人生に迷ったとき、元気がほしいとき、あるいは自分の限界に直面して立ち止まりそうになるとき――そのような瞬間にそっと寄り添い、再び前を向く力をくれる存在がアニメである。アニメには人生のヒントや生きる力が詰まっている。
コラム『アニメ大先生』は、「人生で大切なことはすべてアニメが教えてくれる」をテーマに、アニメを通じて得られる学びや気づきを綴る連載である。

連載第33回は、八木美佐子アナ(出演28回目)が、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』をピックアップ。映画をきっかけに「ちいかわ」にハマった自身の体験から、かわいらしいキャラクターたちが生きる不条理な世界に注目する。物語の中で描かれる善悪の曖昧さや、立場によって変わる「正しさ」。そんな世界の中でも、友達のためにまっすぐ手を伸ばすちいかわたちの姿に、自身の仕事での経験を重ねながら、「答えの出ないことばかりの世界」で大切なものについて思いを巡らせる。

『映画ちいかわ』善悪だけでは語れない、かわいくて怖い世界

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私はつい下を向いて、地面を見ながら歩いてしまう癖があります。決して、元気がないわけではありません。夏は紫外線へのささやかな抵抗でもあります。ところが最近、自然と視線が上を向くようになりました。理由は、映画をきっかけに大ハマりしている「ちいかわ」です。走っている子どものTシャツ、誰かのバッグで揺れるマスコット、企業とのコラボレーション。至るところに「ちいかわ」がいて、そのたびに小さく「ワッ」と喜んでいます。


「ちいかわの映画、ホラーっぽいらしいよ」

そんな情報をどこからか仕入れてきたのは、同じくホラー好きの叔父でした。SNSで調べてみると、「東野圭吾の作品の読後感に似ている」など、大人たちの間でも話題になっている様子。私は「ちいかわ」がかわいいこと、そして令和を代表する大人気キャラクターであることは知っていましたが、物語の内容は一切知りませんでした。

そして実際に観てみると、なるほど。
ホラーという言葉だけでは括れませんが、確かに一筋縄ではいきません。それからというもの、Web漫画を読んだりアニメを観たりと、すっかりちいかわ沼にハマっています。

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、原作の長編エピソード「セイレーン編」を映画化した作品。「簡単な討伐で高額報酬」という怪しげな誘いに乗って「特別な島」へ向かったちいかわたちは、巨大なセイレーンをめぐる騒動に巻き込まれていきます。

かわいらしいキャラクターたちが、不条理な世界で生き抜こうとする。その姿を見ていると、『ムーミン』や『ガンバの冒険』など、愛らしいキャラクターたちのすぐそばに、時に容赦のない世界が描かれてきた作品が思い浮かびます。かわいい姿をしているからといって、彼らが生きる世界まで優しいとは限りません。かわいいだけじゃダメですか? どうやらダメみたいです。


『映画ちいかわ』も、物語が進むにつれて、善悪の境界が少しずつ曖昧になっていきます。子どもの頃は、大人になればもっと簡単に正解を選べるようになると思っていました。実際はむしろ逆で、知っていることが増えるほど、「これが正しい」と断言できないことが増えました。

例えば、リポーターとして中継に出るときです。私は目の前にあるものを少しでも魅力的に伝えたい。一方、ディレクターさんは放送全体の流れを見ながら、カメラさんは撮影できる位置や動線を考えています。同じ中継を作っていても、それぞれに見えている景色は違う。仕事を始めた頃はひとつの「正解」を探そうとしていましたが、経験を重ねるほど、同じものを見ていても立場によって見え方は違うのだと感じるようになりました。

『映画ちいかわ』は、説明の少ない作品です。ほとんど言葉を発しないキャラクターもいれば、話すキャラクターの言葉も決して多くありません。言葉が少ないぶん、表情や仕草はもちろん、一見すると関係のなさそうな出来事にまで、「これにも何か意味があるのでは?」とつい考えてしまいます。点と点をつなぎ、「もしかして、あれはこういうことだったのでは……」と考え始めると止まりません。
そんなこちらの「考えたくなる気持ち」まで、うまく物語に巻き込まれているように感じます。

きっと子どもと大人では目に留まるものも違うでしょうし、同じ大人同士でも、誰に感情移入するかによって見える物語は変わるはず。だからこそ、観た人がどう感じたのか聞いてみたくなるのです。

作中で私が一番ゾッとしたのは、フタバがヒトハに「あること」を求める場面です。その選択を受け入れたヒトハは、どんな気持ちを背負ったのでしょうか。劇中歌も印象的で、童謡「今日の日はさようなら」が物語と重なると、友達であり続けることを願う歌だからこそ、その言葉がずしりと重く響きました。

そんな複雑な物語の中で、ちいかわたちの感情は驚くほどピュアです。怖ければ泣き、おいしいものを食べれば喜ぶ。そして大切な友達のためなら、怖いままでも一歩を踏み出す。
善悪も、誰かの選択も、考え始めれば簡単には答えが出ません。答えの出ないことばかりの世界で、それでもちいかわたちは友達のためなら迷わず手を伸ばします。そのまっすぐさが、強く心に残りました。


『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、かわいいキャラクターたちの冒険を楽しみながら、いつの間にか「自分には何が見えていて、何が見えていないのだろう」と考えさせられる作品でした。

映画館を出た後、「ちいかわって、こんな作品だったんだ」と驚きました。でも考えてみれば、私は街中にあれだけいた「ちいかわ」にすら気づいていなかったのです。
そう思うと、下を向いて歩くのも少しもったいない。今日も顔を上げて、街のあちこちにいる「ちいかわ」を見つけながら、映画の余韻に浸っています。

映画を観てからというもの……つい喋っちゃうんだよね、ハチワレ風の倒置法。
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