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クソみたいな現実を! 金城一紀『映画篇』のコミカライズが出た

2011年4月11日 11時00分

『映画篇』原作 金城一紀・漫画 遠藤佳世/ビッグコミックススペシャル
あの頃の俺たちは大好きな映画について語り合って笑ってた。でも人生は映画のように上手くはいかないんだ。

金城一紀の小説『映画篇』コミカライズされ3月30日に1巻が発売された。
原作は5本のショートストーリーで構成されている。コミック1巻には「太陽がいっぱい」と次編の「ドラゴン怒りの鉄拳」の序盤を収録。
金城一紀には在日コリアン(三世)を主人公にした「GO」という小説も書いている。
自身も在日コリアンであり、それは『映画篇』にも反映されている。

『映画篇』の各タイトルは実在の映画の邦題をそのまま使っている。
最初の回想シーンで主人公と龍一(リョンイル)永花(ヨンファ)の3人が担任に呼び出され集まる。
もし映画「太陽がいっぱい」を知っている人はそのシーンで「もしやこの3人が……?」と思うのではないだろうか。
映画「太陽がいっぱい」とは貧乏な主人公トムが金持ちの友人フィリップとそのフィアンセと共に行動するうちにトムがフィリップに腹を立て殺害し、巧妙なトリックで金もフィアンセも手に入れようとするサスペンスだ。
う〜ん、ジョージ秋山の「銭ゲバ」のようだ。
というか僕は『映画篇』を読んでから気になって初めて映画「太陽がいっぱい」を観た。
どうやらすっごく有名らしい……。

さて、ところが『映画篇』の「太陽がいっぱい」はそういう恨みで殺したり奪ったりなんて話ではない。
確かに大人しい主人公と活発な龍一はトムとフィリップのように違う。
だけど映画の趣味はそっくりで、いつも大好きな映画の話で盛り上がっている。
ひとつ違うとすれば龍一が「主人公に父親がいない映画がいい」とやたら言うところぐらいだ。
そう、二人には父親が居ないという複雑な共通点もある。
お互い滅多に口にはしないが、聞いてほしい時はお前だけに話すぜ。
そんな親友だ。
まさに「太陽がいっぱい」とは真逆といってもいいほどの友情ストーリー。

なぜ作者はこのストーリーにこのタイトルを付けたのだろう?
アクション物大好きな二人がたまたまフランス映画の「太陽がいっぱい」を見るシーンは確かにある。
そして二人で「面白かった」「掘り出し物だ」と気に入っていたがそれだけでタイトルにするのは弱い。
それに龍一は「面白かったけどあのオチはねぇよ!」と憤慨していた。
僕も「太陽がいっぱい」では主人公の巧妙なトリックやピンチの連続にワクワクした。
しかしラスト5分の展開には「え、そんな偶然あるかぁ?」とガッカリした。
是非まだ未見の方には観ていただいてガッカリしてほしい。
でもラスト5分までは本当に大好き!

その後、映画に影響され小説家になるため周囲の抑圧にも負けず頑張る主人公。
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