数多くの大企業のコンサルティングを手掛ける一方、どんなに複雑で難しいビジネス課題も、メカニズムを分解し単純化して説明できる特殊能力を生かして、「日経トレンディネット」の連載など、幅広いメディアで活動する鈴木貴博氏。そんな鈴木氏が、話題のニュースやトレンドなどの“仕組み”を、わかりやすく解説します。


 9月22日の最終回放送分が平均視聴率42.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)の高視聴率をマークするなど人気を博した、7~9月期の連続テレビドラマ『半沢直樹』(TBS系)。

 先日、その人気の秘密をテレビ番組の中で解説する役割を仰せつかった。『半沢直樹』の人気についてはすでにさまざまなメディアで解釈がなされている通りなのだが、番組内で私が特に強調して指摘したのは、このドラマがリアリティを追及している一方で、非常に上手にフィクションを埋め込んでいるということだった。

『半沢直樹』には、銀行マンのリアリティが溢れている。視聴者の方が「あれはちょっとないよね」と思うような一見荒唐無稽な箇所が、実はかなりリアルだったりする。しかしその一方で、視聴者があまり気にしていないようなところで、巧みにフィクションの要素をとり入れる。そこがうまいのだ。

 よく考えてみればわかるのだが、視聴者はリアルすぎるビジネスものなど見たくない。そこにファンタジーがなければ面白くないのだ。半沢次長が取締役会の席で、悪の常務に土下座をさせるようなファンタジーな場面があるから、視聴者はすっきりするのである。そしてそのようなファンタジーを一見リアルなものと錯覚させるため、リアルな設定の中に少しずつ視聴者を騙すフィクションをちりばめることで、筋書をエスカレートさせている。だからこのドラマは面白いのだ。

 そこで今回は、かなり野暮な話でもあるのだが、ドラマのどこで大きなフィクションが入っているのか、リアルではないがゆえにドラマを面白くしているポイントを3つ、紹介させていただこう。今回は読者のみなさんもあまりマジにならないで、愉しみながら読んでいただきたい。

【半沢直樹のフィクション1】金融庁はメガバンクが破綻しても喜ばない

 第2部の東京本部編で半沢直樹を追い詰めるのは、金融庁検査である。銀行の重要顧客である伊勢島ホテルが経営破たんすると、メインバンクである東京中央銀行自体が連鎖的に破たんすることになる。そこで、頭取命令を受けた半沢直樹は伊勢島ホテルの再建計画を後押しする。

 ドラマの第9回放送は、この銀行の命運を分ける金融庁検査の場が舞台となった。運用失敗による120億円の損失に加えて、システム開発を委託した会社の破たんで113億円の損失が加わり、半沢直樹の再建計画は暗礁に乗り上げる。

 息をのむ展開の中、黒川検査官が、「これで伊勢島ホテルの破たんは決定ね!」と勝利宣言をすると、金融庁のスタッフが一斉に「やったあ」と喜びの声を上げる。ところが最後の場面で逆転の知らせが入り、伊勢島ホテルの経営存続が決まる。今度は、東京中央銀行側の営業部長が「よっしゃー」と金融庁に対してガッツポーズ。ドラマを見ている視聴者は半沢直樹に肩入れをしているので、おそらくこのシーンで一緒にガッツポーズをしたことだろう。

 しかしよく考えてみれば、金融庁がメガバンクの破たんが決まったら「やったあ」と勝鬨の声を上げたり、ホテルの経営存続が決まったらバンカーが役人に向けてガッツポーズをするというのは、完全に「ありえない」シーンである。

 金融庁は銀行を破たんさせるのではなく、銀行を存続するように動くのがリアルな設定である。にもかかわらずこのありえないフィクション設定を視聴者がリアルなものと勘違いしてしまうのは、金融庁検査が銀行にとって厳しいものだというリアリティを段階的に誇張していくことで、状況を徐々にエスカレートさせていき、最後の最後に視聴者をファンタジーの世界まで連れて行く演出力のたまものなのだ。

【半沢直樹のフィクション2】外資系プライベートバンクはティッシュを配らない

 第1部の大阪編では、粉飾によって倒産した西大阪スチールから5億円を回収するために半沢直樹が奔走する。西大阪スチールの東田社長の隠し財産がどこかにあって、それを押さえれば貸出金の回収が叶うのだが、社長の脱税を追う国税庁チームと競争しながら資金を追いかけるレースが第1部の見どころとなる。

