東映京都撮影所でスタントマンをやっていたアキが、高倉健さんら大スターの芝居から受けた刺激

月6万円の収入、風呂なし共同トイレのアパート暮らし――。吉本新喜劇座長・アキは、お笑いの世界へ入る前、東映京都撮影所でスタントマンとして過酷な日々を送っていた。高倉健さんや菅原文太さんら名優の芝居を「見て盗んだ」という原点は、30年以上温め続けた舞台「吉本新喜劇アキプロジェクト『時が来た』~生き様を貫いた男たち~」にもつながっている。
アキが語る、ものづくりへの信念とは。(前後編の後編)

○東映京都撮影所でのスタントマン時代を回想

――新喜劇の座長を務めながら、演劇にも挑戦する。スケジュールもさることながら、別物の舞台を同時期に作り、出演までするというのは、相当な負荷があると思うのですが、いかがでしょうか?

たぶん、それは経験がものを言っていると思います。高校を卒業してすぐに東映に飛び込んで、刺激的なことだらけでした。朝から晩までやって、月6万円。親には絶対にお金を出してもらいたくなかったし、仕送りもイヤだったので、その6万円で生活していました。

家賃1万8,000円の、風呂なし、共同トイレのアパートからスタートしましたが、スーパーに行くと、ちりめんじゃこに安いものと高いものがあって、「いつかこの高いほうを買うぞ」と。安いほうはタコやいろいろなものが入っているようなものなんですけど、「絶対にこっちの、シュッとしたきれいな袋に入っている高いちりめんじゃこを毎日食べられるように頑張るぞ」と思っていました。今でも、スーパーでちりめんじゃこを見ると、当時を思い出します(笑)。

その頃に、殺陣(たて)やアクションもそうですし、ミニトランポリンで宙返りをしたり、高いところから落ちる練習をしたり、車にひかれる練習をしたりしていました。時代劇なので、乗馬もありました。走っている馬の上で斬られて、馬から落ちる練習もありました。


――そこで培った体力と精神力が今も生きているわけですね。

常に危ない、いつケガをしてもおかしくないような厳しい練習でしたが、全部が刺激的でしたし、そこがまず自分の基礎になっています。吉本も厳しい、厳しいと言われますけど、僕からしたら全然で。東映は、縦の関係も当時は有名でしたけど、めちゃくちゃ怖い世界でした。でも、僕は格闘技もしていたので、暴力的なことも怖くなかった。だから、そのあたりはクリアできましたし、とにかく現場がすごかったんです。

菅原文太さん、高倉健さん、松方弘樹さん、北大路欣也さん、田村正和さん、松平健さん、西田敏行さん。いろいろな大スターが、あちこちのスタジオで撮影されていて、稽古の合間、自分の仕事の合間にスタジオを観に行けば、その方々のお芝居をたくさん観られる。「この人のこのシーン、ええな」とか、そういうことをずっと目に焼き付けていました。それが全部、自分の引き出しになっています。だから構想も練ることができる。

それが新喜劇をやるにも芝居をやるにも、ちゃんと基礎としてあります。
誰かに教えてもらったわけではなく、見て盗んだものです。

○舞台『時が来た』が紡いだ奇跡に感動「1人で涙が止まらなくて」

――東映にいたからこその上質な引き出しですね……とはいえ、新喜劇の座長を務めながら、演劇にも取り組まれているのはやっぱりすごいです。

新喜劇は毎月、新作を2本考えないといけません。ストーリーを考えて、メンバーを決めて、劇場が「このメンバーが出ます」とチケットを売り出すためのポスターを作る。月に2本新作ということは、その前の月には準備を始めないといけない。毎月、台本を4本抱えているようなものなんです。

だから、おっしゃっていただいたように、「その中で演劇のことも考えるってすごいですね」とよく言っていただくんですけど、(演劇の構想は)昔から自分の中にあるものなので。それを演出家さんや、時代劇が好きな方にいろいろ力をお借りしてまとめているという感じですね。あとは、奇跡が2つ続いたんです。

――というと?

先ほどもお話させてもらったように(※インタビュー前編)、笑いを入れるか入れないかというところで、僕は入れたくなかったんですけど、お客さんのことを考えたら入れないといけないのかなとも悩んでいたので、今の時代、どういう映画がヒットしていて、どこまで崩して笑いを取っているのか勉強しようと思って、『侍タイムスリッパー』を劇場に観に行ったんです。

そしたら、でっかいスクリーンに、僕が18歳、19歳だったときの東映の同期が出てくるんですよ。もう号泣でした。
「そうか、頑張ってたんやな。俺がこのタイミングで時代劇をやるとなって、ここで出会うんや」と思いました。それが何人も出てくるんです。「この人も頑張ってるんや」と、1人で涙が止まらなくて。

しかも、『侍タイムスリッパー』には、主人公が「東映剣会(※)に入りたい」と言って、オーディションを受けるシーンがあるんです。僕も18歳のときに(東映に)飛び込んで、道場に連れていかれて、東映に入ることが決まったんですけど、まさにそのときと同じ場所で、主人公が「東映剣会に入りたい」と言って、オーディションを受ける。「何これ」と思いました。全身がしびれました。

※東映京都撮影所で殺陣技術の向上・発展と継承を目的に発足した殺陣技術集団

――それはすごい巡り合わせですね……!

