もうすぐ8月15日。日本人があの愚かな戦争に向かい合う日だ。

そんな時期に公開されたのがこの「白パンと独裁者」。「女は二度決断する」(2017年)のファティ・アキンが監督を務めたドイツ映画である。


 第2次世界大戦末期、本土へ向かう爆撃機が上空を飛行する中、ドイツ北部に位置するアムルム島はどこか美しく、楽園のような静寂を保っていた。戦地から疎開してきた12歳の少年ナニング(ジャスパー・ビラーベックは、父に代わり農作業で得たわずかな食糧で身重の母ヒレ(ローラ・トンケ)と幼い弟妹、叔母ら家族を支えている。


 島民たちが終戦を待ち望むなか、ヒレはナチス国家、ひいてはヒトラーへの忠誠を信じて疑わない。だがヒトラーの死を知った瞬間取り乱し、家族の日常も一変していく。生気を失い、食事を拒むヒレが唯一欲したのは、たっぷりのバターとはちみつが塗られた白パンだった。ナニングは母親を元気づけるため材料を探し求めるのだったが……。


 敗戦が濃厚のドイツの小さな島で、12歳の少年が母親のために大人たちを訪ねる。この食料探しを軸に、ヒトラーを信奉する者、ナチスを疑問視する者、島外から身を寄せ疎外される子どもたちなどの人間模様があぶり出される。


 本作を一言でいえば「寓話」となるだろう。描かれるのは老若男女を問わず人間が抱える愚かさだ。

ヒレは「まもなく戦争が終わる」という言葉にドイツの敗戦を嗅ぎ取り、発言者を「非国民」呼ばわりする。ナチス党員の男はヒトラーが自殺した事実を知りながらもヒトラー崇拝から抜け出せず、「それでも彼はここにいる」と自分の胸を指さす。



ずしりと胸に響くシニカルな寓話的結論

 日本でも戦争を批判する者を弾圧した。また、戦後も戦争犯罪者を美化する風潮が厳然と存続。いまだに右翼主義者の一部が東條英機らの正当性を主張する現実がそれを物語っている。


 いくつもの小道具が用意されている。たとえば動物の使い方。野鳥、ウサギ、アザラシ。こうした動物は自然の中で平和に暮らしているが、人間のエゴによってその生存を脅かされる。極論すればナチス・ドイツによって侵略された近隣諸国やユダヤ人虐殺への暗喩。こうした伏線を配置しながら、映画は独裁者に熱狂しマインドコントロールから抜けきれないドイツ国民を冷笑しているようだ。


 ナニングは母親のために小麦粉や蜂蜜を求めて右往左往するが、その母親は最後にどのような反応を見せるのか。

すべては水の泡。これこそがシニカルな寓話的結論。ずしりと胸に響くのだ。


 ラストの別れのシーンは秀逸。胸にジーンときた。この感動を胸に筆者は今年も敗戦の日に靖国神社に足を向ける。そこには本作に通じる寓話的悲劇のパフォーマンスが繰り広げられている。人間とは何かという根源的な問いかけをしたい。


(文=森田健司)


(配給=ビターズ・エンド/8月7日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー)


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