高市早苗政権が「理工系女子人材の倍増」を掲げたのは、6月25日に決定した女性活躍や男女共同参画の重点方針「女性版骨太方針2026」(以下、「女性骨太」)でした。

経済成長のために政府が位置付けている半導体や人工知能(AI)など17分野で「女性の進出、活躍が進んでいない」と、「女性骨太」は指摘しています。
そして、その背景にあるのは「大学の理工系における女性比率の低さ」だと指摘しています。

この現状を改革して17分野で女性が活躍するために、大学の工学系学部の全学生に占める女子学生の割合を2025年度の18%から2040年に36%と、倍増させることを目指すとしているのです。いわゆる「理系女子」を増やすことで、経済成長のための戦略分野での人材を補おうとしていることになります。

■理系女子の倍増を目指す背景にある「2040年の人材不足予想」
すでに理系人材の不足については、2026年1月27日に公表されている経済産業省の「2040年の就業構造推計」でも指摘されています。

それによると、2040年には大卒・院卒の理系人材で約120万人の不足が見込まれる一方、大卒・院卒の文系人材は約80万人の余剰が生じる可能性があるとされています。

これを受けるかたちで「女性骨太」は、理系女子を倍増させる目標を掲げたことになります。「文系は余るから足りない理系へ振り分けろ」と示唆しているようなものです。

これが実現することで恩恵をこうむるのは経済成長を目指す政府であり、なにより理系人材の不足に悩む産業界です。言い方は悪いかもしれませんが、「女性の有効活用」を政府も産業界も望んでいることになります。

■大学側の「受け皿」整備も加速するが……
こうしたなかで、「受け皿」の整備も進んでいます。

お茶の水女子大学(東京都)は2024年4月に文理融合型で工学教育を行う共創工学部を新設し、2025年4月には安田女子大学(広島市)が全国初となる女子大の理工学部(生物科学科、情報科学科、建築学科)を新設。日本女子大学(東京都)は既存の理学部を改組して理工学部(仮称)を2029年4月に開設することを発表しています。
理系女子を受け入れる準備は着々と整いつつあります。

さらに「女性骨太」には、積極的に理系女子養成に取り組む大学に対して「国立大学法人運営費交付金や私立大学等経常費補助金による支援を行う」とも明記しています。

政府が金銭的な支援を約束していることで、女子大の理工系学部の新設や共学の大学でも女子の受け入れを増やす動きが活発化する可能性は高まっています。

ただし、受け皿を整えさえすれば理工系学部に進む女性が増える、と単純に考えるわけにはいきません。肝心の女性が「理工系学部で学びたい」「戦略分野で働きたい」という気持ちにならないかぎり、いくら受け皿を増やしても空回りしてしまいます。政府や産業界が希望するから女性が動くと考えるのは間違いでしかありません。

では、女性の理系思考は高まっているのでしょうか。高まっていれば、受け皿をつくる効果は大きいと考えられます。それを考えるうえで興味深いデータがあります。

■「理系女子志望」は本当に増えているのか?
大手予備校の駿台予備学校(駿台)と大手教育企業のベネッセコーポレーション(ベネッセ)が行っている「大学入学共通テスト模試」は、約37万人が受験している日本最大の模試ともいわれています。ここでは点数の学力を測るだけでなく、どの学部を志望するかというアンケート調査も行われています。

私立大学は併願が多く解釈が複雑になるため、より第一志望の意向が正確に表れる国公立大学(前期)の志望データを見てみます。


それによると、2016年度に国公立大学を志望する模試受験者のうち、女子で理学部を志望するのは3.2%でしたが、2025年度には3.8%になっています。工学部でも、7.8%から9.8%となっています。これだけ見ると、「おっ、増えているじゃないか。これで受け皿を増やせば入学者も多くなって、理系女子の輩出増につながる。政府や産業界も言ったことが実現し、メデタイ」と思いたくなるかもしれません。

しかし、共通テスト模試を実施している駿台の入試情報室の城田高士室長は、「急激に伸びるのか、判断は難しいところです」と全面的には肯定しかねるといった表情で言います。城田室長が続けます。

「女子大の理工系学部が増えれば、女子の選択肢は広がります。しかし、選択肢が広がることと、実際にそれを選ぶかどうかは別問題です」

理系不足に悩む産業界が歓迎する以上、「理系=就職に有利」という強みが女子の志望動機になりそうですが、城田室長は次のように指摘します。

「景気が悪くなり就職不安が強まると理工系志望が増える傾向は過去にもありました。近年の女子の理系志望増も、コロナ禍による一時的な就職不安が背景にあったと考えています」

しかし、コロナ禍の影響が薄れ、深刻な人手不足が続く現在、文系でも十分に就職できます。就職不安が和らいでいる以上、今後も理系女子が増え続けると予測するのは難しいのが現実です。


■目標倍増の前にやるべき「固定観念」の払拭(ふっしょく)
理系女子が増えると楽観できないもう1つの理由として、城田室長は「固定観念」を挙げます。「女子は国語や英語が得意で数学は苦手」という思い込みは根強く、今なお多くの女子が文系を選択しているのが現状です。

理工系女子を増やすには、この固定観念を覆す必要があります。しかし、世間の意識をそう簡単に変えられないのが現実です。周りの女子が文系を選ぶのが当たり前という環境があれば、同じ選択をしてしまうのも無理はないでしょう。

理系学部出身でなければ就職できないという状況になれば、「無理してでも理系に進学しなくては」となるのでしょうが、城田室長も指摘するように、今はそうした状況になっていません。

■理系進学を阻むもう1つの壁「数学嫌い」
さらに、男女問わず存在する「数学への苦手意識」も大きな壁です。城田室長は次のように指摘します。

「駿台にも現役生のためのコースがあって、受験に向けて苦手な科目の対策をしたいという方が多く来られています。なかでも、やはり数学が苦手なので克服したいという方が多いようです」

理工系学部に進もうとすれば、やはり数学の学力は不可欠です。せっかく入学できても、講義についていけず単位を落とす、さらには卒業できないとなれば、キャリアプランそのものが狂ってくることになります。

実際、大学入学後に講義へついていけなくなる学生は多く、大学生を対象とした学習塾が注目を集めるほどです。


高市政権や産業界が理系女子を増やそうとするのなら、そして女子大が理工系学部を新設して入学者を増やそうと考えているのなら、まずは「理数系好き」を増やすことが先決のような気がします。

まさに「急がば回れ」を実践しないことには、高市政権の掲げる目標は「画に描いた餅」にしかならないし、理工系学部を新設した女子大は定員割れという悲劇を招くことになりかねません。

「理数系好きを増やすには、小中高のカリキュラムを変えていく必要があります。カリキュラム自体は変わりつつありますが、数学が苦手な生徒が多い現状を考えると、まだまだ不十分だと言わざるをえません」

城田室長も、根本的なところから変えていく必要性を強調します。高市政権や産業界、そして女子大が「理系女子歓迎」の笛太鼓をかき鳴らしてみても、果たして女子高校生がなびいていくのか疑問と言わざるをえません。

この記事の執筆者:前屋 毅
1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。最新刊『学校が合わない子どもたち~それは本当に子ども自身や親の育て方の問題なのか』(青春新書)。ほかに『教師をやめる』(学事出版)、『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『全証言 東芝クレーマー事件』など。
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