もう一つの奇跡というのは、相方のケンと僕は、東京と大阪で分かれて活動してたんですけど、この『時が来た』をやることが決まったタイミングで、ケンが大阪に戻ってきたんです。昔から知っている人にとっては、「やっと戻ってきたんかいな」「水玉れっぷう隊として、やっとコンビで新喜劇で活動するんや」という感じだったと思います。

それで、『時が来た』の最後に、僕が演じる千屋虎之助とケンが演じる岡田以蔵が「また生まれ変わっても一緒にやっていかないか」というふうに言うシーンがあって。水玉れっぷう隊を昔から知っている人からは、「あれ、何なの?」と言われたりしましたけど、「たまたまなんです。
全部たまたまなんです」と。水玉れっぷう隊を強調したいわけでもないので、自分ではそんなシーンは全然考えていなかったですし、(脚本家に)頼んだわけでもない。でも、台本上そうなっていたんです。

――ケンさんが大阪に戻ってこなかったら、岡田以蔵はほかの人が演じていたかもしれないわけで、そのセリフに別の意味合いが乗っかることはなかったと。

全部が奇跡みたいに重なっていました。劇中に「輪廻転生」という言葉が出てくるんですけど、死んでも、生まれ変わっても、人はずっと繰り返していく。そういうものが重なったんです。

後輩たちに伝えたいこと「背中を見せようという意識もない」「ただ…」

○アキの物腰の柔らかさは肉体的な強さが理由?

――このお話を聞いて、より舞台に興味が湧きました。

ぜひ観に来てください。感動してもらえる自信があります。

――ぜひ観に行かせていただきたいです。話は少しそれるのですが、今日インタビューをさせていただいていて、アキさんの物腰の柔らかさに感動しました。
本当に強い人の余裕を感じるといいますか。

ホンマですか(笑)?

――そんな大人になれたらカッコいいなと思うのですが、意識されていることはありますか?

意識はないですね。ただ、昔から、結局、人は中身やろと思っています(笑)。服にもあまり興味がなくて、ずっとジャージでいいと思っています。男の人でも、服がかわいいとか、かっこいいとか言うじゃないですか。いや、それよりトレーニングせえと思いますね(笑)。

高校時代は柔道部と空手部に入っていて、柔道着と空手着を大きなバッグに入れていました。朝から空手の早朝練習をして、学校が終わったら柔道の練習をして、それが終わったら夜は空手でまた戦う。ちょっと頭がおかしいというか、スイッチがおかしいんですよね。

格闘技は、死ぬか生きるかの瞬間があるものなので、人生が変わるぐらいのものでもあります。だから、人とは少しスイッチが違うのかもしれません。

○自己研鑽していないように見える後輩たちに思うこと

――純粋に強さを追い求めた結果の余裕だったんですね。
簡単に習得できるものではなかったです(笑)。後輩にそういった話をされることはありますか?

後輩に背中を見せようという意識もないです。ただ、暇つぶしのようにゲームをしているとか……それも自由でいいですし、もともとそんなことは言わないんですけど、「そんなことしてる暇があったら、もっと自分を磨いたり、ドラマや映画を観たり、本を読んだりして、自分の中にもっと引き出しを増やして磨かないと、この世界ではやっていかれへんで」とは思っています。

「新喜劇の若い子たちを育ててあげてください」と言われることもありますけど、この世界は育てて育つものじゃないと思うんです。(明石家)さんまさんの弟子に入ったら、さんまさんみたいに面白くなるわけではない。全部、センスや努力だと思います。見て盗むしかない。だから、言わないんですけど、心の中では厳しいかもしれません。

僕自身、ずっと格闘技をやっていて、しかも太秦に飛び込んで、厳しさの究極を味わっているのですが、それを後輩に分かってほしいとも思わないし、分からないだろうとも思っています。でも、笑っている目の奥では、「お前、そんなことじゃ半年後や1年後にはどんどん抜かれるぞ」と思っている、ちょっと冷めたところはあります。

――全員が全員というわけにはいかないと思いますが、アキさんの背中を見て、それを感じ取っている人もいるのではないでしょうか。

感じ取れる人は、感じ取ればいいと思います。何回か言ったことはあるんです。例えば、1200人のキャパの会場で、「(観客席の)後ろまで見に行ったか?」と聞くと、誰も見に行っていないことがある。

僕は舞台袖から2階席まで見て、こう見えているんだなと確認します。例えば、「僕じゃないです」と言うセリフがあるとして、小さい劇場なら伝わっても、大きな会場では伝わらないことがあるんです。新喜劇でいうと、舞台上に8人、10人いるわけですから、「僕じゃないです」と言っても、誰が言ったのか分からないことがある。

そこまで分かった上で、劇場を確認して、上(かみ)も下(しも)ももちゃんと計算して絵にしないとあかんで、と。僕はそう思うんですけど、やっぱりなかなか……。でも結局、危機感のある人は自分でちゃんと学習して登ってくるんですよね。

――アキさんから直接このお話を聞けて、気持ちが引き締まりました。では最後に改めて『時が来た』の見どころを教えてください。

主役、準主役、エキストラという立場はありますが、そこは関係なく、全員が熱いです。僕らもそこまで引っ張っていきますが、それを言葉では全く言わないです。僕はずっとニコニコ笑っています。でも、芝居に入ったらスイッチが切り替わる。稽古に入りましょうとなったら、みんな目が変わるんです。

芸人は「ここは本気でいくぞ」というスイッチを持っていて、それを感じた役者さんもピリッとする。無言の圧力みたいなものもありつつ、全員の熱さが伝わってきます。舞台を観に来られた方にもその熱さを感じていただいて、それが皆さんの楽しい明日につながればいいなと思っています。

■プロフィール
アキ
1969年8月22日生まれ。大阪府岸和田市出身。1992年、ケンとお笑いコンビ・水玉れっぷう隊を結成。2014年、吉本新喜劇に入団。2023年、吉本新喜劇の座長に就任する。2022年から2024年に「吉本新喜劇座員総選挙」で3年連続1位を獲得し、2025年には殿堂入りを果たした。
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