数々の作品で圧倒的な存在感を放ってきた俳優・山本耕史。唯一無二の存在感は、多くのクリエイターたちから、強い信頼を寄せられている。

そんな山本が、全編英語セリフの日米共同制作ミュージカル『フル・モンティ』に挑む。このチャレンジに向き合うまでには、人生の視界を劇的に変えたという2つの大きな転機があったという。

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◆俳優人生を揺るがした、視界の色を変える2つの転機

 1997年に公開された同名の大ヒット映画を舞台化したミュージカル『フル・モンティ』は、失業してどん底にいる男たちが、一夜限りのストリップショーで一獲千金を狙う姿を描いたハートフルコメディ。本作で山本は、愛する息子との関係を繋ぎ止めるために奔走する主人公・ジェリーを演じる。

 幼い頃からエンターテインメントの世界を駆け抜けてきた山本。数え切れないほどの作品を経験してきたなかで、自身の根幹を揺るがし、一歩踏み出すために大きな勇気を必要とした出来事があったと振り返る。

 「やっぱり(2015年の)結婚と、2024年の全編英語でやった『RENT』が自分にとって大きかったのかなと思います。21歳の時に日本語でやった『RENT』は、何のことかよく分からないながらも衝撃を受けて。その後いろいろあって、自分の人生では、もう二度とやらないと思っていたんです。本当はやらないという選択肢もあった。でも『ここをやらないで死ぬまでふつふつと後悔するよりは、今までの自分と決別するためにも踏み込まないとダメだな』と思ったんです」。

 なかでも、長年の深い思いを抱えて飛び込んだかつての大舞台への再挑戦は、表現者としての限界を試されるほどの重圧を伴う出来事だった。


 「母国語じゃないもので挑戦するって、やりようによってはもう俳優生命に関わるじゃないですか。だから僕にとって成功するためにやったものでもなんでもなく、拭っても拭いきれない自分への責任を自分で拭き取ったというか。挑戦というよりは、ケジメだったんですよね」。

 一方で、プライベートにおける決断もまた、山本自身の生き方を根本から解き放ち、新たな道標になっていたという。

 「結婚に関しては、まず自分がすると思ってなかったので。でもそこには意外と迷いがなく、『体裁や常識で諦めてしまったら楽だけど、ここは後悔をしないように生きてみよう』と。結婚したことで、ちょっと楽になりましたね。『俺はこうやって生きていくんだ』と思っていた自分から解放されたというか。いい意味で逃げる場所もあるし、ホッとしました。その感覚って、2024年の『RENT』に出会ったことに似ているんです。先ほども話しましたが、全編英語のミュージカルで。『やらない』という選択をすれば楽なんですよね。
結婚も『RENT』も“しない”を選べたのに、それをしなかった。確実にこの一歩は、今に繋がっていますね」。

◆心の蓋が開いた瞬間と、次なるステージへの誘い

 思い残すことはない。そう思えるほどの完全燃焼を経て、山本が見つめる世界は以前とはまるで違う色を帯びていた。かつては複雑な感情が入り混じっていたという異国の街並みも、再び訪れた際には驚くべき変化を遂げていたそうだ。

 「ニューヨークに行く機会が結構あったんですけど、街中がずっとモノクロな感じだったんですよ。とても楽しそうなんだけれど、手が届かないような。でも『RENT』をやると決まってから行ったときは、騒音もまったく違うし、全部が鮮明に見えていて。自分の中の心の蓋みたいなものが開くと、こんなに見えるものが違うんだなって。26年前と同じ舞台上の景色を見た時に、『あれ、俺、もう一回生まれ変わってここにいるな』っていう不思議な体験をしました」。

 これ以上ないほどの達成感に包まれ、しばらくは劇場から遠ざかってもいいとすら感じていた山本の心を、意外な人物が再び動かすことになる。

 「僕のなかでは満足どころか、『もう他にやることないな』って思っていたんです。
どれから次、幕を開ければいいのかも難しくて。でも『RENT』が終わった途端に、演出のトレイ(・エレット)が『英語で他にやりたいやつあるか?』って。正直『ない』って答えたら、『フル・モンティが合っていると思うんだよね』って。そこが始まりだったんです。意外と早いところで、彼が僕の幕を開いたなというのはありますね」。

◆愛する者のために全てを懸ける“等身大の父親”との重なり

 山本が今回身を投じるのは、決して才能にあふれたカリスマではない。一見すると突拍子もない無謀な挑戦に向かう主人公だが、彼が必死にもがく理由は至極シンプルだ。そこには、大きな転機を越えた現在の山本だからこそ、理屈抜きで共鳴できる感情があった。

 「自分の息子のために、別れた元妻とこのままじゃ会えなくなるから奔走するっていうのが、今回演じるジェリーの役どころの核なので。僕も子どもがいるので、そこはすごく共感します。そこは何の迷いもないというか、やっぱり子どものためなら何でもするよなと思うし、この役とぴったりだなと。もしかしたらトレイもそう思っていたのかもしれないですね」。


 特別な才能があるわけでもなく、冴えない日々を送る男。しかし、たった一つの純粋な愛情が、彼をどん底から突き動かしていく。

 「ジェリーって、作品のなかでは特化した個性はないんですよ。背がでかいわけでもないし、マッチョでもない。何のうだつも上がらないし、服もダサい。ヒーロー気質の主役じゃないんですよね。でも、自分が前に出られないジレンマを抱えながらも、子どものためになにかしたいっていうところが強い。感動と笑いと同時に、すごく心をつかまれると思います」。

 過去の栄光や常識にとらわれず、常に己の限界を超えてきた山本。彼がこれまでの人生で得た「守るべき存在」と「表現への完全なる昇華」という2つの財産は、不器用ながらも愛する者のために全てをさらけ出す『フル・モンティ』の主人公の姿とピタリと重なり合う。山本が本作でどんな新たな景色を見せてくれるのか、舞台の幕開けが待ち遠しい。(取材・文:磯部正和 写真:上野留加)

 日米合作ブロードウェイミュージカル『フル・モンティ』は、東京国際フォーラム ホールCにて8月19日~9月7日、大阪・新歌舞伎座にて9月10日~14日上演。

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