「最近、詰め物がよく取れる」「朝起きるとアゴがだるい」「歯がしみるようになった」
そんな症状に心当たりはないでしょうか。年齢のせい。
疲れのせい。あるいは歯の老化だと思っている人も多いかもしれません。しかし実は、その原因が“寝ている間”に起きている可能性があるのです。

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仕事のストレス、人間関係のプレッシャーや将来への不安。日中は平然と過ごしていても、体は正直です。眠っている間に無意識で歯を強く噛みしめたり、ギリギリと歯を擦り合わせたりする「歯ぎしり」は、知らないうちに歯そのものを破壊していくことがあります。しかも厄介なのは、寝ている間なので本人に自覚がないケースが多いことです。

実際、歯科医院では「むし歯ではないのに歯が欠けた」「高額なセラミックが割れた」「何度も詰め物が取れる」といった患者さんの背景に、歯ぎしりや食いしばりが隠れているケースは少なくありません。働き盛りの世代ほど要注意。

気づかないうちに歯をすり減らし、将来の健康だけでなく、いつか必要になる治療費という“見えない負債”を積み上げているかもしれないのです。今回は、夜間の歯ぎしり、食いしばりについて解説します。

睡眠中の歯ぎしりは想像以上に力が強い


知らぬ間に数十万円の出費も…睡眠中の歯ぎしりが招く“歯の破産”
※写真はイメージです(Adobe Stock)
睡眠中の歯ぎしりは想像以上に力が強いものです。歯ぎしりというと、「ギリギリ音がする迷惑な癖」というイメージを持つ人も多いかもしれません。
しかし歯科医が問題視しているのは、音ではなく“力”です。実は睡眠中の歯ぎしりや食いしばりでは、普段の食事よりも強い力が歯に加わることがあり、その負担が長時間繰り返されることが問題なのです。

普段は、食事の際など必要に合わせて、噛む力をコントロールしています。しかし睡眠中は無意識の状態です。そのため、自分でも気づかないうちに強く噛み締めてしまうことがあるのです。歯ぎしりの力は個人差がありますが、自分の体重に近い力、あるいはそれ以上の力が歯や顎に加わります。つまり、体重60kgの人なら、夜な夜な60kgのダンベルで歯をゴリゴリと踏み続けているようなもの。あるいは「毎晩、大人の男性に顎を全力で踏まれている」と言い換えてもいいかもしれません。

そんな過酷なプロレス級の衝撃が、数秒ではなく一晩に何度も繰り返されているのです。どんなに丈夫な歯でも、長年にわたって負荷がかかり続ければ少しずつダメージは蓄積します。

歯がすり減る。歯の根元部分が欠けてくる。
詰め物が外れる。被せ物が割れる。時には健康な歯そのものが欠けたり、ヒビが入ったりすることもあります。

むし歯や歯周病ではないのに、歯に大きなダメージを与えてしまうのが歯ぎしりなのです。

歯ぎしりが招く5つの悲劇

知らぬ間に数十万円の出費も…睡眠中の歯ぎしりが招く“歯の破産”
金属の詰め物(インレー)の下の歯質が夜間の歯ぎしりで割れてきた
「たかが歯ぎしり」と軽く考えている人もいるかもしれません。しかし、睡眠中に繰り返される強い力は、少しずつ歯や顎にダメージを蓄積させていきます。実際に歯科医院でも、歯ぎしりや食いしばりが原因と考えられるトラブルは少なくありません。

①歯が削れる

歯の表面はエナメル質という非常に硬い組織で覆われています。しかし、長期間にわたって歯ぎしりが続くと、歯の表面のエナメル質が少しずつすり減ったり、歯の根元部分に過剰な力が集中して欠け(くさび状欠損)が起こることがあります。

エナメル質が薄くなると、冷たいものがしみる知覚過敏の原因になります。また、一度削れてしまった歯は自然に元に戻ることはありません。歯のすり減りは見た目では気づきにくいものですが、将来的な歯の寿命にも影響を与える可能性があります。

