ガルマ・ザビの国葬で、ギレン・ザビが「諸君らが愛してくれた弟のガルマは死んだ。なぜだ!」と演説する。

それを酒場のテレビで見ていたシャアが一言、「坊やだからさ」とつぶやく――
アニメ「機動戦士ガンダム」のあまりにも有名なシーンだ。

ガンダムを見たことがない人でも、この場面ならネタとして知っているという人は多いだろう。しかし、このときシャアが飲んでいたお酒が何だったのかまで知る人は少ないのではないか。

答えを書いてしまうと、シャアが飲んでいたのは「ラム」である。もっとも、アニメでははっきりと描かれているわけではないのだが、安彦良和のコミック『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の同じ場面には「LA MAUNY(ラ・マニー)」というラムが登場する。

ラムというと、ラムレーズンなどお菓子あるいはカクテルに使われることが多い。
しかしストレートで飲むとなるとちょっと敷居が高く感じてしまうのは、私が「坊やだから」だろうか? ラムにかぎらず、ウイスキーやブランデーといった洋酒、それも蒸留酒に分類されるお酒には“大人のお酒”というイメージがつきまとう。
名場面「坊やだからさ」でシャアが飲んでいた酒はなんでしょう
『白熱洋酒教室』杉村啓/星海社新書

RUMもRONもRHUMもみんなラムでみんな違う


そんな洋酒について坊やな僕らに優しく手ほどきしてくれるのが、「むむ教授」こと杉村啓の新刊『白熱洋酒教室』(星海社新書)だ。これを読むと、ウイスキーやブランデーとくらべてもラムの“難易度”はけっこう高いらしいことがわかってくる。

アルコール度数からして、ラムのなかには50度以上とウイスキーよりも高いものも少なくない。そのうえ種類も多い。そもそも同じラムでも、瓶のラベルを見ると「RUM」だったり「RON」だったり「RHUM」だったりと表記が混在している。これは製造国の違いから来るもので、RUMは英語表記だから旧イギリス領、RONはスペイン語表記だから旧スペイン領、RHUMはフランス語表記だから旧フランス領の国でつくられたことを示す。
これら製造国によって味わいもやはり異なってくる。

さらに原材料であるサトウキビの糖蜜をどのような状態で使うか、あるいは蒸留した酒をどのように熟成させたかによっても種類が分かれてくる。前者はトラディショナル、アグリコール、ハイテストモラセス、後者はホワイトラム、ダークラム、ゴールドラムとそれぞれ3つに分類される。

あまりの種類の多さに飲む前から酔ってしまいそうだが、そのあたりについても本書ではわかりやすく解説されているのでご安心を。それによれば、ラムを選ぶコツは、熟成度合によって異なる「色」を見ることだとか。前出のホワイトラム、ダークラム、ゴールドラムが、この色の違いにあたる。
これらを飲みくらべてみて気に入ったのが見つかれば、さらに製法や製造国の違うものを試してみることを本書は勧めている。もちろん、いちいち全部買い揃えるとかなりの出費になってしまうので、ここはBARへ行くのが一番いいかもしれない。本書では、BARの選び方や楽しみ方についても一章が割かれている。

ブランデーグラスを回すのにもちゃんとした理由が


『白熱洋酒教室』は、文章の合間にトリビアが出てくるのも楽しい。たとえば、酒に酔ってベロベロの状態を昭和のおじさんたちは「グロッキー」と呼んだが、これは正しくはグロッギー=groggyという語で、ラムの水割り「グロッグ(grog)」に由来するという。そもそもなぜラムの水割りをグロッグと呼ぶようになったのか? そこにもちゃんと歴史的に理由があるのだが、これはぜひ本書でご確認を。


あるいは、ブランデーには、大金持ちが豪華な椅子に座りながら右手に大きなブランデーグラスを持ってゆっくりと回しているというイメージがある。じつはこれにも、手のひらの熱で温めてブランデーの香りを引き出すというれっきとした理由があった。ただし、この飲み方はあくまで昔のものらしい。いまでは製造技術などの発達で、ブランデーの香りの量もかなり増えているからだ。まあ慣れないと、ブランデーグラスを手にしたら思わずクルクル回してしまいそうだが。

何はともあれ、ブランデーやラム、ウイスキーといったアルコール度数の高い蒸留酒を楽しむのに(とくにストレートで)必要なのはまず、ゆっくりと少しずつ飲む「時間」だと、本書では繰り返し説かれている。
加えてそれにふさわしい「環境」、そして悪酔いを防ぐための「水」(いわゆるチェイサー)も欠かせないという。

とはいえ「水」はともかく、「時間」と「環境」を用意するのは案外むずかしそうだ。洋酒をじっくり味わえるようなひととき。たとえ忙しくても一日のなかでそんな時間が持てる、そういう大人に私はなりたい。

※『白熱洋酒教室』の杉村啓さんと、やはりエキレビでおなじみのライターで、『大人の肉ドリル』という著書がある松浦達也さんによるユニット「酒池肉林」が、今週土曜、11月21日に京都でお酒とお肉のイベントを開催します。時間や場所などくわしくはこちらから。


さらに12月12日(土)にも東京カルチャーカルチャーで、杉村さんほか、『白熱洋酒教室』でイラストを担当したアザミユウコさん出演のイベント「白熱洋酒教室特別講義 in TOKYO~人生を変える一杯に会いに行こう~」が開催予定。詳細はこちらでチェック。
(近藤正高)