 半沢直樹が隠し財産のありかを発見するきっかけは、逃走する東田社長の乗る高級車に置いてあったティッシュボックスだった。一般庶民はなかなか目にすることができないが、日本の銀行は大口預金をすると顧客にティッシュボックスやらタオルやらクレラップやら、銀行の名前入りの家庭用グッズセットをプレゼントしてくれる。

 実は東田社長の車には、プライベートバンキング大手のニューヨークハーバー信託銀行のロゴの入ったティッシュボックスが無造作に置いてあったのだ。海外の銀行に詳しくない国税庁の職員を後目に、半沢たちは東田の隠し口座を抑えることに成功する。

 というのも実は「ありえない」シーンである。そもそも外資系プライベートバンクは、大口預金をしてもティッシュボックスなど配らない。もちろん優良顧客に対しては、個室に招き入れてくれておいしいコーヒーをご馳走してくれるあたり、日本のメガバンクとは違うが、もしプレゼントしてくれるとしたら家庭用品などとは違った、もっと洒落たものである。

 ちなみに私がこれまでもらったものは、木製の軸にロゴの入った書きやすい高級ボールペンと、ヨーロッパの有名ブランド製のマグカップだった。

ティッシュボックスというのはプライベートバンクの贈答品としてはありえないのである。

 もうひとつの隠し財産の証拠が、東田社長の内通者が隠し持っていた米国系銀行の預金通帳だったが、米国のメジャーな銀行では通帳は使わない。日本でも外資系銀行から発行されるのはたいがいはA4サイズの取引レポートだ。念のための豆知識ではあるが。

【半沢直樹のフィクション3】グレーになった段階でアウト

「クソ上司め、覚えてやがれ!」というキャッチフレーズそのままに、半沢直樹のドラマの中では、半沢の上司が何らかの不正に関わっていて、半沢の邪魔をする。ドラマの中盤で上司の不正の証拠が見つかるのだが、毎回、「これではまだ証拠が足りない。確実な証拠がない」といって半沢のチームが悔しがるシーンがある。実際は不完全でもここまで灰色の証拠があれば、その証拠を人事部に伝えた段階で、行員である上司はアウトである。

<事例1>
 破たんした西大阪スチールの東田社長の愛人から5000万円の謝礼を振り込まれた証拠を、半沢につかまれた銀行の上司。別にそれが東田社長の指示だと証明されなくても、この段階でアウト。

<事例2>
 行内検査で意図的に書類を抜き取って半沢を追い詰めた検査役が、自分のカバンの中から紛失した書類を見つけられたシーン。他の検査チームメンバー4人が横で見ていた以上、この段階でアウト。

<事例3>
 銀行の取引先から妻の会社に3000万円の迂回融資をしていたことが発覚した役員。「私の知らなかったところでたまたま妻とその知人が信頼関係の中でやったことだ」と申し開きしていたが、グレーな取引が発覚した段階でアウトというのが銀行のルールだ。

 銀行はクリーンである必要があるため、グレーなものはクロとして処分するのが通例だ。もっとも常務クラスを解任するとなると、それこそ金融庁への報告が必要になるため、リアリティとしては密室でつるし上げて本人の意思で退任させ、健康上の理由で銀行からいなくなるかたちになるものだ。

 と、ここまで書いて私も大きな見落としをしているのに気がついた。人事部が機能していない場合、つまりドラマで描かれたように取締役人事部長が悪い上司なら、三番目に指摘した「ありえない話」は、すべてありえてしまうではないか。

 そう考えると『半沢直樹』、意外と細部までリアリティのある話だったのかもしれない。
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

『半沢直樹』ヒットの秘密は“ありえない”フィクション? グレー=アウトな銀行の内情
●鈴木貴博(すずき・たかひろ)
事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。
ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『NARUTOはなぜ中忍になれないのか』『「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱』(ともに朝日新聞出版)、『戦略思考トレーニング』(日本経済新聞出版社)、『カーライル 世界最大級プライベート・エクイティ投資会社の日本戦略』(ダイヤモンド社)などがある。
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