②詰め物や被せ物が壊れる

「なぜか詰め物が何度も取れる」そんな経験がある人は、歯ぎしりが関係しているかもしれません。
歯ぎしりによる強い力は、天然の歯だけでなく、詰め物や被せ物にも負担をかけます。強い力が繰り返しかかることで、数万~数十万円かけて治療したセラミックが欠けたり割れたりすることがあります。

せっかく時間と費用をかけて治療しても、原因となる歯ぎしりが改善されなければ同じトラブルを繰り返してしまうこともあるのです。

③歯が割れる

歯ぎしりによるダメージの中でも特に深刻なのが歯の破折です。歯には目に見えない小さなヒビが入ることがあります。そのヒビに長期間力が加わり続けることで、ある日突然、歯が大きく割れてしまうことがあるのです。割れ方によっては被せ物や詰め物では修復できず、抜歯が必要になるケースもあります。むし歯でもない健康な歯を失う原因の一つとして、歯ぎしりは決して軽視できません。

④顎関節症を引き起こす

朝起きたときに顎がだるい。口を開けるとカクカク音がする。大きく口を開けると痛い。
こうした症状は顎関節症のサインかもしれません。
歯ぎしりや食いしばりによって顎の筋肉や関節に過剰な負担がかかると、顎関節症を引き起こすことがあります。症状が進行すると、食事や会話がつらくなったり、慢性的な頭痛や肩こりにつながったりすることもあります。

⑤顔が老けて見える

意外に思われるかもしれませんが、歯ぎしりは見た目にも影響を与えることがあります。歯ぎしりや食いしばりを繰り返すと、噛む筋肉である咬筋が過度に発達します。寝ている間にいわば「顎の筋トレ」を限界まで行っている状態。その結果、エラがどんどん張りだし、フェイスラインがどんどん四角く、まるでホームベースのようになっていくのです。

「最近、顔が四角く老けてきたな……」と感じ、高いマッサージを検討しているあなた、原因は加齢ではなく、夜間の猛烈な筋トレ(歯ぎしり)かもしれません。

なぜ歯ぎしりをするのか? 最大の原因は「ストレス」

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歯ぎしりによって、歯がすり減って凹凸がなくなっている
では、なぜ人は歯ぎしりをしてしまうのでしょうか。歯ぎしりの原因は一つではありませんが、その中でも大きな要因として考えられているのがストレスです。仕事のプレッシャーや人間関係の悩み。将来への不安。現代人は日々さまざまなストレスにさらされています。日中は気を張って過ごしていても、眠っている間は無意識です。
脳が眠っていても、体はストレスの影響を受け続けています。

歯ぎしりや食いしばりはストレス発散の役割を担っているのではないかという説もあります。つまり、本人は全く自覚がなくても、寝ている間に歯を強く噛み締めることで、無意識のうちにストレスを処理しようとしている可能性があるのです。そのため、「歯ぎしりをやめよう」と意識するだけでは改善はなかなか難しいものです。むしろ問題なのは、本人が気づかないまま何年も続いてしまうことです。

実際に歯科医院でも、仕事が忙しい管理職や経営者、責任ある立場で働く人ほど、歯のすり減りや食いしばりの痕跡が見られることがあります。頑張る人ほど歯を失うリスクを抱えている。そう考えると、歯ぎしりは単なる癖ではなく、現代人のストレス社会を映し出すサインなのかもしれません。

歯科医院で見つかる意外なサイン

歯ぎしりや食いしばりの厄介なところは、本人に自覚がないことです。家族からの指摘で歯ぎしりに気がついた患者さんもいますが、食いしばりは音がしないのでなかなかご自身では気づけません。知覚過敏や、歯の根元部分の欠けなど、はっきりとわかる状態でないと気がつきづらいのです。実際、「歯ぎしりなんてしたことがありません」と話していた患者さんでも、お口の中を診ると明らかな痕跡が見つかることは珍しくありません。

歯科医はお口全体から「夜間の犯行の証拠」を探すプロでもあります。
読者の皆さんも、今すぐインカメラや洗面所の鏡で、ご自身のお口の中を“ガサ入れ”してみてください。以下のような「足跡」が残っていませんか?

