「みーんなの元カノ」として親しまれ、G&Hカップの美ボディで人気のグラビアアイドル・藤田あずさ。原宿でのスカウトをきっかけに芸能活動を始め、読者モデルや舞台、アイドルと活動の幅を広げてきた彼女がグラビアに踏み出した背景には、あるライバルへの「絶対に負けたくない」という思いがあった。
過激な作品にも挑みながら、自分なりの線引きを守り続けてきた理由とは。後編では、グラビア活動の原点から、競馬・パチスロ・ショートドラマで広がる現在地、そして裏方を見据えた未来までを語ってもらった。(前後編の後編)

【写真】"みーんなの元カノ"として人気のグラドル・藤田あずさ【10点】

――学生時代からかなり大変な生活をされていましたが、そんな中でどのように芸能界デビューをされたんでしょうか。

藤田 中2に上がる頃、不登校中に原宿へ遊びに行っていたらスカウトされたのがきっかけです。何社かお声がけいただいた中で一番有名そうな事務所のオーディションを受けに行って『egg』や『Ranzuki』の読者モデルを始めました。「私でも必要とされるんだったら、やってみてもいいかな」くらいの軽い気持ちでしたね。

――当時はどんなファッションスタイルだったんですか?

藤田 不登校になってからは何でもできたので、髪を金髪にしていました。完全なギャルでしたね。付けまつげを上下に、しかも上は3枚重ねでカスタムして付けていました。束感のあるやつと、細かい毛のやつを重ねて、目尻にさらにボリュームがあるやつを足す、みたいな。もうバチバチでしたね(笑)。

――読者モデルから女優やアイドルなど活動の幅を広げていかれましたが、事務所はすぐに辞められたとか。


藤田 2年くらいで辞めて、フリーランスになりました。その頃にはもう舞台のお仕事を始めていましたね。SNSだったり、舞台の共演者の方とのつながりでお仕事のお話をいただけたり。あとはオーディションサイトで応募したりして、自分で仕事を取ってこられるな、と思って。芸能一本で食べていけるほどではなかったですけど、問題なく生活できていました。

――アイドルグループ「オープニングシスターズ」にも所属されていましたが、これはどういった経緯で?

藤田 別の現場でご一緒したプロデューサーさんが新しくアイドルグループを作るということで、「オーディションメンバーのダンスのレベルが少し心配だから見てほしい」と頼まれて見に行ったら、その流れでメンバーになっていました(笑)。

――そんな背景が。どんなグループだったんですか?

藤田 「オリンピックの開会式を目指す」というコンセプトで、オープニングアクトしか務められないグループでした。だから背中に「一生前座」って書かれたジャージを着て活動していましたね。TIF(TOKYO IDOL FESTIVAL)からお話が来たときも、出番が前座じゃなかったのでお断りした、というほどに徹底していました。解散ライブですら、自分たちのワンマンではなく、まず私たちが前座をやって、他のグループさんに出演していただく、という形でした。

――その後、グラビア活動を本格的に始められます。
何かきっかけがあったのでしょうか。

藤田 実はアイドルを始める前に一度、グラビアのオファーがあったんですけど、人前で水着になることや、どこまでやらされるのか分からない怖さがあって断っていたんです。でも、アイドルグループにいたあるメンバーが先にグラビアを始めていて、その子と色々とゴタゴタがあったんです。それで「この子には絶対に負けたくない。絶対に見返す」とずっと思っていました。

――ライバルへの対抗心がグラビアデビューへの原動力になったと。

藤田 そうです。そんなときに、竹書房さんからDVDのオファーをいただいて、その子のメーカーより格上かどうか聞いたら「3大メーカーの一つで、その中でもトップクラスだよ」と言っていただいたので、「じゃあ出ます!」と決めました。その気持ちがなかったら、多分怖くてやっていなかったと思います。

――実際にグラビアをやってみて、いかがでしたか?

藤田 最初のDVDの撮影で着た黄色い水着が「ちっちゃ!」って感じで(笑)。「こんなの着るんですか!?」ってびっくりだったんですが、あのときはライバルを見返すという気持ちがあったので、結構頑張っちゃったんですよね。そうすると、次の作品ではもっと激しく、って求められるじゃないですか。
だんだん感覚が麻痺していって、今では当時ちっちゃいと思っていた水着より、もっと小さい水着で撮影会に出たりしていますから。グラビアの世界は感覚がバグりますね。

――過激な作品にも挑戦されていますが、自分の中での線引きはありますか?

藤田 将来的に企業さんの案件を取るってなったときにNGを食らわないように、自分の中で細かいルールは作っています。完全に裸に見えるような撮り方はNG。ローションを使うなら半透明はダメで、真っ白か透明にしてもらう、とか。イメージDVDなので、見る側が勝手にイメージしてくれる分にはいいんですけど、こちらが意図的に連想させるようなことはしない、という線引きはしっかり持っています。

――確かに、現在は競馬やパチスロのお仕事も多い印象です。そちらに力を入れる理由は?

藤田 ギャンブルには「寿命がないな」と思っているからです。グラビアはどうしても限界があるけど、ギャンブルは何歳になっても続けられる。ここ4、5年で本格的に始めましたが、もともとは趣味だったのでプライベートでも打ちに行きます。でも、生涯収支は、競馬はギリギリプラスで、パチスロはマイナスですね(笑)。

――将来をしっかり見据えているんですね。
最後に今後の展望を教えてください。

藤田 最終的な目標は、表舞台ではなく裏方に回ることなんです。その第一歩として、近いうちに自分がオーナーのコンカフェを出すことを目指しています。ただお店をやるだけじゃなくて、そこで働く女の子たちが「芸能界で活動したい」って思ったときに、私がその道筋を作ってあげられるようにしたい。そのためには、まず自分が広告塔にならなくちゃいけない。だから今、自分がいろいろな業種に手を出して、間口を広げている最中です。これから芸能界に入る人たちの夢を広げられるように、今は自分が頑張るときだと思っています。グラビアも、引退するまでに雑誌の表紙を飾るという目標がまだあるので、それも絶対に達成したいですね。

▼藤田あずさ(ふじた・あずさ)
6月12日生まれ、東京都出身。 グラビアアイドル、タレント。アイドルグループ「オープニングシスターズ」「sherbetNEO」の元メンバー。2017年に1st DVDを発売し、ミスFLASH2018ファイナリストにも選出された。
以降、グラビアを中心に活動し、“みーんなの元カノ”のキャッチコピーでも親しまれている。

【前編】“みーんなの元カノ”グラドル藤田あずさ「学校にも家にも居場所がなかった」「母に貯金1000万円を引き出された」過去
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