大正14年8月15日の深夜2時頃のこと、埼玉県秩父郡中川村(現・秩父市)で店舗を兼ねた住宅が爆破された。突然のごう音に驚いた住民が駆けつけると、家屋が大破し、住民である飲食店経営の女性(47)が重傷。

被害の状況から、住居裏の塀に工業用ダイナマイトを仕掛けて爆破させたらしいことが判明。経営者一家を狙った殺人未遂事件として、警察が捜査を開始した。

 そして事件発生から9日後の24日、警察は近隣に住む金澤らく(45)と関根金五郎(48)の2人を呼んで取り調べたところ、犯行を自供した。

 警察の調べによると、被害女性は近隣の小鹿野町で酒造業を営む男性と男女関係にあったが、この酒造業の男性は金澤とも関係を続けていた。このことを以前から知っていた金澤は、三角関係を解消して男性を独り占めしようと考えていた。しかし、おそらく男性が言うことを聞かなかったのであろう、「ならば、邪魔者を消してしまえ」とばかりに、被害女性の殺害を目論んだ。
そこに酒造業の男性の下請として働いていた関根が、金澤からカネで誘われて犯行を引き受けたとのことだ。

 ところが金澤という女、よほど被害女性が憎かったのか、本人だけでなく「一家まとめて皆殺しにして」と言いつけたようだ。そこで関根は女性の自宅の裏手にある塀に穴を開け、ダイナマイト2本を仕込んで爆発させたというわけである。そして、塀と家屋の一部は吹き飛び、被害女性は負傷したものの、死者を出すには至らなかった。もし関根が爆発物についての知識や経験があったならば、女性はもちろん何の関係もない11歳の娘の命まで失われていた可能性もあった。何とも恐ろしきは女性の嫉妬というべきか。


 ちなみに、明治から大正にかけて、ダイナマイトを使った事件や事故が頻繁に起きていた。この事件のように殺人に使用されるケースのほか、自殺や心中に使われることも少なくなかった。たとえば、ダイナマイトを懐に入れ、抱き合ったまま点火して心中を図った男女カップルの例もあった。挙げ句は、大正9年6月には兵庫県神戸市で、50本入りダイナマイト5箱が「落し物です」と届けられる事件まで起きている。

 当時、軍隊の火薬庫は警備が厳重だったものの、鉱山などで使用される火薬や爆薬は管理が甘く、盗まれたり、あるいは関係者によって転売されたりするケースが多かったらしい。何とも物騒な時代だったものである。

(文=橋本玉泉)