・歯の先端が平ら
本来丸みのある部分が削れていたりすると、長期間にわたり強い力が加わっていた可能性があります。

・白い一本線(咬合線)
頬の内側に横一線の白い筋。これは歯と頬が繰り返し擦れることでできる圧痕で、「昼夜問わず、歯を噛みしめ続けている」無言のサインです。

・ギザギザの舌
舌のフチが波打ってギザギザしている人。これも舌が歯にギチギチに押し付けられ続けられている証拠で、食いしばりが強い人によく見られます。

・謎の骨のコブ(骨隆起)
歯ぐきの近くに、ボコッと硬いコブはありませんか?強い力に耐えかねた顎の骨が、生き残るために独自にビルドアップしてしまったマッチョな骨の塊です。

また、むし歯がないのに詰め物や被せ物が頻繁に外れたり欠けたりする場合も、歯ぎしりが背景に隠れていることがあります。患者さん自身は気づいていなくても、お口の中には日々の痕跡が残っています。歯科医院では、こうした小さなサインから歯ぎしりや食いしばりの有無を推測することができるのです。特に、こうしたサインは本人が気づく前に進行していることも多く、定期検診で初めて指摘されるケースも少なくありません。

今すぐできる3つの対策

歯ぎしりや食いしばりは、意識だけで完全になくせるものではありません。しかし、歯へのダメージを減らすためにできることはあります。

①日中の食いしばりを意識する

実は上下の歯は、「普段から接触している状態」が正常ではありません。会話や食事をしていないとき、上下の歯の間にはわずかな隙間があるのが自然な状態です。しかし、仕事中やスマートフォンを見ているとき、運転中などに無意識で歯を接触させている人は少なくありません。

このような状態は「歯列接触癖(TCH)」と呼ばれ、歯や顎の筋肉に負担をかける原因になります。まずは日中、「今、歯が当たっていないかな?」と意識するだけでも大きな一歩になります。日中の歯や顎の負担を軽くすることから始めてみましょう。

②睡眠環境を見直す

歯ぎしりや食いしばりにはストレスや睡眠の質が関係していると考えられています。過度な飲酒、睡眠不足、疲労の蓄積は、歯ぎしりを悪化させる要因になることがあります。忙しい毎日を送る人ほど難しいかもしれませんが、寝る直前までスマートフォンを見る習慣を見直したり、十分な睡眠時間を確保したりすることも大切です。歯を守るためには、お口だけでなく生活習慣全体を整える視点も必要なのです。

また、睡眠時の姿勢や寝具の影響が指摘されることもありますが、まずは睡眠環境全体を整えることが大切です。照明の明るさを見直す、アロマを用いてリラックスをして寝るのも効果的かもしれません。

③ナイトガード(マウスピース)を活用する

歯ぎしりによる数万~数十万円の破壊から歯を守る、最強の防具。それが歯科医院で作製する「ナイトガード(マウスピース)」です。「オーダーメイドだし高そう……」と思われるかもしれませんが、実は保険適用で3,000円~5,000円程度(3割負担の場合)で作れます。数万円~数十万円のセラミックを粉砕されるリスクを考えれば、これほど投資対効果の高い「盾」はありません。最もコスパの良い自己投資と言えるでしょう。

歯ぎしりは「音」ではなく「歯の寿命」の問題

歯ぎしりや、食いしばりの怖い所は、歯を割るほどの激しい力が無意識にかかってしまうところです。せっかくむし歯や歯周病を防げていても、歯ぎしりによって歯を失ってしまえば、その努力が十分に報われないこともあります。

ストレス社会を生き抜くビジネスパーソンにとって、ストレスをゼロにするのは不可能です。あなたの歯のすり減りは、日中必死に戦っている勲章のようなものかもしれません。しかし、代わりに大切な歯や財産(治療費)を失ってしまっては元も子もありません。

朝起きたときのアゴのだるさは、体が発している「もう限界!」のサインです。ぜひ一度、その戦いの痕跡を見せに、歯科医院にへ足を運んでみてくださいね。

<文/野尻真里>

【野尻真里】
一般診療と訪問診療を行いながら、予防歯科の啓発・普及に取り組んでいる歯科医師です。「一生涯、生まれ持った自分の歯で健康にかつ笑顔で暮らせる社会の実現」を目標にメディアで発信をしています。X(旧Twitter):@nojirimari
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