J-POPの音楽が流れるパシフィコ横浜のステージ。5000人の満場の客が注視する。

 スポットライトに照らされて一人の従業員が「夢をあきらめない!」と涙ぐめば、店長が笑顔で「みんなを幸せにしたい!」と叫ぶ。そして最後には従業員一同並んで、「ありがとうございました!」と深々とお辞儀――『クローズアップ現代』(NHK総合/1月14日放送)の「あふれる“ポエム” ?! ~不透明な社会を覆うやさしいコトバ~」で紹介されたイベント「居酒屋甲子園」が議論を呼んでいる。

 番組では、震災以降、シンプルで聞き心地のいい言葉が社会で多用されている「ポエム化」現象を紹介したのだが、その中でも「居酒屋甲子園」の異様さが目立つことになった。

「居酒屋甲子園」とは、ホームページによれば「“居酒屋から日本を元気にしたい”という想いを持つ全国の同志により開催された、外食業界に働く人が最高に輝ける場を提供する大会」「全国からエントリーされた居酒屋のうち、独自の選考基準で選ばれた優秀店舗が、年一回、数千人が集う大会場に集結します。ステージで自店の想いや取り組みを発表し、居酒屋甲子園における日本一の店舗を決定、外食業界で働いている人が夢や誇りを持てる大会にすることを目指してい」るのだという。

●厳しい労働環境の中で自己肯定する若者たち

 しかし、従業員たちがアルバイトの制服姿でアツく語るその姿は、新手のカルト宗教か自己啓発セミナーかといった印象だ。

このため、番組放映後、ネット上では「気持ち悪い」「ブラックのいいわけ」「洗脳されてる」といった批判が噴出。放送内容に不満を抱いたイベントを運営するNPO法人・居酒屋甲子園が、「思いが伝わらず沢山の方々に不快と感じられる報道があった」「このような報道になったことは誠に残念」とし、イベント参加店やサポーター企業など関係者に謝罪するコメントを発表する事態となった。

 確かに、離職率の高い外食産業にあって、居酒屋側も労働に夢や誇りを持ってもらうこと、従業員側も自分の仕事にやりがいを見いだすことは悪くない。低収入の若者たちは、厳しい現実を生き抜くために現状を肯定せざるを得ないのではないか、などといった擁護の声もある。

 しかし、この違和感はどう見るべきか――。2008年に刊行された『軋む社会 教育・仕事・若者の現在』(本田由紀/双風舎)によれば、こうしたケースは「やりがい搾取」の典型的な例だ。

「やりがい搾取」とは、低賃金労働であるにもかかわらず、いろいろなまやかしのやりがいがあり、従業員は自発的に自己実現に邁進しているように見えるが、実は気がつかないうちに搾取されているのだ。

●カルト的雰囲気の中で仕事にのめり込む

 社会学者である著者の本田氏は同書の中で、「やりがい搾取」の1つに、「サークル性、カルト性」という要素を挙げる。

「仕事の意義についてハイテンションなしばしば疑似宗教的な意義付けがなされ、時には身体的な身振りなどをも取り込みながら、高揚した雰囲気の中で、個々の労働者が仕事にのめりこんでいく」「これがしばしば見聞されるのは、飲食店などの接客アルバイト労働においてである」という。

 そして、ある居酒屋チェーンの模様を紹介する。

「代表取締役を『師範』、店舗を『道場』、教育・研修を『修行』、採用を『入門』と呼んでいる。各店舗には『師範』が書いた相田みつを風の色紙が飾られており、そこには『夢は必ず叶う』『最高の出会いに心から感謝』『おとうさんおかあさん産んでくれてありがとう』『共に学び共に成長し共に勝つ』などと書かれている」

「同店のスタッフの離職率はたいへん低い。

『うちはお金を稼ぐことができないバイトです。でも、夢を持つことの重要性を感じ、自分自身が成長したことを感じることができます』と副社長」

「サークル的、カルト的な『ノリ』のなかで自分の『夢』や『成長』を目指して結局は『働きすぎ』に巻き込まれている若者たちが存在するのである」

『夢』や『成長』があれば、『時給』『労働条件』は二の次になる。でも、それは仲間のためだから……これって、まさしく居酒屋甲子園そのものだ。

●「てっぺん」の「やりがい搾取」の仕組み

 同書では店名は伏せられているが、参考文献を見てみると、この居酒屋チェーンは「公開朝礼」がおなじみの「てっぺん」であることがわかる。

 宗教がかったアツい「本気の朝礼」がテレビや雑誌等で数多く取り上げられ、08年当時話題となっていた居酒屋チェーンだ。「てっぺん」の経営者は大嶋啓介氏。

実はこの大嶋氏がNPO法人・居酒屋甲子園の初代理事長なのだ。

大嶋氏は、起業支援ポータルサイト「ドリームゲート」に掲載されたインタビュー記事で、「僕は居酒屋で働き始めたことで、人生を好転させることができた。そして、『共に学び、共に成長し、共に勝つ』という夢が生まれました。同じように居酒屋で働いている人たちに、夢を持ってチームで目標を達成することの素晴らしさを知ってほしいと思ったんです」と、居酒屋甲子園の狙いを語る。

NPO法人の理事長は2年ごとに交代の仕組みのために、表立つことはないが、本田氏に批判された「てっぺん」の「やりがい搾取」の思想が居酒屋甲子園に流れていることは間違いがない。本田氏は著書の中で、こう警鐘を鳴らしている。

「若者たちのなかにも、こうした『<やりがい>の搾取』を受け入れてしまう素地が形成されている。『好きなこと』や『やりたいこと』を仕事にすることが望ましいという規範は、マスコミの喧伝や学校での進路指導を通じて、すでに若者のあいだに広く根付いている」

「日本の若者のあいだでは、自分の生きる意味を他者からの承認によって見いだそうとするためか、『人の役に立つこと』を求める意識がきわめて強い。『夢の実現』などの価値に向かって、若者が自分を瞬発的なハイテンションにもっていくことによってしか乗りきれない、厳しく不透明な現実も歴然と存在する。これらの素地につけいる形で『<やりがい>の搾取』が巧妙に成立し、巻き込む対象の範囲を拡大しつつあるのが現状だと考えられるのである」

「やはり不可欠なのは、こうしたからくりを明るみに出し、職場や職種という集団単位で、そのいきすぎに歯止めをかけていくことであろう」「冷静で客観的な現実認識に基づいてクールダウンしていくことが必要である」

 本田氏の指摘から5年、しかし「やりがい搾取」は確実に社会に広がり始めている。
(文=今上 明)