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「臨床犯罪学者 火村英生の推理」原作者・有栖川有栖は鉄道ファン

2016年2月7日 11時00分

ライター情報:杉江松恋

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「臨床犯罪学者 火村英生の推理」第3話は「准教授の身代金」、JR大阪発野洲行きの普通列車上で繰り広げられる身代金受け渡し劇から幕を明けた。
本題に入る前に、まずは失礼して個人的な昔話をするのをお許しいただきたい。

有栖川有栖と鉄道趣味


はるか昔。全日本大学ミステリ連合(というものがあるのです)の大会ゲストを有栖川有栖さんにお願いしたことがある。会場は千葉・房総半島の外房線沿いのどこかであった。約束の時間、私は幹事の学生とJRの駅に行き、有栖川さんを待った。有栖川さんは関西から来られる。きっと東京駅から外房線に乗られるに違いない。したがって外房線の下り電車に乗ってこられるはずだ。しかし、目当ての電車に有栖川さんの姿はなかった。
おかしい。まさかと思うが乗り遅れられたのか。
さらに待ち続けることしばし。「やあ、お待たせしました」と言いながら有栖川さんが現れた。駅の時刻表を見ると、まさに今上りの電車が着いたばかりである。思わずお顔を見ると有栖川さんは「いやあ、せっかくの機会なので内房線で終点まで行って、外房線の上りで引き返して来ました」とおっしゃられたのであった。
ああ、噂には聞いていたが有栖川さん本当に鉄道ファンなんだ、と思った瞬間である。

「准教授の身代金」の原作は「助教授の身代金」(『モロッコ水晶の謎』所収)である。題名が異なるのは原作が発表された2004年から現在までの間に大学職員の職制が改正されたからだ。それはともかく題名から「えっ、火村が誘拐されちゃうの?」と思った方は多かったのではないかと思う。これについては作者自身が「あとがき」に書いている。

──「助教授の身代金」は、発表してから「この題名は、あざとかったかな」と思った。火村英生が誘拐される物語か、と誤解されるのを期待しているかのようで、別にそういうわけではなくて、この題名がふと頭に浮かんで、〈助教授〉を他の言葉に変えようとしたら、何故か思いつかなかった、というだけである。

冒頭で語られる誘拐事件が次第に変貌して、という複雑な構成を持った作品で、中途にオリジナルのおもしろい謎が呈示される。ぼかして書いてしまうと、誰かがやったかではなくて、どうやったかがわからない、というタイプの謎だ。その前段回として誘拐事件が描かれるのである。身代金を持った被害者の家族に、犯人がJRに乗るように支持する。ここが鉄道ファン・有栖川有栖の真骨頂で、火村の口を借りてJRについての知識が語られる。

ライター情報

杉江松恋

1968年生まれ。小説書評と東方Projectに命を賭けるフリーライター。あちこちに連載しています。

URL:Twitter:@from41tohomania

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