7月10日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開

 第78回カンヌ国際映画祭の新人監督賞(カメラ・ドール)と監督週間観客賞をダブル受賞。「大統領のケーキ」というタイトルから、ほのぼのとした雰囲気を感じてしまうが、実は問題作だ。


 舞台は1990年代、独裁政権下のイラク。人々が戦争と食糧不足に苦しむなか、フセイン大統領は自身の誕生日を祝うケーキを作るよう国内の各学校に命じた。くじ引きで“名誉ある”ケーキ係に指名されたのは祖母と暮らす貧しい少女ラミア。もしケーキを手作りできなければ厳しい制裁を受けてしまう。


 翌朝、ラミアは祖母に連れられ、“友達”の雄鶏ヒンディとともに町へ出かける。だが日々の食卓も満足に揃えられない祖母の目的はケーキではなく、ラミアを養子に出すことだった。


 思わず逃げ出したラミアは、自らの手でケーキの材料を集めれば祖母との暮らしを続けられると信じて、クラスメートのサイードと協力して町を駆け回る。十分なお金も時間もなく、あるのは知恵と想像力だけだった……。


 イラク出身のハサン・ハーディ監督が自らの体験をもとに描き出した初長編作品。フセインは自己への崇拝を高めるために全国にケーキ作りを命じ、命令に応えられない一家は〝引きずりの刑罰〟を受けることに。戦前の日本でもありえない残忍な報復で人心を支配しているのだ。


 心優しいラミアは鶏をしっかり抱いて町を歩き回る。

彼女が求めるのは体罰を免れるための卵と小麦粉。だが大人たちはいたいけな少女を騙し、利用しようとする。情け容赦もない。見ていて気分が悪くなるほど、大人たちの心はすさんでいる。彼らの邪悪な心はフセインそのもの。大人どもにフセインの悪行が憑依したかのようだ。


 その根底にあるのは貧しさだろう。独裁政治と米国の経済制裁を受けてイラクの貧困は深刻さを増す。庶民の生活は苦しい。それなのに独裁者は「俺のためにケーキを作れ」と命じた。人心の荒廃という荒波に9歳のラミアはもみくちゃにされるわけだ。


 劇中に登場するフセインを英雄視するパレードには独裁者の危うさに何の疑問も持たない大人たちの愚かさが投影されている。

金正恩を崇拝する北朝鮮の国民や高市早苗に熱狂する日本人を見るがごとし。警察に捕らわれた人々の物言わぬ姿も暗黒時代の象徴だろう。


 ハサン・ハーディ監督はこう語っている。


「本作では、政治的な色を出すことは極力避け、これまで描かれたことのない時代のイラクを舞台に、登場人物たちのありのままの姿を映し出すことに注力しました。それでもこの映画に政治的な要素が含まれていることは承知しています。しかし、それはフセイン政権下、経済制裁下、そして戦争下にあったイラクを描いた結果、自然に表れたものにすぎません」


 伏線のひとつがラミアがサイードと繰り返す目のゲーム。互いを見つめ合い、先にまばたきをしたほうが負けという他愛ない遊びだが、ラストの緊迫シーンにつながっている。


 ラミアの両目にみなぎる涙は同じ中東でトランプとネタニヤフに殺され続けるイラン国民の嘆きでもあるのだろう。見事である。(配給=松竹)


(文=森田健司)


編集部おすすめ