまう」「相手の発言を頭ごなしに否定してしまう」「相手のことが認められず、つい余計な口を挟んだり、手を出したりしてしまう」「自己保身の感情も手伝って、『言う通りに動かないのでは』『ミスをするのではないか』などと疑心暗鬼になり、相手のことを信用することができない」といった状況に、とかく陥りがちです。
今回の山本氏の名言が物語っているのは「まずは自分自身が周囲の人々や仕事に対して誠実でなければならない。そのためにも、自己研鑽を怠ってはならない。決して傲慢にならず、周囲に寛容でなければならない」といった、上に立つ者が持たなければならない覚悟と矜持、そして克己心であると、筆者は考えます。人材育成の本質とは「自分がこれまで、どれだけ成長できたか。そして今後、どれだけ成長できるか」を冷静に自己分析する営みに他ならないのではないでしょうか。
人材を育てる過程では、教える側のストロングポイント、ウィークポイントが炙り出されていくもの。
山本氏の説く人材育成の要訣は、そう私たちに問いかけているように思えてなりません。