今度の東方のテーマはエネルギー問題?
というか、電化されてないだろう幻想郷は!
と読者を置いてけぼりにして自分の世界に入ってみました。どうも、たぶん日本一東方Projectが好きな書評ライター、杉江松恋です。
みなさん、もう読みました? 『東方茨歌仙』。まだ? とういうか、『東方茨歌仙』って何かって?
失礼しました。そこから説明が必要でしたね。

『東方茨歌仙』は、東方Projectの公式コミック最新版である。このサイトで何度も特集をしているのでそろそろ覚えてくださっている方も多いと思うが、東方Projectとは同人作家ZUNが個人サークル「上海アリス幻樂団」で制作している作品群のことで、2002年に発表された『東方紅魔郷』から今夏のコミケで頒布が予定されている『東方神霊廟』に至る弾幕系シューティング・ゲームがもっとも有名である。ただしシューティングだけを作っているわけではなく、『東方萃夢想』をはじめとするアクションゲームなど、周辺領域の作品を多数世に送りだしている。またZUN作曲によるゲーム音楽はそれ自体でいくつかのCDにまとめられており一つのジャンルを構成しているし、商業出版物では『東方香霖堂』などのような小説作品もある。そうした中に『東方三月精』『東方儚月抄』などの公式コミックがあり、今あらたに『東方茨歌仙』が加わったわけだ。原作はもちろん神主ことZUNで作画はあずまあや。同作は現在も一迅社刊行の雑誌「キャラ☆メルFebri」で連載中である。

『東方茨歌仙』の内容を紹介する前に、もう一度東方Projectの世界観をおさらいしておいたほうがいいだろう。これらの作品群は基本的に、日本のどこかにある「幻想郷」と呼ばれる土地を舞台にしている。

東方設定の基本図書である『東方求聞史起』などの記述によれば、この世界はわれわれが住む「外の世界」とは物理的に地続きである。ただし博麗大結界という境界によって隔てられており、内外の行き来は容易ではない。人間の世界でいえば何世代も前に幻想郷は外界と隔てられた。その結果、内部では外の世界では遺物と見なされるような文化がまだ残存しているのである。
また幻想郷は外の世界に対しては幻の世界と位置づけられるため、外では廃れてしまった伝承、存在意義がなくなったものなどが多数漂着するようになっている。外の世界ではどこにもいなくなってしまった妖怪はここで生きているのである。幻想郷は妖怪の王国であるともいえる。内外の境界である大結界の監視役を担う博麗神社の代々の巫女は、妖怪退治や幻想郷を揺るがす異変の解決の専門家でもある。その当代を担っているのが、不動の主役といえる博麗霊夢だ。
幻想郷は近代に入る前に静止した日本の姿だといってもいいだろう。第一次産業が経済の中心になっているように見えるし、近代になって発達した国民国家意識なども幻想郷の住民には無縁のようだ。当然のことながら、近代化のもたらしたさまざまな弊害からも遠く隔てられている。
幻想郷ともっとも無縁なものは環境問題だ。現在の日本は、今まさにその問題で揺れ動いている最中であり、平和な幻想郷がうらやましく思える。
――冷房が苦手なので節電ムードは有難いです。ビールが温くならない程度に節電しましょう(『東方茨歌仙』折り返しに記載されたZUNの言葉)
にもかかわらず『東方茨歌仙』では、その環境問題に属する事件が起きるのである。もちろん外の世界(現実)に起きているそれとは規模が異なり極めて小規模、かつ実にのほほんとした解決をされてしまう程度のものなのだが。そうした小規模な事件によっても幻想郷は多少揺らぐ。それを心配し、幻想郷の管理者の1人である博麗霊夢に働きかけているように見えるのが、本書のもう1人の主人公・茨華仙だ。
第一話で茨華仙は行者と自己紹介するが、初めから「片腕有角の仙人」と紹介されることから、髪飾りの下に角を隠している疑いが強い(表紙絵参照)。つまり鬼である可能性が大なのである。幻想郷にはすでに『東方萃夢想』で伊吹萃香、『東方地霊殿』で星熊勇儀という二人の鬼が登場している。華仙は三番目の鬼なのだろうか。
ちなみに伊吹萃香は無限に酒が湧く瓢箪を携えているところから大江山の鬼退治伝説で知られる酒呑童子がそのモデルだと考えられる。
酒呑童子の配下には星熊童子の名もあり、これが星熊勇儀のモデルだろう。酒呑童子の副官、茨木童子は源頼光の部下である渡辺綱に片腕を切り落とされたことで知られる。茨華仙は、またの名を茨木歌扇というのである。そうなると片腕というのは……というように謎が謎を呼んでいく。第1巻の段階では、茨華仙=茨木歌扇の目的は不明で、すべては曖昧模糊としている。

こんな具合にやや緊迫感をもって紹介してみたが、内容は上に書いたようにのほほんとした神社の日常を四季の季節感とともに描いた平和なものである。これまでの公式コミックを見てみると、『東方三月精』は原作者ZUNが「ゲームの漫画化ではなく、出所がはっきりしとしない漫画」「ゲームにしても漫画にしても小説にしても音楽にしても、オリジナルが何処にあるのか判らない作品を創ることで東方世界が浮き彫りになる。それで全ての作品が相対的に魅力が増し、より作品性が高くなる」と狙いを語ったように、既出のゲーム作品で語られたストーリーとは無関係なところで展開する小事件の話であり、やがて『妖精大戦争』というゲームのスピンオフ作品を生み出した。『東方儚月抄』は『東方求聞史紀』で簡潔に紹介されているエピソードの後日談を膨らませたようなつくりになっており、『紅魔郷』から『東方永夜抄』に至るゲームのキャラクターたちが登場して、幻想郷正史の一部を形作った。毎回方法論が違うので、今回の『茨歌仙』がどういう展開をしていくのかが非常に楽しみなのである。この作品によって東方の世界は広がるのか。それとも何事もなかったかのように元通りの世界がそのまま存続していくのか。

東方の顔である縦スクロールのシューティングは、『紅魔郷』『東方妖々夢』『永夜抄』と『東方風神録』『地霊殿』『東方星蓮船』が、それぞれ三部作のようなグループを形作っている。今夏に全貌を現す『神霊廟』は内容的には『妖々夢』と『星蓮船』の世界に接続をもっているが、過去の例からいくとここから新たな三部作が始まってもおかしくないわけで、8月に完成版が公開されればその謎も解き明かされることになる。
『茨歌仙』と『神霊廟』という2つの現在進行形の東方Projectにファンの関心は釘付けなのである。これは目が離せませんわ。あ、そうそう。一迅社の「月刊Comic REX」8月号には『東方茨歌仙』のかけかえカバーがつくそうだ。ファンの方はお忘れなく。私も買います!
(杉江松恋)
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