今回問題が発覚したのは、自動車事故の被害者への見舞い費用を補償する「対人臨時費用保険」、契約者が自動車事故でケガをした時に臨時に必要となる費用を補償する「人身傷害臨時費用保険」、対物事故を起こした時に必要になる費用を補償する「対物臨時費用保険」。
未払いの起きた原因は、社内の運用ルールの変更だ。03年6月までは顧客が請求しない場合は保険金を支払わない運用ルールだったが、03年7月以降は、請求がなくても支払う方針に変えた。
金融庁が損保各社に不払いの調査を命じたのは05年。当時、すでに社内の運用ルールが変わっていたため、運用ルールを変える前の未払いについては公表する必要性がなかったというのが東京海上の言い分だ。
この東京海上の姿勢について、競合他社は疑問を感じざるを得ないという。「当時は、03年6月以前の契約は『請求があったが、保険金を支払っていない』ケースを不払いとして公表した。一方、03年7月以降は、請求の有無にかかわらず、保険金を支払っていないケースを公表した。社内ルールなど契約者が知らない論理」(損保社員)
今回の問題が厄介なのは、金融庁が東京海上の言い分を認めていた点にある。
2月初旬に開いた記者会見でも永野毅社長は対応の不十分さを認めつつも、「不払いとは考えていない」と意図的な支払い漏れの疑惑を完全否定した。強気の姿勢を崩さなかった背景には、金融庁のお墨付きがあったのは明らかだろう。金融庁に指示される前から運用を変えていたのだから、ルールを変える以前に遡って公表する必要がないことは承諾してもらっていたと繰り返した。
「読売新聞が報じたのが今回の報道の端緒。当初、社内では『なぜ当局も認めていたことに対して釈明する必要があるのか』との声も少なくなく、静観する予定だったと聞く」(経済部記者)。実際、報道された当日に東京海上は会見を開かなかった。ただ、みずほ銀行の反社会的勢力への融資問題をめぐる対応の稚拙さも記憶に新しく、他メディアの報道も過熱し、翌日に社長自ら説明することになった。
「それでも広報は、あくまでも『説明』であり『謝罪』ではないことを強調していた。会見内容も永野社長の話し方は申し訳ない印象を前面に出していたが、『不払い』への謝罪は結局口にしていない」(同)
●保険金を支払わない仕組み 注目されたのは他の損保への広がりだったが、他社は同様の事例をすでに不払いとして公表して、契約者に追加支払いで対応していた。結局、東京海上個社の支払い体制の不備ということで事態が収束しそうだが、他社損保元社員は「とんでもない」と漏らす。
「当社では不払いの轍を踏まないようにしている。
その仕組みのひとつが、顧客情報の保持期間の短縮化だ。今回の東京海上の未払いの件では、データが消失していることがひとつの問題になった。データの保持期間は社内規定で9年であるため、03年時点の未払いだった契約者情報は実は社内に残っていない。そのため、意図的な支払い漏れの疑惑を抱かせることになった。ただ、会見では今後も、今回のような不測の事態に備えて、顧客情報を従来よりも長く保存する予定はないと宣言した。なぜ、ITの進化で情報保持コストが低減できる中、情報を保持しないのか。
前出の損保社員は、その理由を次のように説明する。
「不払い問題の教訓は、データが残っていたら支払う羽目になったということ。自社にデータが残っていなくても、結果的に代理店などの情報と突き合わせて支払った。その苦い経験を繰り返さないために、『個人情報保護』を名目に、いつの頃からか情報をなるべく早く消し込む姿勢が強まっている。本体だけでなく、代理店にまで半ば強制しているので悪質ですよ」
国内の損保事業は自動車保険が保険料全体の約半分を占めるが、利益が出にくい構図。相次ぐ値上げでなんとか黒字を確保しているのが現状だ。
今回の東京海上の不払い問題は、損保業界の変わらぬ体質を象徴する氷山の一角にすぎないのかもしれない。
(文=黒羽米雄/金融ジャーナリスト)